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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

雪女のこだわり 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 ちょっと~こーちゃんさあ。もう少しものを消費しなさいよ。

 特に食料。いくら緊急用といっても、期限が迫っているものを眠らせておくっていうのは、ちょっと違うんじゃないの?

 仮に大災害が来て、インフラが全てぶっ飛んだとしよう。何日、生き延びる必要が出てくると思っている? 数日? 数週間? 数ヶ月?

 そんな時に「消費期限が切れそうです」ってもんをいくつも抱えてどうするの? お腹壊したりしたら、めちゃんこ厳しいよ。

 ――それらの方から、勝手になくなってくれればいいのに?

 もう、不精の極みというか……気持ちは分からなくもないけど、選ぶのを人任せにしていると、えらいことが起こるかもしれないよ。

 ちょっと新品を巡るお話をしようか。

 

 僕の知り合いのお兄さんから聞いたことになる。

 お兄さんが小さい頃、家からちょっと遠いところに「よろず屋さん」。いわゆる何でも屋さんがあったらしい。駄菓子を中心に、日用雑貨も売っているコンビニに近いもの。

 経営しているのは妙齢のお姉さん。抱きしめたら折れちゃうんじゃないか、と思うくらいスレンダーな体つき。髪型は古典的な黒髪ロングで、顔のパーツがぱっちりしているから、とてもよく似合っていた。

 ただ、それ以上に印象的な特徴がある。それは肌がものすごく冷たいこと。

 お店で買ったものを受け取る時に、まれに手と手が重なることがあったのだけど、反射的に引っ込めてしまうくらいに冷えている。お兄さんたちは、秘かにお姉さんのことを「雪女」と呼んでいたみたい。

 

 夏休みがやってくると、いつもにも増して、お兄さんたちは近くの公園を遊び場に選ぶようになった。家から近くて集まりやすいのも確かなんだけど、理由は別にある。

 チリンチリン、という自転車の音。「来た来た」と、お兄さんたちはボール遊びを中断。ポケットの中に突っ込んでいた財布から、100円玉を取り出しながら、じっと待ち受けた。

 やがて公園の中に、一台の自転車が入ってくる。運転手は「雪女」のお姉さんで、麦わら帽子に白いワンピースという、これまた夏の風物詩ともいえる涼しげな格好。その肌は少しも日焼けしておらず、雪のように真っ白だ。伝説のように、身体が溶けたりはしていなかったけど。


 お姉さんは公園中央の大きな木の陰で自転車を止めると、後ろの荷台にくくりつけていた箱のふたをあける。中には白に、ピンクに、黄緑に……色とりどりのアイスキャンデーが入っていたんだ。

 一日おきに行っている、よろず屋のアイスキャンデー出張販売。ちょっと遠めのよろず屋まで足を運ばなくても、家の近くで遊びながらアイスが買えるから、お兄さんたちは重宝していたらしい。

 

 けれども、悲劇は起こる。垂れ落ちるアイスに、女の子の一人が指をすべらせて、地面に落としてしまったんだ。「あっ」と小さく悲鳴をあげた時にはもう、アイスは半分以上砂利まみれになっていた。

