144.結婚式 開
大型魔晶板の衝撃は大きかった。
新郎新婦には事前に話したが、お偉い来賓方には不意打ちで食らわせた先制攻撃である。効果がないでは逆に困る。
まあ、この後は立食パーティーみたいなものになるので、進行には大した影響はないだろう。
時間で区切られた予定がないことも確認済みの所業である。
「――お疲れ様」
続々と料理が運ばれる庭の片隅。
ヒエロに集められたミルコを筆頭とした撮影班と、クリスト、クロウエン、そして私とリノキスは、局長代理に直々にお褒めの言葉を賜る。
一応監視役を続行しているガウィンとカカナも一緒にいるが、さすがに彼らは含まれない。……まあすでに仲間意識はなくもないが。
「今回の撮影はかなりの過密スケジュールだったが、ようやく落ち着けるところまで来た。あとは予定通り、催し物や余興を撮影するだけでいいだろう」
この辺まで来れば、もう撮影は終わったようなものである。
ここにいる来賓の面子が面子なだけに、映像として証拠を残すような真似はあまりしない方がいいだろうという判断の下、撮影は控えめになる予定だ。
……ようやく終わりが見えてきたな。
今回は疲れた。
リストン領の撮影からぶっ続けだったから、特にきつかった気がする。
「では、一時解散だ」
その言葉に、全員の張り詰めていた緊張がゆるんだ。
朝も夜もなく追われていた仕事から、一時的にではあるが、ようやく解放されたのだった。
……まあ、一部の人は除く、という感じでもあるが。
「これでいいのか?」
「ああ。使い方はわかるな? ――そう、そこを操作するんだ。結構重いだろう」
「だな。大変だな、カメラ職人」
撮影班たちは来賓ではないので、解散後はハスキタン家に用意してもらった部屋に引き上げていった。
荷物を置かせてもらったりしていた部屋である。今頃はそっちで、パーティー用の料理でもつまんでいたり、仮眠を取ったりしていることだろう。
そして、解散の声から漏れた「一部の人」は、まだ庭の片隅にいた。
ヒエロの声に従いカメラを担いでいるのは、クリストである。
非常に皇子らしくない姿ではあるが、しかし、この来賓の中で堂々とカメラを回せる立場の者と言われると限られる。
なので、当人の希望を聞く形で、クリストに撮影を経験させるという形ができた。
「何か困ったことがあれば、ミルコに聞くといい」
「わかった。頼むよ、ミルコ。――行くぞクロウ。ガキども撮りに行こうぜ」
「はしゃぎすぎて転ぶなよ」
カメラを担いだクリストが走り出すと、ミルコとクロウエン、そして監視であるガウィンとカカナも行ってしまった。
――魔法映像の衝撃は強かった。
特に子供は、強く影響を受けた。
大人のパーティーなんて退屈なものである。そこに来て格好の玩具があったという体である。
玄関ホールに用意した大型魔晶板は、すぐに片付けようとしたのだが、一部の大人や子供たちの強い要望もあり、そのまま残されることになった。今はヒエロが持ってきた広報用の映像が流れているはずだ。
そして今度は、「ヴァンドルージュ側の人が実際に撮る・撮られる」という段階、いわゆる試行活動に入った。
うまいこと好印象を持たせることができれば、売り込みとしての効果は高くなるはずだ――というか話術が得意なクリストのことだ、きっとうまくやってくれるだろう。
「ニア、今回は本当にありがとう」
それぞれが去っていき、残ったのはヒエロと私だけだ。
あと少しばかりやることがある私も、ある程度パーティーに参加することになっているので、部屋に帰れない「一部の人」である。
ちなみにリノキスも、撮影班と一緒に下がってもらった。彼女は正装ではなく侍女服なので、こちらの使用人と混ざって紛らわしいことになりかねない。
「仕事ですから」
それも二千万クラムの。
確かに大変だった。気を遣うことが多かったし、スケジュールの無茶もひどかった。
だが――金のことは別としても、必要な仕事だったと思っている。
「成功ですか?」
「間違いなく」
ヒエロは、立食パーティーで談笑している、来賓の老若男女を見る。
「彼らに直接魔法映像を観せることができた。その時点で成功さ」
ふむ、そういうものか。
