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109.ニールの策謀、ヒルデトーラのほのかな悪意





「ヒルデトーラ様の場合は、まずクリアしないといけないことが二つあります。


 一つは企画の許可を得ること。

 もう一つは、その企画内容に関して。


 今やヒルデトーラ様は、誰もが知るほど表に出る王族だけに、政治的判断が絡むのは仕方ないです。

 それに、あまり俗っぽいことをされると、王族のみならず貴人諸兄方にも影響が及ぶでしょう。王族や貴人なんてあの程度、みたいに軽んじられる原因にもなりかねません。……そんなことにこだわる時代ではないかもしれませんが。


 だからこそ、逆に考えてみました。


 どうすれば企画の許可を得られて、自分がやるべきとばかりに企画内容を推すことができるのか」


「――どうすればいいのです?」


 兄の語る閃きに、ヒルデトーラはすでにグイグイに食いついている。


 真剣な目が怖いほどである。

 子供とは言えさすが王族、眼光が為政者の圧を放っている。





 ヒルデトーラと兄ニール、そして私で出掛けた翌日のこと。

 今回はこちらがヒルデトーラを呼び出し、私の部屋に集まって、兄が閃いた企画の話をする運びとなった。


 ――なお、昨日のお出掛けの件を話したら、レリアレッドが泣くほど悔しがって今日は同席している。わかりやすい子である。


 兄の考えは一足先に聞かせてもらったが……なかなか大胆な企画だった。

 兄は可愛い見た目に反して、意外と策略家なのかもしれない。


 いつまでも可愛いままでいてほしいとも思うが、まあ、子供はいつまでも子供ではいられないということか。


「お話を聞く限りでは、ヒルデトーラ様はよほどのことがないと新企画には踏み込めません。

 正攻法ではまず許可が下りない……それこそ政治的な要因が絡まないと、認められないと思います。


 ではどうするのか?


 ――もう許可なく撮影してしまいましょう」


「え、許可なくですか? しかしそれでは……」


「はい。映像は使われることなくしまい込まれる、あるいは破棄されるかもしれません。

 でもそれは、企画の話を出す段階でも一緒でしょう?


 企画が通らないから撮影できないのではなく、撮影してからどんなものかを披露しつつ企画を提出する、という作戦です。

 できあがった企画と映像に、彼らが政治的な利点や利益を勝手に見出すようなら、企画は通るでしょう。少なくとも撮影した分だけは放送されそうです」


 ――撮影には機材も人材も場所も、ひいては資金が必要である。ただではない。


 撮影した映像をそのまま企画書として提出するというのは、撮影に費やしたすべてをドブに捨てる可能性があるということだ。

 しかも企画を通すことの利を、相手に判断を委ねるという他力本願な面もある。


 だが、ヒルデトーラの場合は、立場上正攻法ではまず企画が通らない。私なら職業訪問で全部消化できそうなものが、彼女には全却下という有様だ。


 前はそれでもよかったのだろう。

 対抗馬が少なかったから。


 しかし、現在は私とレリアレッドの台頭で、各領のチャンネルの競争体制もできあがってきつつある。


 そして、そこに誕生した私の犬企画と、シルヴァー領の紙芝居という当たり企画。


 このままでは遅れる、置いて行かれる。

 ヒルデトーラの危機感は、私たちに相談しに来た辺りから、ひしひしと感じられた。


「事後報告というのは私もあまり好きではないですが、ヒルデトーラ様の場合はこれくらい変則的にやらないと、事が進まないかと思います」


「……そうですね。それに関しては考えてみましょう」





 さて、次の問題だ。


「それで、企画の内容に関する案はないのですか?」


 先の話は、「企画の通し方」である。

 兄が言ったように、一言でまとめるなら事後報告という形である。


「もちろんあります。ただ、ヒルデトーラ様が気に入るかどうかは――」


「構いません。言ってください」


 次は、企画内容についてだ。

 比較的簡単に企画が通るリストン領やシルヴァー領には、こちらが一番大事なポイントである。


「ヒルデトーラ様が出ている番組の傾向は、庶民に接する、庶民に貢献するという、王族のイメージアップに拘わるものが多いです。

 だからこそ、あまり低俗なことはしない方がいいでしょう。それこそ企画が通らない一番の要因になります」


 うん。

 私は彼女が出ている番組はあまり観られないが、話を聞くにそういう感じのようだ。


 撮影時、私やレリアレッドが一緒の時は、私たちにヒルデトーラが付き合っている体でいろんな企画をするのだ。

 実際は向こうの要望であることも多いのだが。


「その上で考えると、料理なんてどうでしょう?」


「料理……ですか?」


「ええ。昨日ドーナツを食べに行きましたよね?」


 黙って兄の話を聞き、黙って兄に見惚れているレリアレッドが、苦々しい顔をする。そうだ、企画会議に欠席したから逃したんだぞ。まあシルヴァー領は今売れっ子だから仕方ないけどな!


