待ち伏せ
ボク達は、眼下に海の見える、海沿いの小高い丘の上に立っていた。
天気が良くて、水平線までがくっきり見える。
よく、水平線がカーブを描いて見えるのは、地球が球形の証拠だと言われる事があるけれど、それは本当は錯覚なんだとか。
本当かどうかはわからないけど、カメラや望遠鏡のレンズは一枚だけじゃなくて、凹レンズや凸レンズを何枚も重ねて歪みを補正しているんだそうだ。だけど、眼球の水晶体、つまりレンズは一枚しか無くて、そのせいで視界の端の方が歪んで見えているんだとかなんとか。
でも、そんな事はどうでもいいね。景色が本当に綺麗なんだもん。
今日は波も穏やかで、空気も澄んでいて、遠くまで見渡せる。
アーサーが海を指さした。その方向を見ると、沖合の割と近い位置に島が見える。
夜にマップで見た、東の海に浮かぶ、人間側の最後の領地の島がそれだとわかった。
距離感としては、伊豆半島から見た大島・・・よりもちょっと近い感じなのかなー・・・。
「俺達はこれからあの島へ渡る。俺達の最後の砦だ。」
最後の島を落とされたらどうなってしまうんだろう?
つまり、戦争でボクが殺されちゃったらって事なんだけど、そしたらワールドリセット?
具体的なイメージがわかないなー・・・・・・。
また最初からやり直しなのかなー。
今まで一所懸命育てたキャラも最初から?
財産とかアイテムとかはどうなるんだろう?
それでも皆ワールドリセットを望んでいるのかな・・・
うーん、よくわからない。
ところで、あの島へは船で行くのかな?
この世界だと帆船なのかな?
去年、長崎のハウステンボスで帆船に乗ったことが有るんだよね。
帆船かっこいいよねー。
舳先の所に網が張ってあって、その上を歩かせてもらったんだ。
網目はちょっと広くて、スマホとか落としたら下に落ちちゃう位なんだけど、落としたら拾うことは不可能なので、落としそうな物は持って渡らないように注意されたっけ。
どっかのゲームみたいに船が揺れて海に落下する仕様に成ってなければいいんだけど・・・。
あれって、落ちると溺れ死ぬんだよねー。
ボクは漠然とそんな事を考えていた。
アーサーは先に立って歩き出した。
何処かに港町があるのかな?
船着き場程度なのかな?
海の怪物とかも居るのかな?
想像してちょっとワクワクした。
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暫く歩くと、地面が黄土色っぽい乾いた気候の土地に入った。
イメージとして礫砂漠みたいな感じかな。中国の方の砂漠みたいな感じ。
その砂漠の入口近くに、丸太を十字に組んで雑に板を括り付けただけの、粗末な作りのオブジェというか看板?があった。
端の方にドクロが括り付けてあったり、血のような赤いペイントで文字の様なドクロの様な謎の図形が描かれていたりする。
ボクはその看板を指差しながら、アーサーに聞いてみた。
「ねえねえ、これなあにー?」
「このあたりは敵の領地だって目印さ。」
先に立って歩いていたアーサーとアルギネが振り返って教えてくれた。
今まで出会った敵は、あのカマキリだけだけど、そんなに頻繁に的に遭遇する事は無いのかな?
敵に遭遇したらすぐに戦闘になったりするのかな?
でも今度はアーサーとアルギネが居るから大丈夫だよね。
その時、大きな声が響いた。
「みつけたぞ!」
振り返ってその声の方向を見ると、武器を持ったスケルトンやゴブリン、ジャイアントオーガーといった魔物達の集団だった。
その後ろにあの時のカマキリのモンスターが居た。
きっと、ボク達に仕返しをしようと仲間を集めて待ち伏せをしていたんだ。
ボクはげんなりした顔をした。
毒のある敵はちょっと苦手だよ。
このゲームは、敵と遭遇するとすぐに戦闘状態になるみたいだ。
相手とのレベル差みたいなのは、どうやって調整されているんだろう?
それとも、無差別なのかなー?