……いや、そうだな。そうかもしれない。
最初は結婚式の撮影だったのだ。
その約束を取り付けるまでが大変で、数年かけてやっと許可が取れたと聞いている。
それを拡大解釈を踏まえて企画を広げ、魔法映像の撮影も映像も介入する結婚式に繋げることができた。
「ザックファード様とフィレディア様に感謝ですね」
私たちは彼らに結婚式に呼ばれ、また彼らが許可し、後押しした。彼らの協力がなければ実現できなかったことである。
「そうだな。望外の協力を無駄にしないためにも、ぜひ売り込みたいところだ」
うむ。
「うまくいくといいですね」
魔法映像を売り出す活動なら、私もしている。がんばってもがんばっても、どれだけがんばっても、ほんの少しずつしか進展しないのだ。それがもどかしい。
アルトワール国内でもそうなのだ。
それが他国へと言うなら、いったいどれだけ大変なのか。想像もつかない。
「そう願うよ。……まああれを観て何も思わない、欲しいとも思わないなら、私はもうこの国に売り込むのは諦めるがね」
それも一つの選択だろうか。
「――失礼、アルトワール王国のヒエロ王子ですかな?」
庭の隅でこそこそ話をしていると、立派な白い髭をたくわえた老紳士が声を掛けてきた。
「――はい。ヒエロ・アルトワールと申します」
これまた立派な王子様感あふれた営業スマイルで、ヒエロは対応する。
「――ザック君より、例の、あの動く絵のことを聞きましてな。ぜひ詳しくお教え願いたいのですが」
「――ええ、何でもお聞きください」
どうやら観せた効果が早速現れたようだ。
「では私はこれで」
「おっ、と。歓談中にすまなかったね、お嬢さん」
「いいえ。大人のお話の邪魔はできませんから」
老紳士に断りを入れ、私はその場を離れた。
――売り込み、うまくいくといいな。
何か食べようかと料理を物色していると――来た。予想通りに来た。
「ほんとだ! ニア・リストンだ!」
「だろ!? やっぱりだろ!? やっぱりそうだろ!?」
「本物! 本物!」
「えー? 本物ぉー? なんか映像の方が可愛いかったよぉー」
玄関ホールで流れている広報用の番組を観たのであろう子供たちが、わーっとやってきて私を囲んだ。
年齢層は、同年代から少し上までか。六人ほどいて、全員小学部って感じだ。
「――おいおい待て待て。まずちゃんと挨拶をしないか」
わーっと来た子供たちのすぐ後から、カメラを構えたクリストたちが追い駆けてくる。
「初対面の時、クリスト様も似たような反応でしたよ?」
「しーっ! それは言わない約束だろ」
した覚えはないが。
羨望、好奇心、好機、あるいは少しの嫉妬もあるか。
子供たちの輝く視線を一身に受け、私は一礼した。
「――初めまして、紳士淑女の皆さん。ニア・リストンです」
ヒエロが魔法映像についていろんな人に質問されるのは、想定されたことである。
来賓は、ほとんど力のある者たちばかりである。そんな人たちに直接魔法映像を語ることができる……そんなチャンスが今まさに巡ってきているのだ。
しかし、ここで問題となるのが、大人の都合で式に参加されられている子供たちである。
興味を持てば表向きは遠慮がなくなるのは、大人より子供の方である。
そして子供が接触すると大人同士の話し合いの邪魔になってしまう。
――そこで、私の出番だ。
私の役割は、子供に対応すること。
魔法映像で観たことを実践してもいいし、魔法映像の撮影のこぼれ話だってある。もちろんそのものの説明だってできる。いざとなれば寝かしつけるのも得意だ。
そして、私や子供たちは、撮影されてもいいのだ。
クリストが今撮っているであろうこの光景も、ヴァンドルージュではきっと広報の役に立つはずだ。
こういう風に撮ってますよ、そして撮れますよ、と。
撮影の現場を、今目の前で披露しているようなものである。これを見ている来賓たちに効果がないはずがない。
ヒエロはヒエロのできることをやる。
私は私ができることをやる。
売り込むために、最大の努力をするのだ。
最後まで気が抜けないヴァンドルージュの結婚式でも、皆それぞれができることをこなした。
そんなこんなで陽が暮れ、大きな問題もなく、ついにお開きとなるのだった。