「作っているところを興味津々で見ていたので、興味がおありになるのかと」


「興味があるというか、なんというか……」


 興味ではなく、ただ物珍しくキャッキャ言いながら見ていただけだったのだろう。


「そうですか。でも悪くないと思いますよ、料理。

 まず撮影場所は基本台所ですから、この王都にたくさんあります。毎回目新しい料理を作れば飽きられることもないでしょう。


 発想を変えれば、料理をするだけでなく、料理を振る舞う相手を番組に呼ぶこともできる。かなり応用が利くと思いますよ。


 それこそ、王族や貴人をヒルデトーラ様の料理でもてなすような企画は、王族のイメージアップに繋がりそうですし」


 ヒルデトーラがはっと息を飲んだ。


「た、確かに……料理を作る、作った料理を振る舞うゲストを呼んだり、呼んだゲストと一緒に料理するのも悪くない……」


 ああ、私もやったな。

 王都の高級レストラン「黒百合の香り」で。


 劇団氷結薔薇(アイスローズ)の看板女優になる前のシャロ・ホワイトと一緒に。やたら恋人を欲しがってるシェフと一緒にパスタを作ったのだ。

 あれ以来、職業訪問でもたまにゲストを呼ぶようになったんだよな。


「……庶民の生活向上……店の宣伝……あらゆるゲストを呼べる企画……それこそ外交への応用も……政治的なイメージアップも……やり方次第であの憎きジョレスの弱みを握ることも……」


 ヒルデトーラが思考に没頭し始める。

 どうやら彼女の中で、これしかないというレベルでしっかりハマッたようだ。……ちょっと料理とは無縁そうな不穏な言葉もちらほら聞こえたが、聞こえていないことにしておく。


「――ニール・リストン!」


 しばし見守っていると、彼女はバンとテーブルを叩いて立ち上がった。


「感謝します! 成功の暁には褒美を取らせましょう!」


「あ、はい、がんばって……ください……」


 兄が答えている間に、ヒルデトーラはバーンとドアを開け放って部屋を飛び出していった。前に見たな、この光景。


 私が後ろに控えるリノキスに目配せすると、言葉がなくても伝わったようで、素早く部屋を出て見送りに行った。これも前に見た通りだ。





「……まあ、気に入ってもらえてよかったよ」


 突然の脱出に唖然としていた兄が、我に返って紅茶のカップに手を伸ばす。


「お疲れ様」


 昨日私が聞いた段階では、もう少し漠然としていたのだが。

 兄はあれから自分なりに考えを整理したようだ。


「疲れているのはニアだろう。いつもこんな感じで頭も体も使っているんだろう? 仕事を押し付けてしまっているようで申し訳ない」


 いや気は遣っても頭はあまり使ってないんだが。考えるのは放送局の人たちだから。


「気にしないで。リストン家次期当主がやることではなさそうだし」


 ヒルデトーラが政治関係で動けないと言われれば、次期当主たる兄だって、おいそれと動けない時も多いはずだ。

 それこそ、跡取りになれない妹の方が、動きやすいというものだ。


「でもたまには番組に出てもいいと思うわよ?」


「……考えておこう」





 こうして、ヒルデトーラ主演の新番組「料理のお姫様」が動き出したのだった。


 企画として立ち上がるまでに、裏でいろんなことがあったとかなかったとか。

 第一回放送にしては、彼女の料理の腕がやけに手慣れていたのも、その辺が関係しているとかしていないとか。


 そんな噂もあったが、ヒルデトーラは詳しく教えてくれなかった。


 とにかく、滑り出しは上々で、回を重ねるごとに順調に人気を上げていくのだった。





「ね、ねえニール様! 今日もお出掛けしましょうよ!」


「ああ、すまない。昨日休んでしまったから、今日は道場へ行きたいのだ。また誘ってほしい」


「…………は、はい」


 さて。

 レリアレッドもフラれたし、私も絶対やりたくない宿題でもやっておこうかな。





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― 新着の感想 ―
[一言] そう言えば、ヒルデトーラはお付きのメイドとか護衛を連れてないね。 身分的には一番低いレリアレッドにも側仕えが常に控えているのに。
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