103.私にしかできない方法で手勢を増やす
だいたいの予想や予測は立てたつもりだったが、それらに反して、リノキスが不在となることで動き出す者が現れた。
はっきり言って誤算である。
「ニアお嬢様。私にも稽古を付けていただけませんか?」
授業が終わり寮に戻ると、彼女はまだそこにいて、私の帰りを待っていた。
そして、リノキス不在の間、私の部屋の掃除や身の回りの世話をするよう頼んでいた彼女に、そんなことを言われた。
兄専属侍女リネットだ。
確かリノキスと同級生で、彼女とは冒険科でパーティーを組むこともあったらしい。
今は同じ雇い主に雇われている侍女だが、職務形態からして、私と兄が接する機会がないと会えない二人は、ほとんど話もしていなかったそうだが。
私の学院での生活が始まると、私や兄がいない時に会って、よく話をしているとか。きっとお茶しているのだろう。
ちなみにリノキスとリネットは、レリアレッドの侍女エスエラとも会っていて、意外と仲が良いらしい。
私が知らない間に、付き人同士で情報を交換するコミュニティが出来上がっていたわけである。
「稽古? なんの?」
「――二年前からお嬢様には注目しております。木剣で木剣を斬ろうとした、あの時から」
木剣で木剣を……?
ああ、あれか。
まだ病気で不自由していた時に、兄の剣術訓練に割り込んで見せたあれか。そういえばリノキスもあれが好きだったな。
「随分と古い話を持ち出して来たわね」
あの頃は弱り切っていたこの身体のことに意識を向けていたので、いまいち他所事の印象が薄い。毎日が精一杯だったから。
今ではこんなに元気だが。
「私は構わないけれど、あなたの時間がないんじゃない?」
リノキスは私付きだったから、まだ時間の捻出が簡単だった。なんなら私が彼女に合わせれば済むところもあった。
しかし、リネットはそもそも付いている相手が違うのだ。
「ニール様は毎日遅く帰りますし、かなり早めにおやすみになります。それ以降なら、少し時間が取れますので」
少し、か。
「それに、私もリノキスに頼まれていますので、その方が都合がいいのです」
「リノキスに?」
「はい。お嬢様が宿題をするのをちゃんと見届けろ、と」
…………
「それと、お嬢様が魔法映像で有害映像を観ないように見張れ、とも言われています。あと夜間は私が魔晶板を預かり、持っていきますので」
…………
「お嬢様が宿題をしている間、私は稽古をする。どうでしょうか?」
…………
リノキスめ!
私が密かに楽しみにしていたすべてを台無しにしてくれたな!
……いや、まあいい。仕方ない。
師の命令で弟子ががんばっているのに、私ががんばらないわけにもいかない。約束事や規則くらいは私も守ろうじゃないか。
学院から出ない、ちゃんと宿題はする、予習復習も忘れない、毎日風呂に入る、夜更かししない、魔法映像で禁止されている番組は観ない、毎朝髪を梳くのが面倒ならせめて結ぶ。
それに、いざという時はレリアレッドの侍女に話を通してあるから、彼女を頼れ、と。
リネットは兄と一緒に貴人用の男子寮住まいなので、距離もあるし、夜間などは呼べない時もあるからと。
思い返すと、結構約束しているものである。はいはいと流したら何度も念押ししてきていたから、なんとなく憶えてしまった。
――わかった。私は全部守るぞ、リノキス。
「じゃあそれでいいわ。どうせ私の監視も兼ねているんでしょう? 可能な限り傍にいなさい」
私には「脱走して闇闘技場へ」という前科があるので、リノキスの心配と警戒が尽きることはないだろう。
まあ兄の生活に障らない程度に、好きなだけ見張っていればいい。
――それに、ちょっと思いついたことがある。
「リネットはアレよね? 兄の侍女で、つまりリストン家の味方ということでいいのよね?」
「もちろんです」
「もし仮に、仮によ? 兄に十億クラム貢いでくれって言われたらどうする?」
「可能か不可能かは別として、可能な限り貢ぎます」
――合格。
躊躇なく答える辺り、リネットからもリノキス張りの不信感を感じる。
その上疑問も質問も口にしない辺りと、視線が動かず表情も変わらず感情さえ揺れない微塵の動揺も見えない態度に、兄に対する言い知れない狂気さえ感じる。
ならば、彼女は大丈夫だろう。
この先の諸々で、私が英霊であることがバレるかもしれないが、彼女は大丈夫だ。
もうこの際、私に拘わる者は皆、私に十億クラム貢がせる者として鍛えようではないか。手伝いは何人いてもいいし、拒む理由もない。
そうと決まれば、真っ先に目を付けて然るべきガンドルフも巻き込んでしまおう。
そうだ、この部屋ではちょっと狭いので、修行場所として天破流のあの道場も貸してもらうとするか。
「――もちろんですとも! 隅から隅まで師がご自由に使っていただきたい!」
次の日の放課後。
リネット同伴で天破流道場を訪ね、ガンドルフに「修行するからここを貸してくれ」と場所の提供を求めると、二つ返事どころか自ら差し出すような勢いで承諾した。
いや、ほかの門下生もいるんだし、夜間だけでいいから。今道場にいる子を追い出そうとしない。いいから。その子たちの面倒は見なさい。
「そのついでで、本当についででいいので、なんとなく気が向いたら俺の修行も……どうか……!」
「いいとも。実際の実戦を交えて必ず強くなれる実戦形式で手取り足取り実に簡単に強くなれる方法で教えようではないか」
「おお、おお……師よ……!」
――この身体だ、ガンドルフは荷物持ちにちょうどいい。浮島に魔獣狩りに行った際は、彼には仕留めた魔獣を運んでもらおう。
荷物持ちを主体に、ついでに強くなってくれれば、強くなった分だけ丸儲けである。もちろん彼にとっても悪い話じゃないだろう。荷物持ちの報酬で強くなれると思えば。
……実際、下地はしっかりできているんだよな。
「あの、何か……?」
うーん……この腕の太さ、太腿のガチガチさ……一切たるみのない筋肉の塊だ。速度はまったく出そうにないが、これはこれで悪くないな。
リノキスのような速度重視のタイプには弱いだろうが、それも鍛え方次第で……うむ、ガンドルフは化けそうだ。
来る二年後の大会に向けて、強い者はいくらいたっていいのだ。むしろいた方が盛り上がる。
リノキスに勝ってほしいと思うのは変わらないが、対抗馬がいないのは見る方もつまらないし、リノキスも鍛える張り合いがないだろう。
「鍛え甲斐がありそうだなと思って」
「は、はい! どんな苦行も荒行も耐え抜く所存です!」
うん、がんばってほしい。
こうして兄の侍女リネットと、本当に天破流を捨て去りそうなガンドルフという頼もしい人材を得た。
シルヴァー家三女リリミと、二学期になってから相変わらず立ち合い稽古を求めてくる中学部のサノウィル・バドル辺りも、こっちに引き込めそうな感じであるが、ひとまず様子見だ。
稼ぎ頭が増えれば、十億クラムもきっと夢ではないはず。
リノキスは今、リノキスにしかできないことをしている。
だから私も、私にしかできないことをしようと思う。
――そう、リノキスに続く強者を、この手で育てるのだ。
――私の代わりに稼がせるために。