159.次に情報を探り乗り込み
賊どもの捕縛は乗組員たちに任せ、私と弟子たち、船長とトルクとで、腹を抉られた痛みに悶絶しているキャプテンを倉庫の一室に連れ込む。
私たちが修行に使っていた空き部屋である。
恐らくほかの賊どもを閉じ込めるのもこの部屋になるのだろう。ちょうどいい空きスペースだから。
「どうする? とりあえずボコるか?」
アンゼルは物騒な提案をするが、ボコる前にすでに弱り切っているので、あえて暴力を重ねる必要はないだろう。
何しろずっと転がっていて痛がっているのだから。抵抗の意思も一切見られない。
……一応うっかり胴体を貫通しないよう、ベルトのバックルを狙って当てたんだがな。そこまでバックルごと腹にめり込んだのだろうか。
まあとにかく、先遣隊を潰したという現状を、待機している空賊船側に悟られぬよう、迅速に行動しなければならない。
いたぶるなりなんなりは、周囲の船を片付けてからだ。
とりあえず私に任せろ、という視線で一同を見回すと、
「ねえ」
腹を抱えて倒れているキャプテンの傍らにしゃがみ込み、静かに語りかける。
「あなたたちは全部で何人いて、何隻の空賊船を所持しているの? アジトはどこ? 残党狩りをするから教えてほしいんだけど」
「……は、はは、は…………」
キャプテンは痛みに歪む横顔で、弱々しくも強気に笑う。
「話すと、思うか……? 死んだって話さねえっつーの……」
ふむ。
「じゃあ皆殺しになるけどいいのね?」
「あ……?」
「こちらにはあなたたちを生かしておく理由がないわ。さっさと殺して海に落として魚のエサにでもした方が後腐れもないし、手っ取り早く終わるじゃない。手間も掛からないし。
でも、ここであなたがちゃんと情報を渡せば、情状酌量の余地ありと見なして、できるだけ殺さないように制圧するわ。――時間がないから今すぐ決めなさい。決められないなら皆殺しだから」
食い入るように私を見上げるキャプテンに、微笑む。
「はったりだと思う? それとも本気だと思う? 言っておくけど、私は殺したい方よ? なんなら目の前で一人殺しましょうか?」
私の脅し……まあ本気だが、キャプテンが私の警告に対してどう思ったかはわからない。
わからないが、彼は年長者である船長とトルクに向かって叫んだ。
「――お、おい! このイケイケのガキなんなんだよ!」
イケイケのガキ。……イケイケ……古い人間の私でさえ古いセンスだとわかってしまうのだが……
「そのイケイケの子は、とある腕利き冒険家の弟子だ。悪いことは言わん、言う通りにした方がいい。その子はやると決めたことはやる」
おい船長。イケイケの子って。
……というか、本当に遊んでいる場合じゃないんだが。
「どうするの? 情報をよこすの? よこさないの?」
「おまえが約束を守る保証なんてねえだろが!」
「だから何? だから皆殺しを選ぶの? 一縷の望みに賭けようとは思わずに?」
「――本当にこのイケイケなんなんだよ! 最初からずっとガキの眼光じゃねえぞ! 命のやりとりが日常みたいなヤバイ奴の目ぇしてんぞ!」
次イケイケって言ったら腹蹴っとこう。
キャプテンは二、三発食らわせると大人しくなり、必要な情報をよこした。
人数は、一隻にだいたい十五人前後。
アジトに残ったりして、乗っていたりいなかったりするので、毎回正確にはわからないそうだ。
三隻で空賊家業を営み、トップはキャプテンだが、各船にその船を動かすキャプテンが乗っているらしい。いわゆる副キャプテンだな。
そんな副キャプテンとも言うべき中枢を担う人物が各船に一人ずついる、とのことだ。
二隻は一般的な中型船で、キャプテンが乗っている船だけやや大きいそうだ。――正面にいて進行方向を塞いでいるやつである。
こちらにやってきた十二人の賊は、それぞれの船から出てきたそうで……単純計算で、各船から四人ずつ来たのだろうか。
だとすれば、各船にはだいたい十人前後の賊が残っていることになる。
とまあ、今はこんなところだ。
アジトのことも軽く聞いたが、詳しくは後にしよう。
今は、大砲を撃ってくるかもしれない空賊船を、早くどうにかしなければ。
話を聞いて用済みとなったキャプテンは縛って転がしておき、私たちは次の手順に移る。
次は、三手に分かれて空賊戦に乗り込むのだ。
――だが、ここで問題が発生した。
賊どもが乗りつけてきたボロっちい単船に乗る弟子たちの前で、私は一人愕然としていた。
単船のハンドルに手が届かない。
フットペダルに足も届かない。
今ほど子供の身を悔やんだことはないかもしれない。
いかんせん肉体年齢は七歳だから、大人基準で造られた物には対応できない。言葉にすれば当たり前の話である。
だが、私は単独で正面の船に行き、船を制圧しなければならないのだ。弟子たちはそれぞれの船に行くよう割り振ったので、今回は同行できない。
「誰か前に乗って」
仕方ないので、その辺にいる乗組員たちに声を掛けるが、誰も名乗り出ない。というか皆嫌そうである。そりゃそうか。今から空賊船に乗り込むのだ、危険な真似はしたくはないだろう。
「私じゃダメかな?」
そんな中、意外なところから声が上がった。
振り向けばセドーニ商会のトルクがいた。
「これでもセドーニ商会の出張担当でね。飛行船に乗る仕事だからしっかり勉強もしているから詳しいよ。私なら船に何かあったら対応できるかもしれない」
「いいんですか? 危ないかもしれませんよ?」
「リリーちゃんが一緒にいるのに? 何か危険があるのかい?」
…………
見たか弟子ども。これが私の正当な評価だからな。私がいるだけで上級魔獣数十体が一度に現れても楽勝なんだからな。おまえらは何かと私を低く見すぎなんだぞ。わかってるのか? わかれよそろそろ。もうわかってもいい頃だろう。いいかげんにしろよ。
「――イケイケの子が勝ち誇ってこっち見てるけど、あの顔何?」
「――さあ? でも自慢げな子供って可愛いわね」
「――俺にはわかるぞ。勝つのは当たり前だけど気を付けて行け、の顔だ」
「――違う。絶対違う。きっと『またまたぁ』って言いたくなるような子供っぽい大げさなこと考えてる顔ね」
…………
アンゼルとリノキスは、あとで説教だな。
こちらの状況がわかっていない以上、向こうからむやみやたらの攻撃はないと言われた。
それこそ何かあったのなら、こちらはキャプテンと十二人の仲間を人質に取っていることになる。奴が部下に嫌われていなければ、すぐに見捨てるような選択はしないだろう。
というわけで、真正面から三方向に向かい、同時に空賊船に乗り込み――そのまま戦闘に入ることになる。
約十名を、迅速に片付ける必要がある。
――うん、楽しみである。こんな夏の思い出もいいものだ。