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206.シィルレーンの要求、ニア・リストンの要求





「――命令です! 通しなさい!」


 お。


 取調室に連れて来られて、割とすぐのことだ。

 覚えのある声が、いつにない凛々しさを誇示しながら、この取調室に近づいてくる。


「命令です! 開けなさい――っていうか自分で開ける!」


 唯一の出入り口であるカギのかかっていたドアが、がちゃりと外側から開けられて――少女が入ってきた。


 アカシである。

 なぜだかこの深夜なのに、機兵学校の制服を着ている。


 そして、いつものへらへらした笑みが鳴りを潜め、凛々しく引き締まっている。


「あなたたちは何をしているのです!」


「あ、あんたシィル様の護衛の……」


「事情は知っています! 今すぐニア・リストンを釈放しなさい! 早く!」


 うん。


「アカシ」


「ニアちゃんごめん、今すぐ――」


「もう遅い。だから無駄な説得はやめて帰りなさい」


「……! ちょ、ニアちゃん! お願い、許して!」


「許したでしょ? いくつもいくつも。何度も何度も。なのにマーベリアはやめなかったじゃない」


「こんなこと二度とないようにするから!」


 すがるように私の両肩を掴み、必死に懇願するアカシに、私は微笑み掛ける。


「あなたは悪くない。あなたを責める気もない。ただこの国の対応が悪かっただけ。だから、あなたには特別に一つだけ忠告をする」


「忠告……?」


「――私に頼みごとがあるなら、素直に頼みなさい。間違ってもこれ以上怒らせないで」


 ぽんぽんと彼女の手を叩くと、掴んでいた私の肩を離した。


「これから、何か、あるの?」


「調査は得意でしょう? もう甘い顔はしない」


「…………」


 アカシは、彼女には似合わない深刻な顔をしたまま何かを考え込み――一礼して取調室を出ていった。


 ――リノキスに言ったら「それでも甘い」って言われそうだが。


 でも仕方ないだろう。

 本気で国を憂う者を、そこまで無下にはできない。





 取り調べは続くが、特に話すべきことがあるわけではない。

 ヘーデンはしきりに金の動きやアルトワール王国のことを聞きたがるが、適当にはぐらかしておく。


「……何を見ている?」


「いえ? こういう時こそ脅し役が動くべきじゃないかなって思ってるだけ。謝ってから大人しくなっちゃって」


「貴様……」


 腕を折りかけた若い憲兵は、最初に謝って以来、すっかり大人しい。いる意味あるのかってくらいに。

 まあ、時々からかってやっているが。


「アカシとはどういう関係だ? なぜ彼女がここに来る?」


 お、角度の違う質問。

 ヘーデンなりに、さっきやってきたアカシのことを考え、推測したのだろう。


「シィルレーン様が私に注目しているからでしょ。きっとこの不当拘束も耳に入っている頃ね。殴り込みに来たりして」


「来るわけなかろう。仮に来たとしても、不当拘束ではない」


「そう? あなたがそう言うならそうなのかもね。そうだといいわね。……でもそろそろ思ってるでしょ? このままだとまずいことになりそうだ、って。今、相当まずいことをしているんじゃないか、って」


「…………」


 ヘーデンが私を睨む。どうやら図星らしい。


「もう遅いわよ」


 だから、アカシにも言ってやった言葉を、今度はヘーデンにも言ってやった。


「今更釈放されても許さないし、全てをなかったことにもしない。こんなことしてないで不正の証拠でももみ消しておいたら? あ、もう間に合わないか。アカシにしっかり顔を見られたものね?」


 さてさて、これからどうなるかな。

 私も要求を考えておかないと。





「――お、おぉ!? おいガキ! おい!」


 ん?


 取調室から地下の独房に移送されることになり、私は若い憲兵に地下へと連れて来られた。薄暗いので見えはしないが、気配は確と感じる。先客が結構いるな。


「――おいガキ! なあおい!」


 向こうからは私の姿が見えたのか、いくつか並ぶ鉄格子の部屋から逞しい腕が出て、誰かがしきりにこちらに手を振っていた。


「静かにしろ!」


 若い憲兵が怒鳴ると、腕が引っ込んだ。……なんだ? 誰だ?


