274.空賊列島潜入作戦 1
「――よっ、と」
周囲に人の気配がなくなり、外からカギを掛ける音がしたのを確認して、私はタルから抜け出した。
後ろ手に縛った紐はすぐにほどけるようになっていたし、仮になってなくても力ずくでどうにかなるのでどっちでも問題ない。
目隠しを取り、周囲を見ると――光源たる窓一つない倉庫の中で、非常に見通しが悪い。私と一緒に運び込まれた荷物類も一緒くたに入れられている。
「……無事に入り込めたか」
リグナー船長ほか、かつての空賊船員たちはちゃんと仕事をしてくれたようだ。
ここは空賊列島、「玄関の島」と言われる列島の中で一番大きい島――のはずである。
到着する少し前からタルに入ったので、外観はまだよく見ていないのだ。
大小様々な浮島の集合体である列島だが、ある程度の大きさがある島には、それぞれの役割が決まっているそうだ。
ここは「玄関の島」で、多くの空賊が停船する港となる島だ。
これから私は、恐らくは第三の島「赤島」に連れて行かれるという話だが――
――おっとまずい。早くも誰か来たな。
ずらしていた目隠しを戻し、手を縛る紐を拾って適当に巻いて縛られている感を出しつつ、再びタルの中に沈む。
その間に、ガチャガチャとカギを開ける音がして、重いドアが開かれた。
「――じゃあ適当に持ってってくれや。あ、ガキは競売行きだからな」
リグナー船長の声がし、また多くの男たちが荷運びを開始する。到着してすぐなのに、どうやら早速動いてくれているようだ。
…………
まあ、すぐに列島から離れたいという意志表示である。
すっかり空賊を引退していた彼らに、今回はかなり無理を言って頼んだから。危険な仕事はさっさと終わらせたいのだろう。
というわけで、私は到着してすぐに、更に違う場所へと運ばれていくのだった。
――リグナー船長、危険な橋を渡ってくれてありがとう。またな。
「出ろ」
再びタルごと運ばれたり、単船に乗せられたりしてしばし。
ようやく目当ての場所に付いたようだ。
乱暴に倒されタルから、這うようにして私は表に出てきた。
すぐに目隠しと紐が外される――と、目の前にガタイのいい男がいた。タルを運んできて倒したのはこいつだ。
「それに乗れ」
ほう。
すぐ傍にあった単船には、鉄格子付きの檻が設置されている。なるほど、移動する奴隷お披露目牢獄か。
大人しく檻に入って乗り込むと、カギを掛けられた。……だがまだ移動はしないようだ。
――ここはどこだろう。
港であることは間違いない。
目の前に空賊船が何隻も停まっているし、屈強な男たちの手で荷運びも盛んに行われている。大小いくつもの島も見えるが、今はどれがどれだかさっぱりだ。
「玄関の島」から移動はしたはず。
きっとここが、第三の島「赤島」であろう、とは思うが……
ここまでずっと目隠しをされていたので正確にはわからないが、リグナー船長の情報ではそうであるはずだ。
この「赤島」には奴隷市場があり、個人間の取引以外では、奴隷は必ずこの島で誰かに売り買いされるそうだ。
リグナー率いる黒槌鮫団は、売るにも買うにも奴隷を扱うことがなかったので、うろ覚えで自信がないと言っていたが……
まあ、違ったところで文句もないが。
何がどうであろうと、ここからは私の仕事だ。列島に入り込めたらこっちのものだからな。
通りすがりの男や女、見るからに空賊といった感じの荒くれ風から貴族然とした身形の男と女、腕っぷしが弱そうな小綺麗な商人風と、いろんな人たちが檻の中の私を見ていく。
ふうん……空賊の島という割には、空賊以外の人もいるのか。
意外と普通の街中とそう変わらないかもしれない。
だが、特に目に付くのは――奴隷だな。
格好こそボロをまとっていたり、また綺麗な服を着て身綺麗にしていたりする者もいるが、共通して奴隷の証たる首輪の存在がとても良く目立つ。
本当にいた。
それも、子供の姿も見える。
――周囲を巻き込んででも来た理由はあったな。
しばし見せ物になっていると、私と同じような檻に入れられた人たちが、私の横に並べられていく。
男もいるし、女もいるし。獣人もいる。
子供もいる。
誰も彼もが息をひそめるようにして怯え、これから自身の運命がどうなるのか不安げである。
どこから来たのか、かつては誰で何をしていたのか。
ここに連れて来られれば、もう何も関係ないのだろう。
――そうでなくてはな。
ここで檻の中から見ている限りでは、私はもう、この島を叩き潰すのに躊躇する理由はない。
特に、子供を不当な労働に使うなど、許すものか。
全部叩き潰してやる。
特に、暴走王――白鯱空賊団の船長にして四空王の一人、暴走王フラジャイルは念入りにすり潰してやる。