 たちまちその子の目に涙がたまり始める。おばさんが代わりのアイスを出そうとしたけど、それを泣いて止める女の子。落としたアイスを指さしながら


「お母さんが言ってたの。一本だけにしなさいって。他のじゃダメなの。これじゃないとダメなの」


 愚直だな、とお兄さんは鼻で笑いそうになった。

 まんまと二本目をせしめて、親には知らんぷりしていればいいものを、とも。

 雪女のお姉さんもちょっと困った顔をしていたけど、やがて「そうだよね。自分が手に入れたものじゃなきゃ、ダメだよね」とつぶやいて続ける。


「おうちを教えて。今日の夜に、あなたのおうちに届けに行くわ。ちゃんとお母さんに話して、待っていてもらいなさい。きんきんに冷たいのを、持っていくから」


 頭をなでながら、女の子をあやすお姉さん。終始、笑顔だったらしいけど、お兄さんは「偽善っぽいなあ」と、どこかバカにしていたらしい。


 翌日。公園にきた女の子は、ニコニコしていた。尋ねてみると、本当にお姉さんが、アイスキャンデーを持って、現れたとのこと。

 アイスは形こそ整っていたけど、中には砂利が入っていたらしい。普通なら怒るところだけど、女の子は「落とした奴と一緒だ」と、かえって喜ぶ始末。

 一部の人は美談と受け取って、お姉さんの気配りに心動かされた様子だったけど、お兄さんとその友達は違った。

 女の子の言いつけのために、砂利入りのアイスを作るとか気持ち悪い。ものを売る人として、問題あるんじゃないの、と。

 やっぱり雪女だ。妖怪だ。理解できない。

 だったら、自分たちで退治してやる。お兄さんたちは強く誓った。


 その日からお兄さんたちは、ローテーションを決めてよろず屋に行くと、お姉さんに相談と称して、壊れたおもちゃを取り出し、修理してほしいと頼んだ。

 断れば、アイスの時はしてくれたのに、差別をしたんだと蔑みながら触れ回るし、受け入れれば、次から次へと課題を振りかける。お姉さんのキャパシティを超えるまで。

 雪女を困らせて、懲らしめたい。その一心でお兄さんたちは計画を実行していった。

 お姉さんはお兄さんたちの持ち込む、複雑なおもちゃ。無理な注文にもあまさず応えてくれて、いずれも翌日には用意をしてくれた。

 そのこなし方に業を煮やしたか、友達の一人がとうとう、一線を越えた注文をすることを提案してきたんだ。


「金魚が死にそうなんです。どうか元気にしてもらえませんか」


 数日後。金魚鉢を抱えた友達をセンターポジションに置き、おじさんたちはよろず屋を訪れた。その友達はおじさんたちが用意した、今までよろず屋を利用したことがない子。

 おじさんたちの好評を聞いて、すがりに来た、純粋な思いの友達……という設定だ。内側は、お兄さんたちの悪心にまみれている。

 金魚のサイズはおよそ30センチ。尾ひれや胴体に傷を負っていた。

 わざと傷をつけたわけじゃない。自然とそうなってしまった連中を選りすぐったんだ。マーキングのつもりだった。

 更に追い打ちをかけるべく「今すぐに、元気にしてください」と、例の友達に付け足させる。逃げ場を塞ぐためだ。

 今までは翌日まで待ってほしい、と時間に猶予を与えてしまっていた。それをつぶす。


 さあ、どうするよ? 

 お兄さんは心の中で舌なめずりしていたけど、すぐにその舌をしまわざるを得なくなった。彼女の目が、すっと細まったとたん、店内のうだるような暑さが消えたからだ。

 カウンターの椅子から立ちあがり、お店のシャッターを閉め始めるお姉さん。暗くなる店内にざわつき出すお兄さんたちだったけど、「静かに」とお姉さんに制止される。とてつもなく、低い声。

 闇の中で、お姉さんの足音だけが響く。お兄さんは嫌な汗が出て止まらない。はめたつもりが、はめられてしまった。

 マッチを擦る音。ほどなくカウンターに置かれたロウソクに、火がともされる。炎の向こうには、友達の持ってきた金魚鉢。その真上には、険しさをたたえたお姉さんの顔。

 震えながら黙るお兄さんたちに、お姉さんは声をかける。


「10年間。10年間は、これからやることを話さないって約束できる? いや、してもらうわ。『雪女』に火をつけようとしたんだから。謝ってもきかない」


 あだ名もばれている。うなずくより他になかった。

 逃げ出そうにも、お兄さんたちの足は床に張り付いたように、動かなかったんだ。


 お姉さんは金魚を右手でわしづかみにして金魚鉢から出す。「ちょっと大きいかな」とつぶやきながら、握る左手に光る物が。

 メスだった。お姉さんはそれを、迷うことなく金魚の胴体の真ん中に入れる。ひれごと両断され、いまだに動く「片割れ」たちを、彼女は順番に口へと放り込み、そのまま飲み込んでいった。更に金魚鉢も抱えて、わずかに中の水を飲み下す。

 流れるような、戸惑いのない手つき。まるで錠剤を飲む仕草を思わせたらしい。にわかには信じられないけど、主を失った金魚鉢が、お姉さんの所業を訴えている。


 これで終わりじゃなかった。ほどなくお姉さんは金魚鉢の上にかがみこむと、あごもはずれよ、とばかりに大きく口を開く。

 まさか、と思ったお兄さんの前で、口の中から「ぬるり」と金魚が飛び出し、水の中に飛び込んだ。

 確かに真っ二つになっていたはずの金魚が、しっかりつながっている。それでいて、尾ひれや身体の傷はそのまま残っていた。同一の個体に違いない。

 先ほどまでの今にも息絶えそうな動きなど、影もなかった。鉢の中をところ狭しと、ターンを繰り返す姿は、まるで新しい身体になったかのよう。お兄さんたちは、唖然とするしかない。


「約束、守ってね?」


 その声で我に返った時、お姉さんはすでにお兄さんたちの背後で、閉じていたシャッターを開け始めていた。


 こーちゃんはこの手の約束、ちゃんと守れるか? こっそり抜け穴を……とか、考えてないか?

 実際、お兄さんも僕にこっそり話してくれたのは、つい最近のこと。あの日、友達との別れ際に、このことは内緒にしようと約束したはずなんだけど……破った奴がいた。

 そいつは数年後。中学校に上がったある日の休み時間、怪談話を求められた時に、つい、この話をしてしまったらしいんだ。お兄さんもその場にいたが、話を遮るのも不自然で、静観していたらしい。


 そしたら翌日。彼は身体のあちらこちらに包帯を巻いて、登校してきた。今朝目覚めたら、なぜか身体中が切り傷だらけだったとか。

 頼んで、右腕の傷を見せてもらうと、ひじの関節の辺りをぐるりと赤い線が一回転していた。あたかも切り取って、くっつけましたと言わんばかりに。首や額にも同じように包帯は巻かれている。

 そしてそいつは、昨日の怪談話のことを誰に、どんなに突っ込まれても「何の話だ?」と首を傾げたらしい。本当に知らない、とでも言わんばかりに。


 きっと、新しくされてしまったんだ。あの雪女に。そして、傷を残したのは、まだ話していない自分たちへの警告……。

 お兄さんが、大人になるまでこの話を秘めることを、改めて固く決意した瞬間だったってさ。 


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