それって、ゲームバランス的にどうなんだろう?
こういう仕様って、日本だと絶対にあちこちの掲示板で叩かれるんだよね。
「ぶっころす!」
もう、殺る気満々の様です。
「ふう、昨日の仕返しか。」
ゲーム内ではね。リアルではつい1時間位前の話です。
ロールプレイング、ロールプレイングっと。
アーサーは冷静にそう言ってボクの前に立つと、背中の大剣を引き抜いて
「初戦闘だ、気を引き締めていけ!」
ボクに向かってそう言った。
なんか、ゲームの雰囲気をぶち壊す発言はご法度っぽいです。
今まで散々言ってたけどね。
大勢の前ではそうなんだろう。
ボクは頷いて、拳法の構えのポーズをとった。
アーサーのデコピン一発で死んじゃうボクだけど、今はアーサーは同じパーティーだし後ろにはアルギネも居るから、なんとなく大丈夫だという漠然とした安心感があったんだ。
そして、戦闘開始と同時にアルギネは素早く、アーサーとボクに物理防御シールドと魔法防御シールドを掛けてくれる。
アーサーは大剣を肩に担ぎ、いつでも振り下ろせる体勢を取る。
ボクはいつでも百烈拳を御見舞出来るタイミングを伺った。
ちょっとの間、にらみ合いがあって、先に動き出したのは敵の方だった。
「先にクレリックを殺れ!」
でも、突進してきた怪物達は、そんなボク達を無視してアルギネに向かって走って行った。
敵の回復役から先に潰しておくのはセオリーだ。
でも、それを何故かそのまま素通りさせるアーサー。
ボクは慌てて
「あっ!アルギネっ!アルギネがー!!」
「危ないから下がってろ」
アーサーは、そう叫んで助けに向かおうとしたボクの首根っこを掴んでぶら下げ、平然とした様子で
一歩岩壁の方へ下がって道を開けた。
え?何を考えてるの?
見ると、アルギネは慌てる素振りも無く、平然と立っている。
ただ、杖を前方上側に突き出して自分のネームプレートを見えないように隠して。
その杖を横に退かしてネームを見せると、怪物達はびっくりした様子で回れ右をしてアルギネから逃げ出した。
「バカヤロ!あいつアルギヌじゃねーか!」
「裏切り者のアルギヌだー!!」
皆手に持っていた武器を放り出して∪ターンして逃げて来る。
アーサーはそれも素通りさせる。もう、ただの傍観者の体です。
怪物達は一体何を恐れているのだろう?
と怪物達の逃げて行く方向を見ていると、後ろ側に何か大きな気配がする。
上の方から火炎の柱が降って来て、怪物達を追って行くのが見えた。
それが怪物達をあっという間に纏めて焼き尽くしてしまった。
びっくりして火炎の来た方向を振り向くと、アルギネが平然とスタスタ歩いて来る。
えっ?えっ?今の何???
何か恐ろしいものの一端に触れた気配がするんですけどー。
「経験値稼ぎにもならないザコだわ。」
黒焦げの怪物達を足元に見て、呆れたように呟いた。
ボクは呆然として口をあんぐり開けていた。
アバターがそういう顔をしているということは、実際のボクもそういう顔をしていたんだと思う。
アーサーは無表情だ。
まるで、毎度の事だとでもいうように。
そして、ボクにこっそり耳打ちして教えてくれた。
「クレリックの衣装は罠なんだ。いつもの事だから気にするな」
ボクは無言でコクコクと頷くだけだった。
何か、詳しく聞いちゃいけない雰囲気というか威圧感を感じたから。
ブスブスと煙を上げ、黒焦げになった怪物達は
「ちくしょー、また死んだー・・・。俺の経験値~・・・」
と情けない声を上げていた。
怪物達の体が半透明に成り、地面の焦げ跡と一緒にすうっと消えると、アルギネは何事も無かった様にこちらへ振り返り
「さ、行くわよ。」
「「ハイっ!!」」
その一言を聞いて、ボクとアーサーは背筋を伸ばして直立すると、大きな声で返事をしていた。