258.終わりに向けての準備
迎冬祭の最大の見所と言えば?
それは、現役機士による機兵同士の戦いである。
普段は決して見ることのできない、戦う機兵。
マーベリア民の多くが誇り、讃え、世界に通用する兵装だと信じて止まない、最強の金属鎧の勇姿。
――今度の迎冬祭では、マーベリア最強の機兵が戦う。
機士団の隊長に代々受け継がれてきた隊長機「魔犬レッドランド」。
この機体が戦う姿を見たことのある者は少なく、これだけでも充分な話題性があった。
しかし、だ。
滅多に見られない隊長機が出る上に、最大兵装で臨むと言う。
最大兵装。
つまり――隊長機しか振るえないと言われている、聖剣ルージュオーダーを携えるのではないか。
マーベリア民でも見たことがある者はほんの一握りしかいない、何百年もの間マーベリアを守護してきた伝説の聖剣。
そのお披露目の場になるかもしれない、ということで、話題性はますます上がった。
――どこから漏れたのかは知らないそんな噂が、今度の迎冬祭への期待と関心と注目度を、日増しにどんどん高めていった。
まだ秋の始めなのに。
「あたしたちが流したよ」
まあ、答えを聞くまでもないとは思っていたが。
去年の夏から年末にかけて「虫の公表・大量駆除成功」に沸いたマーベリア国民は、今年は迎冬祭で異様な盛り上がりを見せていた。
詳細を知っている私からすれば、知っているだけに一緒に楽しみにしている理由もなく。
当事者そのもののはずなのに他人事みたい、という感じで、周囲の熱量から取り残されている。
――「ミト! 勝負!」
――「えっ、あ、はい!」
そもそも盛り上がるのが早いだろう。
まだ秋の始めなのに。
――学校から一緒に帰ってきて、修行風景を一緒に見ていたアカシの返答が「あたしたちが流したよ」だった。
「知ってた」
アカシほか、シノバズが噂を広めたんだろうな、と。なんとなくわかっていた。
「上が色々と終わらせるつもりだからぁ、いろんなことと便乗してやりたいみたいだよぉ。だからわざと大事にしてるみたいだねぇ」
ほう。色々と。
具体的にはわからないが、古いマーベリアを壊すための準備があるってことか。まあ一つ上げるだけでも、王様が変わるっていう大イベントもあるわけだしな。実際色々あるのだろう。
――「うぐぐ……もう一回!」
――「は、はい!」
それにしても早すぎないか? まだ迎冬祭まで三ヵ月くらいあるのに。
「実はさ、外国の客も呼ぼうって話が出てるの」
「え? マーベリアに?」
この国の鎖国っぷりを知っているだけに、疑惑と不安しかないのだが。
「もちろん一般人じゃなくてぇ、周辺国のお偉いさんだけねぇ。王族とか高位貴族とかその辺だけだよぉ」
へえ……
「いいの?」
「上が言っていることだからぁ、あたしからはなんとも言えないなぁ。でもそれが開国の第一歩、らしいよぉ? まあまだ未定だけどねぇ」
そうか。
機兵が負けるところを見せて、次期国王リビセィルが海外からの来賓客をもてなしたりして、そんなこんなでコネを作りたいのかもな。
今までマーベリア内の情報を漏らさないようにしてきたからこそ、見せることに意味がある……のかもしれない。ずっと鎖国していたような国だ、私ならある程度腹の内を見せないと今更仲良くしようなんて思えない。
まあ、私は政治はよくわからないから、確証はないが。
――「うおおお! もう一回!」
――「は、はい……」
王様や要職にある老人たちが入れ替われば、これからは他国との付き合いが始まるだろう。当然輸出入もあるだろうし、交流も増えるだろうしな。
必要な顔合わせなのだろう。
「それにしてもさぁ」
「うん?」
「ミトちゃん強すぎない?」
「そうね」
もう何度も見ているが、何度見ても少しばかり驚いてしまう。完全にイースがいいように遊ばれてるもんなぁ。
――マーベリアの弟子たちでは、まさかのミトが抜きんでるか。
気持ちの上では、全員がミトよりよっぽど強くなりたいと望んでいるだろうに。なかなか儘ならないものだ。
「シィル様の教え方がよかったのかなぁ」
「まあ仮弟子だけどね。仮の弟子だけどね」
最終的にあの子は私が育てるからな。シィルレーンの弟子なのは今だけだからな。
「それよりアカシ、私からの伝言、伝えてくれた?」
「あ、伝えた伝えた。しばらくは整備で動かせないから、夜ならいつでもいいって言ってたよぉ」
おお、そうかそうか。
「じゃあ早い方がいいわね。今夜シィルかクランに送ってもらって、城まで行くって言っておいて」
「了解。伝えとくねぇ。でもさぁ――」
ん?
