234.迎冬祭の後、第一王子と二度目の再会
無事迎冬祭を越え、暦が進み。
冬休みに入る前後にややバタバタしたものの、それ以外は概ね何事もなく、二学期が始まった。
「――こっちは大手なんだよねぇ。腕のいい職人も多いんだけどぉ、ただぁ、機兵の兵器開発を主流に仕事をしてるんだよねぇ」
ほう。
資料を見る限りでは、このマーベリア王国では一番の工房なのだろう。職人三百人、支店も合わせれば千人を擁する大工房、か……
「アカシ的にはお勧めしない?」
「そうだねぇ。国勢によって、仕事の速い遅いと出来の良し悪しがかなり左右されると思うよぉ。ほらぁ、今は東の未開拓地に調査が入ってるからぁ、調査内容次第でまた大掛かりな兵装が要求されると思うんだぁ」
ああ、そうか。今はその辺が安定してないんだよな。
次の国の動きを考えたら、機兵関係でまた忙しくなるかも、って感じか。
「なら……ん?」
「――千本。終わった」
横に目をやると、汗だくのシィルレーンが立っていた。
「まだ余裕ある?」
「ある」
「じゃあ五百追加」
「わかった」
短いやり取りを経て、彼女はまた戻っていった。
――伸びるはずだよな。シィルレーンは修行大好きだから。
機兵学校二学期が始まった。
特に生活に障るような大きな変化もなく、シィルレーンとクランオール、ミトの修行は継続されている。
今日も放課後、屋敷に集う三人は、それぞれで鍛えている。
ようやく「氣」を掴んだクランオールの伸び方もすごいし、ミトも才覚を遺憾なく発揮して急成長している。
特にシィルレーンの打ち込み方はすごい。
迎冬祭の二日前にあったあの件から、余計に力が入り、意気込みが増しているようだ。あの分なら、今年の夏には虫退治に行けるかもしれない。
――このまま伸びるようなら、虫に会いに行く予定の私に、同行させてもいいかもな。
「あたしも修行したいなぁ。ニアちゃん教えてよぉ」
屋敷の入り口近くで立ち話をしていたアカシが、彼女らの修行風景を眺めながらそんなことを言う。
彼女は今、書類を持って相談に来たところだ。
そして相談が済んだら、別の用事があるのでまたどこかに行くのだとか。忙しいことである。……忙しさの原因は私かもしれないが。
「してるでしょ」
「ん? 修行? してないよぉ?」
「してないわけないじゃない。どうせシィルに色々教えてもらってるんでしょ? ――護衛が護衛対象より弱いんじゃ話にならないものね?」
「……あー……ダメ?」
「いいえ。好きにすればいいと思うわ。ただ、どうしようもなくマーベリア側のあなたには、私からは教えない。私以外から学びなさい」
「あははぁ……厳しいねぇ」
厳しくはないだろう。黙認しているだけでも随分甘い。
――「氣」の技術は、教える相手を選ばねばならない。善悪の区別がつかない者や未熟な子供には教えられない。
「あなたに身につくかどうかは知らないけど、下手に広めないようにね」
「わかってるよぉ。……下手に広めたら責任を取りに来るんでしょ?」
「そういうこと」
弟子の不始末は、師が片付けなければならない。
アカシの場合は、シィルレーンという弟子からの不始末になるので、……まあ、そうならないことを願うばかりだ。
「それより工房の話をしましょうよ」
色々と候補は聞いているが、まだ三輪馬車と機馬の製作は始まっていない。
どこの工房に頼むのか、迷っている最中である。
虫に会いに行く時はぜひ機馬に乗って行きたい、と思っている私としては、そろそろ決めてしまいたいところだ。
「もう率直かつ大雑把に言うけど、大きな工房はほかの仕事があるから、いまいち乗り気じゃなさそうなんだよねぇ。
で、小さい工房は一所懸命にやってくれるとは思うけど、設備も人手も足りないかなぁって感じでねぇ」
ふうん……
「じゃあ、小寄りの中規模工房がいいってこと?」
「……そうだね、案外その辺が狙い所かもね。その辺当たってみようか」
「お願いね。悪いわね、便利に使ってしまって」
「水臭いなぁ。あたしとニアちゃんの仲じゃぁん」
そうかそうか。水臭いか。アカシは相変わらず胡散臭いけどな。
「――あ、そうそう。もうシィル様かクラン様に聞いた?」
一旦話が済んだので、アカシは書類を鞄に納めながらそんな話を振ってきた。
特に何も聞いていないので首を横に振ると、彼女は事も無げに言った。
「昨日の夜、リビセィル王子と副隊長イルグ様が帰ってきたそうだよぉ。近い内に絶対に挨拶に来るんじゃないかなぁ」
お、ついに帰ってきたか。
「調査結果、気になるわね」
ここマーベリア王都の多くが休み、大いに盛り上がった迎冬祭にも帰らず、ずっと東の砦の向こうを調査していたという話だからな。
