16.可愛い兄が聞き捨てならない決意をした
私の魔法映像再出演が決定した翌日から、実に迅速に話が進み始めたのだが――それはいったん置いといて、だ。
動く前に、魔法映像と魔晶板周辺の事情を、もう少し詳しく知りたい。
私の役割が曖昧で、まだ理解できていないからだ。
果たして広告塔とは何をすればいいのか。
子供特有の媚びへつらいを見せつけてやればいいのか。それとも武によって世界を統べてやればいいのか。権力者や実力者を片っ端から力でねじ伏せてやればいいのか。あ、やってみたい。すごくやってみたい。
平常心でありながら、しかしこれほど暴力的なことを考えられる以上、私はきっと戦うことくらいしかまともにできない前世だったんだと思う。
だとしても、それが理由で、ニアの代わりにやらねばならないことを放棄することはできない。
となると、どうすればいいのか。
――そんな疑問もあり、ベンデリオが来た翌日の昼食時、兄に聞いてみた。
兄ニールは、思ったよりリストン領地内のことに詳しい。
特に、今両親が心血を注いでいる魔法映像界隈のことにも通じているようだ。
だが、私が質問すると、兄は眉を寄せた。
「父上と母上は、あまりニアには拘わらせたくないようだが……」
「今更でしょう。あれだけ熱弁を振るったお兄様が、どうしてここで遠慮するの?」
やれ「今はニアが使い時だ」とか、「ニアが旬だ」とか。
「自分のファンが怖いから妹を盾にしてやろう」とか。
まとめればそのようなことを言って、露骨なくらい私を推したじゃないか。
「……言っておくが、私も詳しいわけではないから」
「あら。そうなの?」
「うん。父上母上から聞いたわけじゃない、自分で調べたことばかりだよ。
というのも、実は――」
薄々わかっていたことだが、リストン家は魔法映像業界へ、とんでもない額の投資をしているそうだ。
兄の予想では、すでに家が傾くほどの大金を注ぎ込んでいる、らしい。
「元はニア、身体の弱い君を助けるための参入だった。
いずれ君が大きな病に倒れるだろうと予想し、広く『助けの手』を求めるために、いち早く導入を決意したらしいけど……
私としては、それ以外に、魔法映像が生むであろう莫大な利益も見越していたと思うのだ」
それはそうだろう。
小さな魔晶板一つで、庶民が数年暮らせるほどの金が掛かるのだ。
いくらリストン家が貴族階級でも、無尽蔵に財産があるわけではないし、さすがに娘一人の命のためだけに、家が傾くほどの大金は使えないだろう。
リストン家の財産は、領地の保護と発展に使われるべきものだ。
もしかしたら、本来使ってはいけない民の血税さえ、魔法映像業界に投資しているかもしれない。
……要するに、私が返さねばならない恩は、そう簡単には返しきれないということか。
「それで、今の財政は大丈夫なの?」
「わからない。リストン領にある浮島のいくつかは商家に売ったりしたようだが、借金はしていないと思う。おじい様への借金はしていると思うが……まあ、一年二年で倒れるほど切迫はしていないと思う」
つまり、だ。
「逆に言うと、一年二年で魔法映像関係の利益が見込めるようにならないと、リストン家は危ういと」
「――ニアが気にすることはない」
と、兄は実に頼もしく言い切り、目を伏せ、――サラダをつつくフォークがガタガタ震え出した。
「わ、私には、金持ちのファンが、たくさんいるからな……私が嫁を取るなり婿入りするなりすれば、金はなんとかなるさ……幸い婚約者もいないし、私が身を切れば……」
「やめなさい」
思わず言ってしまった。
とてもじゃないが最後まで聞いていられなかった。
兄がファンレターに困惑していた、本当の理由が分かった気がした。
頭が良すぎるというのも考えものだろう。
自分の身を売り出すようなことを、子供が考えてはいけない。人には事情があるので強く否定する気はないが、それでも大人だってあまり褒められたことではない。
「お兄様はリストン家の跡取りでしょう? その場合は私だと思うわ。いざとなったら――」
冒険家となり未開の浮島に乗り込み、金になる魔獣を狩りまくってやる。この際自重などするものか。……ん? 意外と悪くないか?
そんな生き方も大いにありか、と思っていると、兄のお叱りの言葉が飛んできた。
「ダメだ! 妹を守れない兄になどなってたまるか!」
…………
「お兄様って可愛いわね」
魔法映像の話から、控えているリノキスがそわそわしている。
リストン家の財政の話になってから、控えている老執事ジェイズが目を伏せている。
「自分が身を切れば」と子供らしからぬことを言い出してから、彼の専属侍女リネットが小さく「金があれば……」と不穏な呟きと不穏な気配を漏らしている。
そんな彼らが、兄ニールのこの男らしさにはニッコリである。
ちなみに私もニッコリだ。
彼の決意や言葉を馬鹿にするつもりはないが、とにかく大変可愛い。魔法映像で流せばファンが急増するのは間違いない。流せばいいのに。
「君は時々上から目線になるね」
それは仕方ない。
きっと前世を併せれば、少なくとも倍以上は生きているから。
――とにかく、可愛い兄のためにも、なんとか活路を見出さねば。
そんな話をした夜、またベンデリオがくどい顔をしてやってきた。
これで二夜連続である。
「今、放送局では、ニアちゃんをどんな形で映像に出そうか議論が続いているんだ」
昨日会った応接間で、両親と兄とベンデリオが同席している中、座る私の前にたくさんの書類を並べる。
「我々はこれを『企画』と呼んでいるんだけど……数は出たけどなかなか決まらなくてね。この際本人の希望も聞いてみようってことで持ってきたんだ。
どれか気になるものはあるかな?」
なるほど。
私が選んでいいのか。
いくつか手に取って、ざっと内容に目を通す。時々隣の兄に読んでもらいつつ。
――庶民の畑仕事に混じって汗を掻く姿をこれ見よがしに放映する。
――有名な冒険家に一日弟子入りという形で一緒に行動し、冒険家の宣伝も兼ねてこれ見よがしに放映する。
――長年手つかずの大店の倉庫をお掃除し、珍品や骨とう品をこれ見よがしに放映する。
――お金持ちの自慢の自宅訪問、お金持ちの寄付金狙いで接近しこれ見よがしに放映する。
などなど。
……うん。
そもそも魔法映像に出たいと思っていない私なので、どれもこれもピンと来ないけど。
だからどれが正しいとも正しくないとも言えない。
――となると、だ。
私は書類をテーブルに戻し、言い放った。
「――全部やりましょう。思いついたの、全部」
リストン家の財産の補填なんて、一度二度魔法映像に出たところで焼け石に水だろう。
というか、これがどう利益に繋がるのかいまいちわかっていないが、その辺の難しいことは両親や兄が考えてくれるはず。
今私ができるのは、とにかく魔法映像に出て、この文化を今よりもっと普及させることだ。