覚醒
巨大な動物が歩くような振動がしたと思ったら、ボク達が入ってきた穴の方向から奴が来た。
恐ろしい雄叫びを上げながら。
その振動で、天井の岩が幾つか落ちてくる程の音量だ。
振り返って見ると、右側の翼が根本から無くなっている。
さっきのアーサーの攻撃によるものかもしれない。
「全員パーティーを組んで、ダイスケをターゲット!
魔法師はマナを回復させて奥へ退避!!」」
デーモンが仕切って号令を掛けた。
「おまえも足しになれ」
「え?・・・えー?」
スケルトンとハーピーに両脇を抱えられて、アーサーは引きずられて行く。
アーサーは戸惑っていた。
モンスター達はアーサーを取り囲むように密集形態を取ると、真ん中に立ったフードを被った真っ黒い人影が呪文を唱えた。
「自爆!」
何かの範囲極大魔法らしきものが炸裂し、辺は真っ白な光りに包まれた。
そして、ボクの回りには、色とりどりの光の粒が旋回しだした。
と、同時に足元から頭の上に向かって、誕生した時に見たのと似たような光学エフェクトが発生する。
光の粒がボクの体に入り込んでくる。
「へぇぇ??・・・」
いつの間にか髪を縛っていた紐は解け、突風でも受けたかのように髪と服がはためく。
そして、背が伸び始めた。
視線の位置が見る見る上がっていくのが分かった。
ボクは服が捲れそうになるのを必死に押さえていた。
ネームプレートの上には【Age 5】【Age 6】【Age 7】【Age 8】・・・・・・
数字が急速に増えて行く。
そして、【Age 16】に成った所で、ボクは覚醒年齢を越えた。
やがて、足元から扇状に広がっていた光は、閉じる様に収束して行き、傍に在った身を隠していた岩を吹き飛ばした。
コカトリスはその爆炎に巻き込まれ、もうもうと立ち込める煙の中に一人の長身の美しい女性が立っているのを見た。
光の円柱の中で、ボクの成長は完了していた。
風は止み、空中に舞っていたオレンジ色の髪は、下に下がってきた。
髪の長さは足の膝の裏位の長さにまで伸びている。
生贄になった者達の魂は、横たわった肉体から離れ、半透明の姿でその場に立ち上がった。
足元は完全に透明なっていて見えない。
(天使みたいになって飛んで行くんじゃないのかな?自分の意志で歩き回る事が出きるみたいだけど・・・)
全てのエフェクトが終了すると、ボクの頭の上のネームプレートが変化した。
【DAISUKE as dancing Goddess】
それを見たアーサーは思わずツッコミを入れて来た。
「踊り子かよ!!」
「えー?!」
ボクは、手を握ったり開いたりしながら、体の変化を確認した。
手を見たり腕や肩を確認して、ふと胸が膨らんでいるのに気が付いた。
更に良く良く見ると、さっきまで着ていた足元まで丈のあったボロ服は、ノースリーブの超ミニのワンピースみたいになっていた。
下着なんて当然付けていない。
ボクは顔が真っ赤になり、見えそうになる服の裾を押さえ、そろりそろりと近くにあった岩の陰に隠れた。
「な、なんかおかしいよこれ・・・」
岩陰でもじもじしながらアーサーの方を見ると
「なんか色々設定をミスっているようだなー」
なんて呑気な事を言っている。
他人事だと思って!
「カッコいい武闘家のはずなのに・・・」
「舞踏家・・・か?」
「やだ!こんなキャラ!」
「ダイスケ、今はそんな事より・・・」
爆炎に巻き込まれて倒れていたコカトリスが起き上がって攻撃してこようとしている。
「よけろ!」
アーサーはそう叫んだが、既にコカトリスの脚はボクの頭の上に有った
・・・・・・様な気がした。
「ダイスケ!」
アーサーが叫んだが、その時ボクの体は空中にあり、コカトリスの頭上を遥かに飛び越えて、体操選手のフィニッシュみたいに体を捻り、反対側の壁際に有る大きな岩の上に立っていた。
「避けた?!」
ボクは無意識に胸の前でクロスした腕を解いて握りこぶしを作り、怒りとも駄々とも付かない震えで地団駄を踏んだ。
「もう絶対作り直す!」
そう叫ぶボクを他所に、アーサーとデーモンは既に戦況分析に入っている。
「成り立てが勝てると思うか?」
「能力が未知数だが・・・既に奴のライフはあと5ミリほど。」
「削りきれるか?」
相手キャラにカーソルを合わせると、ライフゲージが表示される様だ。
コカトリスの薙ぎ払う尻尾でボクの立っていた足場は砕かれてしまったが、間一髪ボクはジャンプして逃れた。
「何か、戦闘に有利な能力でも持っていてくれれば助かるんだが・・・」
「踊り子ベースの格闘家ってどうなんだ?」
(おまえらは解説者か!)
