表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/405

23.門限に急ぐ兄と別れ、ライム夫人に会いに行く





 飛行船用の港に着け、私たちは無事王都アルトワールの地を踏むことができた。


 ここはアルトワール学院の生徒専用の発着場らしく、あとは港で働く船員たちに任せていいらしい。


「――ニール様。お時間が迫っています」


 降りるなりそう告げた兄専属侍女リネットの言葉に、兄は「ああ、わかっている」と頷いた。


「ニア、すまないが時間だ」


「門限ね。どうぞ構わず行ってください」


 恐らく、元は多少余裕がある行程だったはずだったが、私が同乗したことで全ての予定が少しずつ遅れて、結果到着がギリギリになってしまったのだろう。


 大きな積乱雲を避けたりしたのも、多少は時間のロスになったのかな。


 ここまでの道中に聞いている。


 アルトワール学院小学部の寮の門限はかなり早く、それまでに寮に戻らないと門を閉じられてしまうそうだ。


 門限に遅れると翌日の朝まで寮に入れず、どこかで夜を過ごすことになってしまうのだとか。


 まだあと数日ほど春期休暇が続くので外泊しても問題はないが、兄は無駄な出費を避けるべく、とっとと寮に戻ろうと考えているようだ。


 リストン家の財政難問題があるので、無駄な出費は避けたいのだろう。


「すまない。また後日」


 挨拶もそこそこに、夕陽に染まる王都へ向けて、兄とリネットは小走りで行ってしまった。


 さてと。


「私たちも行きましょうか」


「はい」


 そして遅ればせながら、私と専属侍女リノキスも歩き出した。





 王都アルトワール。


 王都と名が付くだけあって、栄えていて、城があり、王族がいる、アルトワール王国の中心都市である。


 かつては広大な地の資源を探して、危険な魔獣を狩っては人間の縄張りを広げてきた、海に根付く大地にある唯一の都。


 今では飛行船という移動手段ができ、それからは物流も大きく動き、あらゆる物が集まる大きな都市となった。


 物が集まれば、人も集まる。

 リストン領の本島もそれなりに栄えていたが、ここは比ではない。


 まさに大都会である。


 南の一角、海に面した部分から長方形に伸びている都は、丸一日歩いても、端から端まで辿り着くことはできないほど広大であるのだとか。


 ――と、説明を受けたが、実際に見るとなかなか圧巻である。


 とにかく人が多く、活気もあり、物が溢れている。


 道行く人たちの腰から胸元くらいまでしか背丈がない私には、正直ちょっと視界が狭くなる鬱陶しい人込みである。


「お嬢様。はぐれないように付いてきてくださいね」


「ええ」


 リノキスもアルトワール学院を出ているので、王都のことはある程度わかると言っていた。


 ライム夫人が待っているはずなので、あまり遅れるわけにはいかない。

 無駄にうろうろせず、彼女の先導に任せよう。


「なんなら手を握ってもいいですよ」


「あなたの両手には荷物があるじゃない」


「あ、そうですね。じゃあ袖を握っていてもいいですよ?」


「いえ結構。早く行きましょう」


 人込みで迷うほどの歳ではない。ニアは五歳だが、私はきっと、もっと老いているし枯れている。


「……車いすに乗らなくなってから、お嬢様とのスキンシップが足りないと思うのですが」


 なんかわけのわからないことを言い出したし。


「どうでもいいから早く行かない?」


「子供の成長って早いですね……私は寂しいです」


 本当に言っている意味がわからない。……なんだろう? いつしかリノキスの母性が目覚めていたとか、そういうことなのだろうか。


 まあ、とにかく今は移動だ。ライム夫人が待っている。

 

 よくわからない愚痴を言いながら渋るリノキスを急かし、人込みの中に突入した。





「この辺は商業街ですからね。他の地区はそんなに多くないですよ」


 リノキスの言う通り、商業街……露店や店が並ぶ一帯を抜けたら、だいぶ人が少なくなった。


「ここがメインストリートですね。ほら」


 両手が荷物で塞がっているリノキスが、メインストリートの彼方に視線を向ける。


 私も視線を向ける、と――あ。


「観たわね。『美しい風景』で」


 王都のチャンネルから発信されている「美しい風景」は、世界の絶景を見せてくれる番組だ。

 かつては私に観ることを許されていた、数少ない番組の一つだが。


 ――それが、この光景である。


 広いメインストリートに並ぶおしゃれな高級店の建物と、その奥にある美しい王城。


 もう少し引きで撮影した映像だっただろうか。

 何度も再放送されているので、この景色は何度も観ている。


 魔晶板とは違い、実物で観ると迫力がある。魔晶板越しだとどうしてもサイズが小さく見えてしまうから。


 横顔を赤く染める王城を横目に、ようやく目当ての場所――レストラン「黒百合の香り」に到着した。





「――いらっしゃいませ、リストン様。お席にご案内いたします」


 見るからに高級レストランである。


 リノキスには、予約を入れているホテルに荷物を運んでから合流するよう伝え、私は先に入店することにしたのだが。


 店に入るなり、品の良さそうな中年のウェイターに名指しで挨拶をされた。……さすが高級店、思いっきり客を選びそうだ。名前を知らなかったり一見はお断りだったりするのだろう。


「ありがとうございます。ライム夫人は?」


「お連れの方といらしております。さ、どうぞ」


 ウェイターの案内で、テーブルのある店の中……ではなく、脇の細道に案内される。


「個室かしら?」


「はい。こちらになります」


 ノックをして中から返事があったところで、すっと音もなく扉を開く。


 そして私は、心持ち背筋を伸ばして個室に踏み込んだ。


「――お久しぶりです。ライム夫人」


 第三階級貴人にして、現在は貴人階級に礼儀作法の家庭教師をしている女性――ヘレナ・ライムは、穏やかだが隙のない視線で私を見据える。


「――久しぶりね、ニアさん」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