 無言で私を独房に入れると、若い憲兵は足早に上に戻っていった。どうやら私とは話もしたくないらしい。からかいすぎたかな。


 それにしても、冗談のつもりで言ったのに、あの後すぐに独房に移されたな。ヘーデンは本当に、今不正の証拠を握りつぶしてやしないだろうか。やってそうな気はするが。


「――おい! おいガキ! ニア・リストン! 俺だよ俺!」


 あ、さっきの声。


「誰かしら?」


 こんなところに知り合いなんて…………あ、いるかも。私の屋敷で監禁していた男たちとか、今ここに居ても不思議じゃない。


「俺だ! 喧嘩師のゲンダイだ! 前にあんたにワンパンで伸されたゲンダイだ!」


 …………ああ。


 名前も顔も覚えてないけど、喧嘩師という肩書は覚えている。


「ケンカでは負けたことがない?」


「そう、その俺だ!」


 ははあ、あいつか。こんなところで知り合いに会うとは。まあ会っても不思議ではないが。きっと言わないだけで顔見知りもたくさんいるはずだ。


「よかった! 牢から出たら会いに行こうと思ってたんだ! ニア・リストン、俺を家来にしてくれよ!」


 は?


「それか弟にしてくれ! ぜひ姉貴って呼びたい!」


 はあ。姉貴。


「私、年下なんだけど」


 この前十歳になったばかりなんだけど。


「歳は関係ないね! 俺より強いってことが重要なんだ! それもあんたは圧倒的に強い! 紙一重とかわずかな差とかじゃなく、圧倒的に!」


 その時、ぶふっとほかの独房の誰かが噴出した。


「さっきからうるせぇぞ馬鹿! ガキ相手に何ふざけたこと言ってやがる!」


 私もそう思う。そりゃ笑われるだろ。


 笑えないのは、私のことを知っている者だけだ。

 やはり独房のいくつかには、私の屋敷に監禁していた男たちもいるようで、そいつらは笑っていない。というか私を怖がっているようだ。


「なんとでも言え。好きに笑え。ガキでも女でもなんでも構わない、俺は主君を見つけた。それがたまたまガキだっただけだ」


 …………


 どうも知らない間に面倒臭い奴に気に入られていたようだ。主君ってなんだよ。





 独房に移されて、どれくらいの時間が経っただろうか。

 割と早かったかもしれないし、遅かったかもしれないし。


 とにかく、まだ夜の内に、彼女らはやってきた。


「――ニア・リストン」


 アカシが、今度はシィルレーンを連れて、やってきた。


「こんばんは、シィルレーン様。でもここはあなたが来るようなところじゃないですよ」


 固い石のベッドに横になっていた私は、立ち上がって鉄格子越しに彼女と向き合う。――ちなみに喧嘩師には「静かに寝てろ」と言ったら黙った。すでに部下か家来の心構えができていそうで不安である。


 が、それはさておき。


「ニア・リストン。頼みがある」


 と、シィルレーンとアカシは、床に膝を着いた。


「――頼む。力を貸してくれ。この通りだ」


 そして、深々と頭を下げた。


 …………


「私がそれをさせたかったのは、あなたじゃないんだけどね」


  ガギッ


 鉄格子を掴むと、金属が悲鳴を上げた。

 一本だけ大きく曲げて、その隙間から抜け出す。


「でも結果が同じなら構わないわ」


 私はシィルレーンの前に跪き、まだ頭を垂れている彼女の上半身を起こした。

 牢から出てきたことに少し驚いている彼女の目を見て、私は言った。





「――これまでの慰謝料と頼み事の報酬として五百億クラムを要求する。上乗せはあっても負かることはない」


「ご……!」


 絶句するシィルレーンとアカシに背を向け、私は再び独房に戻った。鉄格子もまっすぐに戻しておく。


「払えるかどうか、お父様と相談してきなさい。もう一度言うけど、上乗せはあっても引くことはないから」





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― 新着の感想 ―
ニアの本命は憂さ晴らしじゃなく布教だから 金は分かりやすいジャブだろうねぇ...
[良い点] これは到底払えない金額を要求して、断られたらそれを理由にボコボコにするアレですね!?笑
[一言] えぇ…金だけ?上部層の首を自分で全て獲ってきて革命を成したら、くらいの方が好きだなぁ
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