「聖剣を見ておきたいって言ってたけどぉ、なんか理由があるのぉ?」
ああ、うん。
「魔剣なら折ってやろうと思って」
「……え?」
「――なんてね。冗談よ、冗談」
「じょ、冗談? ……だよね? いくらニアちゃんでも、伝説の聖剣を折ることなんてできないよね?」
「もちろん。だからもし折れたら事故でしかないわ。そう、あくまでも事故よ。誰も悪くない事故ってことね」
「…………え? まじでやるの? ていうかやれるの?」
それは聖剣次第だ。
折れるかどうかも、折るかどうかも。
「え? 何? なんで急に黙っちゃったの?」
私が折れないくらい強力な聖剣かもしれないし、どんな聖剣かで折るかどうかも決めるしな。
「……えっ? なんで? なんで笑ってるの!?」
ふふっ、なんにせよ楽しみだな。たとえ聖剣でも、人を操るような武器は好かんからな。
あれからなぜかアカシがずっと真顔になってしまったものの、ちゃんと伝言は伝えたらしい。
この日の夜、約束通り王城の工房へとやってきた。
「――本来、部外者は絶対に立入禁止なんだが……あなただからと父の許可が降りた」
「そう。手間を掛けたわね」
シィルレーンに連れられてきた私は、王城でリビセィルと合流し、無人の大きな工房に通された。
人払いが済んでいるらしく、誰もいない。
左右の壁に添って、機兵がたくさん並んでいる。
こうして見るとやはり大きいな。
――もう少し強ければ楽しい玩具なんだがな。惜しい玩具だ。
それらを眺めながら奥へと向かう。
と――
「……ははあ、これはこれは」
リビセィルの機兵は、砦で何度も見ているのでいいとして。
その隣にある、巨大な深紅の剣。
いや、剣というには肥え太り過ぎて、剣に似た鈍器と言った方が近いかもしれない。
これか。
これが聖剣ルージュオーダーか。
「随分育ったのね」
「ん? ……ああ。マーベリア建国の際には、ほんの片手剣くらいの大きさだったらしいと伝えられている。それから何百年も経って、成長する聖剣はここまで大きくなったんだ」
そうか、そうか。
「機兵が生まれた理由でもあるんでしょ?」
「……まあ、見ての通り、人が振るうには重量がな。もはや機兵でしか振るえない上に、あれを振るうと機体の部品の消耗が早い。いざという時の切り札にしか使えないんだ」
だろうな。
普通は、あそこまで大きくなる前に、どこかで折られたり削られたりするものだからな。
「数百年物なら、当然しゃべれるわよね?」
「……あなたはこれのほかにも聖剣を知っているのか?」
「いいえ、初めてよ」
今生ではな。
私の反応に訝しげな顔をするリビセィルと、黙って付いてきたシィルレーンをその場に残し、私は前に出て聖剣ルージュオーダーの赤い刀身に触れた。
ひやりと冷たく、どこまでも硬質。
想像通りの手触りの奥から、強い意志が飛んできた。
――『気安く触れるな犬め。貴様らのような犬は只々我を振い、怨敵を討つことだけ考えよ』
あら、いい反応。