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106.王都の名企画を本気で考えてみた 前編 





「ニア。わかっていますね?」


 放課後、今日も使いすぎて疲れた頭を首に乗せて女子寮に帰ると、すでにヒルデトーラが部屋にいた。紅茶を飲んでいた。……この香りは私も滅多に飲めない高い茶葉だな。お客さんだから仕方ないか。


 彼女は一階ロビーで待っているつもりだったらしいが、ちょうど洗濯物関連で通りかかったリノキスと遭遇し、そのまま部屋まで通されたそうだ。


 まあ、ヒルデトーラは腐っても王族なので、リノキスのこの対応は間違っていないと思う。私が滅多に飲めない茶葉を出したのも含めて。

 約束はしていないにしろ、あまり待たせるわけにはいかない。


「いきなり『わかっていますね』と言われても、なんのことやら」


「企画の話です。もちろん。忘れていませんよね?」


 まあ、さすがに数日前のことなので忘れてはいないが。


「――お嬢様。ヒルデトーラ様と何かあったのですか?」


 鞄を受け取るために寄ってきたリノキスが、小声で訊いてくる。そういえばあの時リノキスは初めての出稼ぎに行っていたんだったな。


「――数日前、ヒルデと企画の話をしたのよ。ほら、例のシルヴァー領の紙芝居があったから。あなたももう噂くらいは聞いているでしょ?」


「――ああ……」


 リノキスはちょうど不在だったが、それだけに使用人ネットワークから噂は聞いているだろう。

 今は多くの者が話したいだろうから。流行の話題だから。


「――なんかすごい当たり企画だったみたいですね」


 当たり企画。

 そう、その表現が一番わかりやすいだろう。


 数日前、当たり企画を引いたシルヴァー領、ひいてはレリアレッドに触発されたヒルデトーラと、城下町に繰り出し企画のネタを探したのだ。


 その日はまったく何も見つからず、結局雑貨を見て服を見て屋台を冷かして、ちょっと甘い物を買い食いして別れたのだが。


 正直、一緒に出掛けてちょっと楽しかった、というだけで終わった感がある。私も孫を見守る老人の気持ちでキャッキャしてるヒルデトーラを見守っていたっけ。


「また出かけるの?」


 出掛けるならすぐに立つことになるが、とりあえず彼女の向かいに座ってみた。


「二人で行くのはやめましょう。この前は普通に遊んだだけみたいな感じだったじゃないですか。(いえ)に帰って冷静に振り返って、何一つ得たものがなくて愕然としましたよ」


 まあ、そうだろうな。私も同感だ。


「でも企画を考えるのではなく、企画を探すという考え方は悪くないと思っています。考えるのは放送局の方々が常にやっていますし」


 うむ。視点を変えてみるのは大事なことだ。


「長い目で見た方がいいわ。焦ってもろくなことにはならないでしょ」


「焦りますよ……王都放送局だけですよ、代名詞のような名企画がないのは」


 そんなことはないだろ……ん?


「リストン領の名企画ってどれのこと?」


 ベンデリオが出ている「リストン領遊歩譚」だろうか。

 あれは何気に、リストン領の放送局ができてから一番息が長い番組である。やや対象年齢が高めだが名企画と言える……のか?


「犬でしょう!」


「えっ」


 急に大声を出されたことにも驚いたが、大声の内容にも驚いた。


「あの犬の企画は間違いなく当たりです! きっと夏休みの間にリストン領でもシルヴァー領でも何本も撮ったでしょう!? 王都でも撮ったじゃないですか! 反響が多いからですよ!」


 ……そうなのか。全然自覚がなかったんだが。この企画だけやたら撮るな、こんなに撮って大丈夫か、としか思ってなかったんだが。


「――犬は当たりだと思う?」


 一意見として、語らない三人目に聞いてみると。


「――当たりでしょう。どこにでもいるような身近な生き物が主役で、誰が見ても内容がわかりやすい分だけ視聴者層も広いです。犬好きな人は多いですから。まあ犬なんてどうでもいいけどお嬢様かわいい。当たらない理由がないですね」


