海中散歩
深海の中は音が聞こえないんだって。
そう、誰かが言ったのをいつだったか聞いたことがある。たぶんガセだと思うけど、それが本当だったのならば少し羨ましいなと思った。
私にとっての音はただの気分を妨げるものでしかなく、雑音でしかなく、心に傷を負わせるものでしかない。
私は歌が嫌いだ。私が音痴だから。
私はおしゃべりが嫌いだ。私が話すのが苦手だから。
私は声が嫌いだ。声は誰かを傷つけるためにあるものだから。
みんなみんな大嫌い。だから私は海の中に行きたい。1人で。誰もいない場所に。誰も誰も生きていけない場所にーー。
そう思ってたら、そうなった。
テレビから聞こえる誰かの声。
その中には誰かの絶叫や、誰かの慟哭、誰かの誰かに向けての祈り、悲鳴、悲嘆、咆哮。とにかくいろんな声が聞こえてきた。私のいる壁の向こう側からも何やら叫んでいるような声がする。
いろんな私の嫌いな声が飛び交いながら全部全部ゆっくりと透明な綺麗な液体に飲まれていく。
テレビから誰かに向けて今起こっていることを言及するコメントが流れていた。
地球が全て水に飲まれる。
簡単にまとめるとそんな内容だった。
外を見るとそこにはゆっくりと近づいてくる綺麗な水が見えた。
私は頬を緩めたまま、静かにテレビの電源を切る。
さあ、海中散歩を始めよう。