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140.ようやく終わりの時を迎える





「別人に見える」


 ああ、うん。


「意外とそういう人、多いんですよ」


  ――結婚おめでとう。機会があったので祝辞を述べさせていただく――


 魔晶板に映る自分自身を、微妙な顔で観るカカナ。


 鏡で見る自分の姿と、魔法映像(マジックビジョン)の魔晶板で観る自分の姿。

 その姿は、まるで別人のように見えてしまう、という者は意外と多いのだ。


 もっと言うと、声さえ自分のものではないかのように聞こえるそうだ。

 変な感じがするし、ちょっと気恥ずかしいものもあるとかないとか。


 私の場合は、事情が事情なので、特にそういうのはなかったが。

 なにせ本当に別人(・・・・・)だから。


 魔法映像(マジックビジョン)でニア・リストンの姿を見る前から、ニア・リストンに見慣れていなかったおかげで、特に抵抗はなかった。


 だが、普通はこういう反応をする人も多いのだ。





 現物という見本を示したことで、カカナの理解が一瞬で追いついた。


「――これは使えるんじゃないか?」


 そんな現場監督の意見は、即座に採用となった。


 現地に行き、撮影する相手に説明して、それから撮影に入る。

 その「説明する時間」を短縮するために、魔法映像(マジックビジョン)で実際にどういうものかを観せれば早いんじゃないか、というものだ。


「――じゃあせっかくだから、カカナ様に頼みましょう」


 いるじゃないか。見本に最適な人が。ここに。


 ここまでに撮った人の分は、見本には適さない。

 あくまでもザックファードとフィレディアの結婚式用に撮影したものだから。

 今回はあまりに余裕がないので、監視員のみに観せた形である。だが、あまり大っぴらにしていいものではないと思う。


 だから、見本が必要というなら、新しく撮るしかない。 


 そこでカカナ・レシージンだ。

 やっていることを理解してくれた上に、空軍総大将という肩書もある、ヴァンドルージュの民なら信じるに値する人間だと判断するだろう。

 一応ヴァンドルージュの皇子も同行しているが、彼は切り札だ。いざという時に名乗るだけで、基本お忍びである。


「――ん? ……いや無理だぞ? 私は……無理だ。無理だって。無理……おい、来るな。迫るな。……ちょ、おい! それはなんだ!? 口紅っぽいそれはなんだ!?」


 正真正銘、口紅である。


 この手のことは、やはりプロである。

 スタッフたちは「面白そう」と判断したようで、一瞬でカカナを取り囲むと、あっという間に撮影の準備を終えてしまった。


 化粧気の薄い顔を少しだけ明るく見えるようにメイクし、自然色のリップも健康的かつ自然に見えるピンクに塗り直す。


 そして、カカナを「時間がない」「余裕もない」「ぐずぐずしない」等々と急かすように説得し、見本用の「祝いの言葉映像」ができあがったのだった。


「さすがは軍人ですね。背筋も伸びて佇まいが美しい。瞳の力も違う。それに発声が綺麗です」


「うん、映像映えする人だな。この人が酒とか飲んだらバカ売れしそうだ」


「そうっすね。違いがわかる女感がバリバリに出てますもんね」


「こういうきちっとした完璧女子が、ふと見せるちょっと完璧が崩れた瞬間とかたまらないんだよなぁ」


「「わかるー」」


 この手のことは、やはりプロである。

 映像の観方が作り手側だ。もっとカカナを美しく、そして有効に映えるシチュエーションや企画がいくつも頭に浮かんでいるに違いない。私もちょっと浮かぶから。ベンデリオの代わりにリストン領遊歩譚やったら受けそうだな、とか。


 スタッフとクリストが盛り上がっている横で、すごく恥ずかしそうなカカナが「……そういうのは、やめてくれないかね」と呟いていた。





 カカナの部下の先行と、見本の映像。

 この二つが誕生したことで、撮影はかなり順調に進んだ。


「長丁場には、ちょっとした楽しみがあるとかなり違いますよ。というわけで買ってきました」


 リノキスが、撮影中に近場の露店で菓子を調達してきた。


 固く薄いサクサクしたパンに、季節のジャムとクリームを挟んだ手軽なものである。サイズも小さく、大きな男なら一口だろう。

 ヴァンドルージュでは「ヒノクサンド」と呼ばれる有名なお菓子なんだとか。


 私の付き添いで必ず同行してくるので面識はあるが、普段の撮影ではまったく前に出ないし発言もしない。

 そんなリノキスの突然の行動に皆驚いたが、差し入れはありがたく腹に納めることになった。


「クリスト様、私が毒見をしますので」


「お、半分こするかい? カカナ殿」


「……言い方が引っかかりますが、そうしましょう」


 皇子だけに、さすがに飲食には気を遣うようだ。まあ完全に露店売りの食べ物なので、カカナの警戒心も低いようだが。


「お嬢様、半分こしましょう?」


 まあそれはそれとして、軟派な皇子の発した「半分こ」というフレーズが、うちの侍女の心に響いてしまったようだ。


「今まで毒見なんてしてこなかったでしょ」


「大事なことだと思い直したのです。さあ半分こしましょう。半分ずつ食べましょう。仲良く半分ずつがいいです」


 仲良くとか言われると、毒見という主旨とは事情が変わってくる気がするのだが……仕方ないな。





 半分こに味を占めたリノキスが、浮島を移動するごとに、小さな何かを買うようになった。


 ヒノクサンドが多いが、それでも島ごとに独自の名産や味付けがあるらしく、当初の「長丁場のちょっとした楽しみ」という目的は達成できた。


 次の島のお菓子はなんだろう――そんな小さな楽しみは、心の余裕がない現状には、救いだとさえ思えるほど心を潤してくれたのだ。

 ちなみに私のお気に入りは、紅茶の葉が入ったクリームを挟んだヒノクサンドだ。香りがよかった。


 思わぬ協力や、ちょっとした発想で、無理が過ぎる過密スケジュールは大きな問題もなく順調にこなされていった。





 そして――深夜にまで及んだ撮影は、ついに終わりを迎えたのだった。





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― 新着の感想 ―
まーカカナ様は仕事として 怪しい事がないように調べろって、数十人が動く現場の管理を突然投げられたわけだ それも相手がなにやってるのかろくな説明もないままに そらまぁ...なぜなぜ聞くしかなくなる 根…
[良い点] あるものは全て使ってしまえ。 その心意気や良し
[一言]  結局、軍の協力もあって、深夜までかかったのか……。カカナを協力者に出来なかったら、手が出てたね。  そして、ニアは休めるけど、編集できるスタッフは編集作業……。
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