 とのことだ。

 リノキスの意見が当たっているなら、そういうことらしい。


「シルヴァー領は、きっとこれから古典文学やおとぎ話といったを紙芝居に起こして放送していくでしょう。

 いや、それらに留まる理由もない。

 あらゆる方面に、映像ではなく絵でカバーしていくでしょう」


 紙芝居の可能性は広いというのは、私も同感だ。


 特に舌を巻いたのは、やはり初手だ。

 ヴィクソン・シルヴァーが初手をしくじっていれば、世間が紙芝居を受け入れるのに多少の時間が必要だったはず。


 建国記だもんな……少しでもこの国に好感や、この国の住人であることに誇りを持っているなら、まず受け入れられる題材である。

 本当にいいところを狙ったものだ。もはや流行になりつつある。


「リストン領は犬があります。あれこそ紙芝居より後追いが難しい、ニアの足の速さがあるからこそ活きる企画です。

 恐ろしいポイントとして、これも犬に限らず、ありとあらゆる競争相手が存在しますからね。人同士の対戦でも盛り上がるのではないでしょうか。


 ――おまけにニアが勝ち続けていることで、無敗記録の行方でも興味を引いているようです。

 一部の犬愛好家の間では対ニア戦を想定して、愛犬の足の速さを磨いているとか」


 はあ……そういえば確かに、たまに犬の飼い主に煽られるな。

 とある貴人の愛犬と走った時は「うちのワンちゃんに勝てるつもりなの?」みたいなことも言われたことがあるし。


 思ったより評価が高いんだな、犬。

 そういうつもりでやってなかったんだが。


 元々は牧場に行ったついでで、遊びのような思い付きでやったことなのに。投げたボールを追う犬を、私が追い越して先に拾っただけの話だったのに。


「夏休み、一緒に走ったでしょう?」


「ええ、走ったわね」


 挑んでくるだけあって、ヒルデトーラは速かった。八歳児にしては。


「あそこでわたくしが勝つことで、もしかしたら犬企画を横取りできるかもしれないと考えていたりもしたのです」


 ああそう。


「別に好きにすればいいじゃない。真似してやってみれば?」


 私は正々堂々とした野心や下克上は認めるタイプである。策ではなく実力でもぎ取るならなおのことだ。


「……ニアに負けるのはまだいいですが、犬に負けていては話にならないでしょう。あれは犬への勝率が高いことで成り立つ企画です」


 なるほど、実力で無理だと判断したと。


 …………うーん。


「こうして考えると、本当に出ないものね」


 ヒルデトーラが思い悩むのもわかる気がする。

 彼女の場合、王族ゆえの格や品も求められるせいで企画の通らなさもあるそうだから、色々試すってわけにもいかないようだしな。


 今の私は十億クラムのことで忙しいが、魔法映像(マジックビジョン)普及活動を疎かにすることはできない。

 十億のことだって、結局は普及活動のためのものだ。ここでヒルデトーラを見捨てるのは、却って目的に反する行為だろう。


 王都放送局による名企画、か。

 さて、どうしたものやら。


 ……うん、とりあえずだ。


「まず頭を増やしましょう」


「頭?」


 そう、頭だ。

 新しい頭を増やして、新しい発想を出してもらおう。


 それも、多少魔法映像(マジックビジョン)に拘わっていて、でも情報漏洩の心配がなく、これまであまり企画発案に携わっていないだけに逆に自由な発想を考えてくれそうな人物。


 兄だ。

 困った時に意外と頼りになる兄ニールだ。


「リノキス、男子寮に行って兄を確保。リネットも連れてきて」


「はい、お任せください」


 兄は毎日剣術訓練に忙しいようだが、一度寮に帰って訓練着を取りに来る。今なら急げば捕まえられそうだ。





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― 新着の感想 ―
シルヴァー領昔話、爆誕?
[気になる点] きっとこれから古典文学やおとぎ話といった「_」を紙芝居に起こして放送していくでしょう。 ここなにか抜けてる。  
[一言] 犬がイケるなら猫を起用すれば視聴率は倍ですよ? ……まあ、いい絵を撮るのに犬の五倍は苦労するだろうけど
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