「あたしはそれより、ニアちゃんの怒り具合というか、リビ様への対応が気になるかなぁ。……あの件はあたしもひどいと思うけどさぁ、立場上のアレもあるからさぁ、許してあげてくれないかなぁ……?」
ああ、うん。
「何かにつけてシィルとクランからそういう謝罪を言われてきたからね。さすがにちょっと落ち着いたわ」
「え、ほんと?」
「悪いようにはしない。約束する」
「ほんと? 殺さない? 出会った瞬間首をすぱーんって刎ねたりしない? あれでも第一王子でこの国の跡取りなんだよ。すぱーんってやらない?」
「やらないやらない。もういいから次の用事に行きなさいよ」
――今はむしろ、何かにつけて弁明を耳に入られてきた私の怒りより、あの当時のまま放置されてきたリノキスの怒りの方が上だと思うし。
彼女が不機嫌だと非常にやりづらいからな。
その点に関しては、私はリノキスの味方である。
アカシからリビセィルらの帰還を聞いた後、改めてシィルレーンとクランオールから、帰ってきたことを聞かされた。
で、すぐにでも連れてくるという話を承諾した翌日。
彼らはやってきた。
「…………」
「…………」
リノキスの冷たい眼光に、一瞬リビセィルの足が止まった。
――案の定、リノキスの怒りが収まっていなかったせいである。私はもう許す気になっていたが、彼女はまだダメのようだ。
というか「まだ」ってこともないのか。
リノキスにとっては、あの夜襲騒動から、何一つプラスに転じるものがなかったのだから。何もないなら、あの当時で心境が止まっていて当然である。
屋敷の敷地に入れるのも嫌だというので、屋敷の前で待っていたのだが――彼らは馬車を使わず、普通に歩いてやってきた。
リビセィルと、副隊長イルグ。
そしてアカシとクランオールが同行している。
ここらは人通りの少ない貴族街なので、馬車を出すより却ってこっちの方が目立たないと判断したのだろう。
「……ニア・リストン」
ついに彼らがやってきた。
緊張感がすごい。
私はもう気楽なものだが、私以外の全員が、色々と思うところがあるのだろう。
「この前はすまなかった」
うん。
やってくるなり謝罪したことは評価しよう。
――だからこそ、だ。
「一発殴らせて。それですべて水に流すから」
「お嬢様」
やはりリノキスから非難の声が上がるが、これくらいで手を打ってほしい。
「引きずっててもしょうがないでしょ。謝っている者をいつまでも責めたてるのも性に合わないわ。こういうのは一発けじめをつけてからっと済ませるべきよ」
これはリノキスだけではなく、この場の全員に言っている。
これで後腐れなく手を打つから、そのつもりで受け入れろ、と。
これからこの国の第一王子をぶん殴るけど、邪魔しないで見届けろと。そう言っているのだ。
「あなたがやってもいいけど、さすがに王族を殴るのはアレでしょ? だから私がやる」
私がそんなことを言っている間に、リビセィルは両膝を地に着け、両腕を後ろに組んだ。
「それで許されるなら。何発殴ってくれていい」
膝を折ってもなお、私より大きな男である。
だがこれで顔を殴れる高さである。
……うん、なんというか、アレだな。
「たぶん出会いが悪かったのね。その潔さは嫌いじゃないわ」
シィルレーンとクランオールを、そして短い間しか接していないが、あの王様を見ていればわかる。
王族は腐っていない。
ただ、その立場にあるがゆえに、職務に厳しい面があるだけだ。
私にとっては最悪の対応だったが、マーベリアから見れば、あの時のリビセィルの判断は間違っていなかったのだろう。
立場が違えば正義も違う。
私はもう、そう割り切った。
「……本当に悪かったと思っている。そして感謝もしている。あの砦での一戦、仲間を助けてくれてありがぶふっ!!」
ばちーんと。
からっと晴れた空に、肉が肉を強打する、平手打ちの渇いた音が高らかに響いた。
「……だ、あ、あ……ぁ……が……ぁぁあ、ぁぁ……っ!」
とてもじゃないが膝立ちのままではいられず倒れたリビセィルは、石畳の上に転がり、痛みに震え悶絶している。
そうだろう、痛いだろう。
私の少し本気の平手はかなり痛いんだぞ。
「リノキス、これでいいでしょ?」
「……想像以上にお見事でした。本当に、同情したくなるくらい……」
そうだろう。すごい速さの平手で、すごい音がしただろう。
あんなの見たら大抵のことは許す気になるだろう。
「――さ、中へどうぞ。アルトワールの紅茶とお菓子を用意してあるから」
軽いかもしれないし、重いかもしれない。
だがとにかく、リビセィルの禊はこれで終わりだ。
話したいことも相談したいことも色々あるので、いつまでも引きずっていられないのである。