273.こうして始まる野望の終わり
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「……」
「お、おぉ……」
ウーハイトンの使者と再び会ったのは、翌日のことだった。
私が言った通り、彼女らは先触れを出して、夜屋敷にやってきた。
――玄関口にて、無言でごくりと喉を鳴らすミトと、視線が釘付けになっているカルアは、魅惑の女リントン・オーロンの大きすぎる胸にただただ驚いていた。
「おほん! んんっ!」
リノキスが咳払いすると、我に返った二人はいつも通りどうぞどうぞと応接間へと誘導する。
――そんなこんなで二度目の話し合いである。
応接間には私とリノキス、そしてウーハイトンの外交官リントン・オーロンと老人ウェイバァ・シェンの四人である。
昨日と同じメンツが、場所を変えて今日も集まった。
「子供を雇っているのですか?」
「縁があってね」
やはり子供の使用人を雇っているのは珍しいのだろう。ウーハイトンの二人に椅子を勧めながら簡単に説明する。
「私たちがマーベリアに来たのは一年半くらい前でね。その頃は鎖国政策が今よりひどくて、信頼できる現地人を探せる気がしなかったの」
「ああ……なるほど」
リントンは納得したようだ。
そりゃ外交官なら、少し前のマーベリアがどんな国だったか知っていて当然だろう。
「それで子供を?」
「ええ。縁があって出会って、彼らは孤児で、行く場所がないと言っていた。私は人手が欲しかった。それでこんな感じ」
「……ニア様は子供が好きで、それが空賊列島の奴隷解放の理由でもあると?」
「――逆に聞きたいわ。あなたが子供が好きかどうかはさておき、子供が誘拐されたりひどい扱いを受けたり重労働を強いられていると聞いて、何とも思わないの?」
「それは……まあ……」
だろうが。義憤の一つも湧くだろうが。
だが、これ以上は言うまい。
行動に起こすのは難しい状況だからな、何もできないししなかったことをどうこう言う気はない。
私も単独で動けないから、協力を頼んだわけだしな。
「それで、考えてくれた?」
「幾つかの筋道は立てました。ただ――私たちだけでは手が足りません」
ほう。
じゃあ早速聞こうか。
「――うん」
一通り話を聞いて、私は力強く頷いた。
「それなら成功するわね!」
「「いやいや」」
リントンとウェイバァ、そして言葉はないが雰囲気でリノキスまで揃って「待て」と止められた。
「まだまだ細かい部分が詰め切れてません。あくまでも大まかな枠組みができただけですから」
え?
「でも聞く限り完璧な策だったけど?」
「完璧じゃないです。『なんとかして』とか『どうにかして』って言葉が入っていた時点で、完璧じゃないでしょう」
「え? じゃあダメなの?」
「ダメです。もうはっきり言います。まだまだダメです」
そ、そうか……これ以上ないほど完璧だと思ったのにな。
「……あの、ニア様。本気でやるつもりなんですよね?」
「え? ええ」
「本気でこの策を詰めていって構いませんか? 空賊列島が国境付近にあるので、策を詰める上で他国も巻き込むことになります。
ある程度まで事を進めたら、もう後戻りはできなくなります。特に主導となるあなたに掛かる負担は大きくなります。
それでも構いませんか?」
リントンの真摯な眼差しに、私は迷うことはなかった。
「構わない。できれば急いでほしいくらいよ。動き出すのが一日早ければ、それだけで救える命があるかもしれない」
もはや私の中では、やることは決定している。やらない理由なんて一つもない。
「――わかりました」
彼女は頷いた。
「それでは空賊列島制圧作戦を決行しましょう。それにあたって協力者を集めねばなりませんが、ニア様が信頼できる方を教えていただけますか?」
こうして、話し合いは遅くまで続けられることになった。
「――あ!? あんたリグナーか!?」
長年荷運びの仕事をしている男が、タラップから降りてくる空賊黒槌鮫団船長リグナーを見つけて声を掛けた。
この男は見張りである。
知らない顔、知らない船、知らない旗、噂も聞いたことがない空賊を通さないための門番だ。
そして、男の声を聞きつけて他の荷運びも集まってくる――空賊船を相手にした荷運びで酒代を稼ぐ者たちだ。
口々に「まだ生きてたのか」だの「ここ数年見てなかったぞ」だの言いながら、やってきた黒槌鮫団を出迎える。
「よーうおまえらぁ。陽気で品行方正で真面目な黒槌鮫団の船長さんが帰ってきたぜぇ」
――かつてマーベリアの空をそれなりに荒らした空賊が帰ってきた。
船長リグナーを筆頭に、黒槌鮫団の船員たちも降りてくる。
空賊らしくそこそこ不潔で、そこそこ軽薄で、そこそこ強そうな連中である。でもまあ実績も戦力もそこそこの弱小空賊団だけに、まあそこそこの騒ぎとなっている。
「あんたら今までどこにいたんだ!? 噂さえ聞かなかったぞ!」
「決まってんだろ? 真面目にお仕事だよ」
へらへらしながらそう言うと、船員たちと一緒にリグナーも酒場へ向かう。
「――あ、そうそう。荷物頼むわぁ」
振り返ったリグナーのその一言を聞いて、荷運びの男たちが歓声を上げた。金が貰える仕事にありつけたからだ。
タラップを登る男たちに、甲板に残っていた黒槌鮫団の船員が指示を出す。
なかなか大量である。
男たちはどんどん木箱や麻袋を下ろしていく。
ここで傷をつけようものなら、どんな難癖を付けられるかわからないので、素早く慎重に運び出す。
重い荷物は単船を使って下ろし、速やかに空き倉庫にぶち込んでいく。
そして――
「あ? このガキなんだ?」
蓋の空いたタルを覗いた荷運びが声を上げた。
そこには、猿轡を噛まされ、目隠しをされた状態で詰められている、黒髪の子供がいた。
「ああ、売る予定のガキだよ」
「マジか。黒槌鮫団はこういうのやってなかったよな」
「ちょっと色々あってな。殺すのはかわいそうだが逃がすのもなって感じで、扱いに困ってよ。だから運に任せることにした」
「運だぁ?」
「できるだけまともな飼い主に買われますように、ってな」
「ははは。この空賊の島にまともな奴なんているかぁ?」
笑いながらそんな軽口を叩きつつ、男は子供の入ったタルを担ぎあげた。
――こうして、欲望と野望に魅せられた空賊たちの悪夢が始まったのだった。