コカトリスはブレス攻撃で仕留めようと、再び灰色のブレスを吐き出した。
ボクはそれを避けようと、全速力でダッシュする。
途中、髪が邪魔になって後頭部で結びながら走った。
操作が忙しすぎる。
空間が狭いのとボクの走る速さが早いので、まるでサーカスの球体の中を走るバイクみたいに、段々と、この小部屋の壁といい天井といい縦横無尽に走って回り、コカトリスのブレスがそれを追いかける形になってしまった。
「ダイスケ!言い忘れたが、それ石化ブレスだから絶対に触れるなよ。」
「今頃言うな!」
ボクは垂直の壁を走りながらアーサーに抗議した。
「人間界の運命はお前に託したぞ!」
「そんな勝手な!」
もう傍観しているだけだからって、なんて呑気で無責任なセリフ!
ボクはちょっと腹が立った。
「さっきの大空洞へ移動しよう!」
魂の状態でもまた死ぬのかどうか知らないけど、なんか岩に隠れてブレスを避けながら指図してくるよ。
ムカつくー!!
でもこのままじゃ逃げるだけで精一杯で、埒が明かないので、言う通りにする。
「う・・・うんっ!」
そう言うとボクはブレスの息継ぎの隙間を狙って、コカトリスの足の間に飛び込んだ。
スライディングで両足の間をすり抜けると、うまい具合に背後に回ることが出来た。
(あっ、足元が隙だらけだ!攻撃できるかも!)
素早く立ち上がると、走り寄り、渾身の力を込めてコカトリスの右足にパンチを撃った。
「えーい!!」
ペチッと音がした。
コカトリスはボクの方を見て
「・・・・・・」
少しの間が有った後、足を軽く振り、ノーダメージアピール。
おもむろにボクの方を向いたかと思うと、容赦無くブレス攻撃。
「わあああぁぁぁ!!」
右へ左へと薙ぎ払うように吐かれるブレスを避けながら、ボクは坑道の穴の方向へ走って行った。
暫く走ると、丁字に坑道が左右に分かれている。
「ど・・・どっち?!!」
後ろにコカトリスが迫って来ていて、道を選ぶ間も無く右へ走り出した。
「おーい、そっちじゃない!」
「そんな事言ったってー!!」
後ろの方からアーサーの声が聞こえる。
ああ、確かに下り坂の方を選択するのが正解だったかもしれない。
今走って行っている方向は上り坂だ。
冷静に考えれば分かったかもしれないけど咄嗟にそんな時間は無かったし、どの道を通って来たかなんて全然覚えてないよ!
「うわっ!」
ボクは道が急に途切れて、目の前の空間に何も無いのを見て、立ち止まった。
確かにさっきの立坑の広間には出た事には出たのだけど、立坑の壁の途中に開いた穴だった。
下を覗くと、地面まで十数メートル位の高さ、上を見上げると、遥か彼方の上の方に光る光源が見えた。
ギリギリ飛び降りられるかな?
死んじゃうかな・・・?
「はっ!」
後ろから迫ってくる足音に急かされて、もう儘よと、落ちたら死ぬかどうかなんて迷う間も無く反射的に飛び降りてしまった。
その瞬間、ボクのたった今居た場所にコカトリスの爪が振り下ろされ、間一髪逃れることが出来たのを知った。
ボクは空中で、どうか死にませんようにと念じながら上を見ると、すぐ頭の上にコカトリスが降ってくる所を目撃し、地面に無事に着地して安堵する間も無く、転げるように前方に逃げた。
間髪入れずにその場所はコカトリスに踏み潰される。