敵の神
狭い迷路の様な地下道をどの位走ったのか、何度か分かれ道を過ぎてボク達は少し広い小部屋の様なスペースに入っていた。
部屋の真ん中辺に幾つか転がっていた。
天井の岩が崩落して落ちてきているみたい。
今にも落盤で埋まってしまいそうな、放棄された坑道の一つらしい。
一つの大きな岩の裏側にボク達二人は入り口から見えない様に隠れて腰を下ろした。
アーサーはハアハアと息を切らせている。
折れて短くなった剣をすぐに手に取れるように地面に突き刺して、岩を背に座り込んでしまった。
「奴はまだ生きている・・・」
「追ってくる?」
「アレでダメならもう手は無いな・・・」
かなり絶望的な雰囲気なのはなんとなく分かった。
この時、アーサーのライフはもう殆ど残っていなかった。
「奴を村に入れるわけにはいかないんだ。俺が囮になるから、お前だけは逃げ延びろ。」
「えー、そんなのいやだよぅー。」
「聞き分けてくれ、お前さえ生き残っていれば、再起は出来るんだ・・・」
「その子は神の子供なのか?・・・」
ボク達の会話に割って入る声が聞こえた。
声のした方向を見ると、何人かの魔法使いや僧侶らしき数人の人間が岩陰から姿を表した。
その中の、いかにも魔法使いという様な姿の、三角帽子を被って箒を持った女の人が代表して喋り出した。
「どうせ隠れていてもマナを使い切った私達は、為す術も無く殺されるだけだろう・・・」
§§§§§
彼女の話によると、ボク達が到着する直前に、あの大空洞で戦闘が有ったとの事だった。
驚いた事に敵の神は、たった一人で乗り込んで来たそうだ。
戦争時のパワーアップは無いのだけど、何らかの特殊能力を持っているのかもしれない。
それが無くても、過去数エリア分の戦争を生きて攻略して来た相当の実力は持っているのは間違いない。
人間側があと1エリアを残すのみと知って、単騎で殲滅戦に打って来たらしい。
本当の戦争イベントならば、事前準備を万端にして、全員でログイン時間を取り決めて、戦場を決めて、開始を宣言して・・・という具合に手続きを踏むのだけど、この敵の神ときたら、今までのお約束をことごとく破ってくれる。
と、忌々しげに彼女は説明を続けてくれた。
洞窟に敵が侵入したという知らせを受けて、現在ログインをしていた、島に偶然居た人を急遽かき集めて防衛戦が開始されたとの事だった。
不意打ちも良い所だ。
本当に、秩序に対するカオスそのものを体現したような奴だった、と。
「術者の全てのマナと攻撃者の全てのライフを攻撃力に変える、人間に与えられた最大の攻撃」
魔法術師は自らのマナを、ペアとなった戦士に全て差し出す。
魔法術師は、魔法使い、僧侶、エンチャンター、等のマナを蓄えている者達。
戦士は、ウォリアー、シーフ、ナイト、と言った武器を持って物理攻撃をする者達だ。
戦士は、その手に持つ武器に嵌め込まれた鉱石にマナを取り込むと、その宝石が輝きだし、戦士のライフを燃やして必殺の特攻攻撃を敢行するのだ。
大規模戦闘においては、それぞれの職業はそれぞれのスキルや魔法を使い、個々にまたはパーティー毎に戦闘を行うのだが、事、対ボス戦に於いては、消耗しきっている者達ばかりなので、最大火力を誇るこの特攻攻撃を集団で敢行するのが定番の戦法となっている。
勝てば官軍、戦勝側陣営はデスペナルティは免除されるのだ。
通常ならば、20人程度の攻撃を当てれば神をも余裕で倒せるはずだった。
そして、こちらには50組程の特攻攻撃者が控えていた。
間違い無く勝てるはずだったのだ・・・
「しかし、あと一歩及ばず・・・」
§§§§§
敵の神の持っていた能力は『エクストラ防御』
防御力のパラメーター上限を越えて防御値を上げる事の出来る能力。
その能力を持って、青と赤の均衡する勢力バランスを覆し、今も単騎で敵陣に乗り込む暴挙を可能にしていたのだ。
攻防の均衡した戦闘に於いて、通常なら勝てる『はず』の攻撃を耐えきり、コイツには一体何発の攻撃を当てれば落とせるのだろう・・・と相手に思わせれば、動揺を誘い、戦場の流れを有利に進める事が出来る。
今までの戦争ではその能力の底を見せない様に上手く立ち回ってきたのだろう。
しかし、今こちらがあと1エリアを残すのみとなり、しかも人員の少ない時間帯を狙って不意打ち奇襲。
単騎で相手を殲滅する勝算があっての行動なのだろう。
「そして案の定、敵の思う壺に嵌り、このざまだ。
しかし、このタイミングでアーサーが神の子を連れてきたのは僥倖だ。
私達の経験値を我が神に捧げよう。」
「お前達・・・」
「まちな!」
なんなの?今日はやたら会話に割り込まれる日だ。
敵の魔物が10数体、いやもっと居るのか?
