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201.結果、全員殴り飛ばした





「――お嬢様、お嬢様。そろそろ到着しそうです」


 ん……そうか。


 昨夜の襲撃で取れなかった睡眠を解消している間に、目的地に到着したようだ。


「意外と悪くないわね、こういう旅も」


 空気は少し肌寒いが、降り注ぐ陽の光が温かい。

 日向にいるとちょうどいい。


 地面から浮いているだけに、馬車のように揺れないし、あまり音もしないので、乗り心地はなかなかいい。

 おまけにリノキスの膝枕も、悪くなかった。


「そうですね。楽しい理由の旅ならもっと楽しかったかもしれませんね」


「そう? 私はこれも楽しいけど」


 もう少しまどろんでいたかった気もするが、到着したようなので、借りていた膝から身を起こして目の前を見る。


 後ろ手に縛られている裸の男たちが、寒さなのかなんなのか、震えながら身を寄せ合っている。

 ただ、誰もこちらを見ようとしないが。


「動かなかったわね?」


 私が寝ている間に、脱走するなり襲い掛かってくるなりするかと思ったのだが。


「動いたら死ぬことがわかっていますからね。一撃で機兵を破壊するような子には逆らいたくないでしょう」


 そうか。そうだな。

 だが命が惜しいなら盗賊などしてはいかんだろう。


 ――ひょいと大型単船の向かう先を見ると、石積みの頑丈そうな砦が見えた。


 なるほど、あそこが最前線か。





「待て待て! おまえたちはなんだ!?」


 近くに行くと、機兵二機を従えた軍服に身を包んだ若い男が出迎えてくれた。


「あ、どうも。私は六番憲兵長のソーベル・レンズと言います」


「憲兵? ……なぜ憲兵がここにいる?」


「いえ、私はただの運転手役でしてね。詳しくは――あの子らにきいてください」


 運転席から降りて対応していたソーベルは、すでに荷台から降りて近づいてきていた私たちに、話を投げた。


「ありがとう、ソーベル。長く付き合わせたわね」


 ただ見張りを命じられているだけだろうに、今は運転手をしていて、遠路はるばる遠い東の地まで便利に使ってしまった。


「いやあ……確かにそうだけど、同情する点も多いからねぇ……」


 彼はやはり、複雑そうな顔でそう言うのだった。――そりゃいい憲兵もいるか。覚えておこう。


「君たちは?」


 おっと、今はこっちか。


「私は第四王女シィルレーン様の命令で来ました。少し虫と遊んで来いと言われまして」


 シィルレーンには、今朝の借りがあるからな。

 早速ここで返してもらうことにする。





「いや、なんというか……話が見えないんだが」


 いつもは、第一王子にしてマーベリア王国一番の機兵乗りであるリビセィルがこの砦に詰め、戦闘の指揮を執ったり戦場に出たりしているそうだが。

 今は、魔犬機士団の副隊長に任せて一時帰国している。


 その副隊長こそ、このイルグ・ストーン。

 リビセィルが信用する部下で、親友にして片腕で、機兵乗りのライバルでもあるという。


 あの憎きリビセィルは国に帰っているので、今のこの砦の責任者は彼である。


「だから、虫を倒しに来たのです。シィルレーン様の許可を得て」


 まあ厳密に言うと、後から許可を貰うつもりだが。それで借りを返してもらう形だ。


「そこもわからない。シィル様はまだ正式な機士ではないし、一般人の通行を許可する権利など持っていないぞ。本当にシィル様がそんなことを命じたのか? 命令書は? 契約書でもいいぞ。ないのか?」


 ……ちゃんとした奴だな。真面目か。憲兵は火事場泥棒のように荷物を持って行ったんだぞ。こっちも賄賂を払えば通してやる的な融通を利かせろ。


「――お嬢様、どうします?」


 リノキスが耳打ちしてくる。どうやら彼女も、イルグ副隊長が正論を言っていると思ってしまったようだ。


 こうなると逆にやりづらいな。

 小悪党なら殴り飛ばして強行できるが、職務に真面目なだけの奴となると……

 

 …………


 まあ、今日はいいか。

 自重しないって決めたんだ、こいつも腹いせの犠牲にしてしまおう。


「どこまで行ったの?」


「どこまで、とは?」


「シィルレーン様の話では、虫の区画は、少なくとも四ブロックに分けられていると聞いたわ。


 第一ブロックが巨大蟻、第二ブロックが蛾、第三ブロックが混合、そして未だ未知の第四ブロック。もしかしたら先もあるかもしれない。

 毎年第二ブロックまでは進むけど、それ以上は行けない、というのが私の聞いた情報よ」


 巨大蟻の繁殖力は高いようで、それをこの砦でせき止めている。

 蟻は数こそ多いが単独ではそれほど強くないらしく、よほど大量じゃなければ常駐の機兵たちで狩れる。


 だが、第二ブロックからは難航しているそうだ。


 相手は生物だけに、殺せば減る。

 殺した分は毎年増えるが、適度な間引きが行われているせいか、溢れるほど増え過ぎることはない――それが長年続いている、マーベリアと虫たちの侵略戦争である。


 なんだかんだ数も強さも兼ねた虫が優勢で、しかし季節や天候ではマーベリアが押すこともある。

 結果的に一進一退であるそうだ。


「彼女、めちゃくちゃ強いわよ。だから行けって言われたの」


 冒険家リーノの名前は、マーベリアまでは届いていないので使えないが。

 しかしこの場で子供の私が強い、というよりは、まだ説得力があるだろう。


「試してみる? 機兵より強いから」


「機兵より……?」


 やはりマーベリアの機兵乗りは、この言葉がよほど気に入らないらしい。

 国の誇りであり、彼らにとっては生命線そのものだからだろう。そりゃ馬鹿にされれば怒るだろう。


 ――でも仕方ない。私が先に馬鹿にされたのだ。


「機兵じゃ埒が明かないから行くように言われたのよ! 無能の機兵乗りたち、戦線を押し上げるからさっさと通しなさい!」


 やった分くらいやり返されて当然だろう。

 やられたくなればやらなければよかったのだ。


 予定にない、国の許可証もない来客を物珍しそうに見ていた砦の機士たちとその関係者は、突然の私の声に一瞬で怒った。


「なんだと」


 比較的温厚かつ穏やかに接してくれていたイルグ副隊長さえ、私の暴言に厳しい顔をする。


「――通しなさい」


 そんな副隊長の目から守るように、リノキスが前に出た。


「なぜあなたたちが怒るのです? 怒っているのはこちらが先です。ぐだぐだといつまでもふざけたことを言っていると、全員殴り飛ばしますよ」





 結果、リノキスが全員殴り飛ばした。


 さあて、これで邪魔する者はいなくなった。虫と対面と行こうか。 





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― 新着の感想 ―
あ、リノキスが全員殴り飛ばしたのか。 ニアかと思った。
[一言] アニメだと血湧き肉躍るシーンがたった一行で!w
[一言] 結局殴り飛ばしましたね
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