ぞろぞろと奥の坑道から出て来た。
コボルド、ハーピー、キャットピープル、レイス、スケルトン、ゴブリン、ジャイアントオーガー、ボクは知っている限りのモンスターの名前を思い浮かべた。
あのカマキリの様な虫型の魔物もいるし、何の種族なのかわからない巨人の女やカラフルなトカゲみたいなのなんかも居る。
多分、ここではそんな名前の種族では無いのかもしれないし、オリジナルモンスターみたいなのも沢山居るんじゃないかな。
同じ形態の魔物が複数居たりするので、前に襲ってきたあいつらとは別人かもしれないけど・・・
「くそっ!待ち伏せか!」
アーサーは地面に突き立てた剣に手を伸ばす。
「敵ではない。」
手で敵意は無いという様なジェスチャーをしながら、魔物連中のリーダーらしき、真っ黒なデーモン(仮)が口を開いた。
デーモンじゃなくてデビルだからとか言われても、そんなの知らんもん。
頭には水牛の様な大きな角を持ち、コウモリの様な翼を持った、筋骨隆々とした大柄なモンスターだ。
「お前ら同族の経験値を、そんな子供に大量に与えたら
属性値が反転して我々の仲間になってしまうぞ」
「あのアルギヌの様に。」
静かにボクの方へ歩み寄って来るのを、アーサーが折れた剣を構えて庇ってくれた。
はい?今聞き捨てならない事を言いましたよ。
皆、そんなの常識だみたいに華麗にスルーしているけれど、ボクは初めて聞きました。
アルギネは元魔物側の人間だったの?
確かに、耳が尖っていたり龍に変身したりしてたけど、そういう癖の有る人なのかなーって思ってましたよ?
敵陣に寝返ったり、小早川秀秋してもいいんだ?
そういうのもありなんだ?
確かに、自由度は高いって言ってたもんね。
聞き流しちゃってたけど、後でアルギネを小一時間問い詰めないと気が済まない。
「敵の神が二人に増えてもいいのか?」
デーモン(仮)は左手で軽くアーサーの剣を避けながら、ボクに顔を近づけてきた。
「ふむ、俺達の経験値をくれてやる。
高レベル者がこれだけ揃えば、一気に覚醒年齢を超えるだろう。」
ボクは間近でニヤッと笑ったその顔が怖くて、思わずアーサーに抱きついてしまった。
・・・・・・大丈夫、ボク子供だから、ギリギリセーフ・・・と思う。
その証拠にアーサーも全然気にしている素振りは無いしね。
「目的はなんだ?見返りは?・・・」
アーサーの問に、デーモンは渋々答えてくれた。
「奴が神になってから確かに領地は広がった。
だがしかし、卑怯な作戦ばかりを強要されて、楽しいと思うか?
俺達は戦争でバトルと楽しみたくて、このゲームを始めたんだ。
俺達は有志で相談して、奴を裏切る事に決めた。
合法的に奴を葬る」
デーモンは事の経緯を説明してくれた。
この世界では神の命令にはある程度強制力があるらしい。
もちろん、逆らう事は自由なんだけど、神の加護から外されてしまうと、ちょっと不都合というか、弱体化・・・違うな、加護で底上げされていたステータスが元に戻ってしまうのだとか。
別に、初めから加護なんて当てにしないというのであれば、全然構わないのだけど、やはり当たり前の様に与えられていたものを取り上げられるのは弱体化させられたと感じる人も居るのだと思う。
戦争の時にその底上げ分が有るのと無いのとでは結構違うと感じるもので、嫌々でも言う事を聞いてしまう人は多いのだそうだ。
例えば、皆、無条件にお小遣いを千円貰っていたとして、言うことを聞かないならあげないよーって言われたら、それを当てにして生活していた人は、自分の中の善悪のハードルを越えない限りはある程度は言う事を聞いちゃうよね。
人によってそのハードルの高さは違うとしても。
その位なら、ま、いいかと思えるレベルならやってしまうのかも知れない。
初めからそんなお小遣いを貰っていなければ、何て事無いのだろうけどね。人間ってそんなものだよね。
「だが勘違いするなよ?
人間側に寝返るという意味では無い。
奴を倒した後は、新しい神の誕生を待って正式に正々堂々と戦争ゲームを楽しみたいんだ」
色々な考え方の人が居るね。
それにしても、魔物側ってそんなに楽しいのかな?
「おまえら・・・」
アーサーは何だか共感して感動したみたい。
その時、その会話を遮るように地響きが鳴り始めた。




