アルギヌ
つまり、このゲーム内は、あえて擬似的な無法地帯、現実世界ではありえないシチュエーションを楽しむ娯楽なのだ。
そう言った映画やゲームはいくらでもあるというのに、こと相手がプレイヤーキャラクターだとなると、急に常識的になってしまうのは何故なのか。
逆に、映画だったり相手がNPCであれば何故成立出来るのか?
文明国ほどモラル教育によって魂に植え付けられているその枷。
ゲーム内なのにどうしても発動してしまうその枷をなんとか取り外すことは出来ないのか?
だから、姿形、そして役を与える事によってその枷は外せるのではないか?
そうして考えられた物の一つがこのゲームだった。
だから、敵はモンスターであり、人間とは対立しているという場を与えて、その立場を演じるという事でお互いに最も根源的な戦争体験を楽しむという、このゲームは支持を得たのだ。
最も、運営側も予測できなかったのは、何故かモンスター側の方が人気だったという事実だけ。
信じられるのは自分だけ、敵との間に平和的なローカルルールを勝手に設定するなという事。
純粋に戦闘を行うのみ、そこにモラルを持ち込んではならない。
これは和平交渉など存在しない、お互いにとって相手は絶対悪という設定の殲滅戦なのだから。
相手の神は、突如その禁忌に触れ、越えてはならない(と勝手に思っていた)ボーダーラインを越えてきたと思っているのは、そういう世界観を理解しない、勝手に自分達の信じるモラルを持ち込んで仲良しこよしをしていたい連中なのだ。
考えるべきは、自分たちの所属する陣営をどうしたら勝たせることが出来るか、ただそれだけだ。
アルギネはこのゲームの根幹であり、原初の思想を指摘してきた。
「あなた達は自らの甘さによって自らを縛ってしまった。だからここまで追い詰められた。」
アルギネってやっぱり怖い。あ、でもちょっと違うかな。
ゲームの理念を深く理解しようとしているし、ロールプレイングに徹しようとしているんだ。
そう、本当に与えられた役を演じるガチのロールプレイングなのだ。
アルギネがフードを脱ぐと、尖った耳と一本のアホ毛が飛び出した。
(あれっ?アルギネって、人間じゃないのかな?でもそれって・・・)
「前神の死後、今日やっと新しい神が生まれたのよ。」
「それがボク?」
話を聞く限り、フィールドで生まれたのだからそうかもしれないけど・・・
「俺はそう睨んでるんだがなあ?」
「ボクわかんないよ。」
「説明出なかったか?ルールの遵守とか許諾とか確認とか出てるはずなんだけど。」
「ううーん、出たような気もする。わかんなかったからOK連打したけど。」
「おまえ、ネットで安易にOKボタン押すもんじゃ無いんだぞ。危ないぞ?」
「う・・・うん、ごめんなさい。」
だって、外国語読めなかったし、翻訳も変だったし。本当に訳が解らない状況に戸惑っている最中なのだから。
「そうかー・・・」
アーサーはあまりグイグイと問い詰めてくる性格では無いらしく、そう呟いただけだった。
ヘルメットのせいで口元しか見えないのだけど、ちょっと困った顔をした気がした。
「でもちょっと神様ってカッコいいかも。」
ボクは呑気にそう答えた。
だって、強いって言うし。
「おいおい・・・遊びじゃねーんだから・・・」
そう言うアーサーに向かってアルギネは
「あら、RPGは遊びだわ。
皆等しく楽しむ権利が有るのよ。」
と涼しい顔をして言っていた。
ゲームの勝ち負けに拘るアーサーと、勝ち負けよりもロールプレイングを楽しむアルギネとの考え方の違いで意見が分かれている感じだった。
多分、どっちかが間違っているという事は無いんだ。
どちらも正しいんだろうなと思った。
このゲームは、役割さえきちんと演じてさえいれば、その自由度は恐ろしく高い。
感情的に受入られようと受け入れられまいと、役割を演じる事が大事だとアルギネは考えているっぽい。
そこを踏まえた上でなら、個人の思想も行動も一切問わないという考え方だ。
あとは自らの力を蓄え、相手を殲滅し、相手の神を殺す。
ただそれだけなのだ。
それ以外はどんな謀も暴力もアンチモラルも許容されるのか否か。
単にゲームに求める物の違いで意見が対立しているだけなのだ。
「なんか・・・ごめんなさい。」
真剣な二人に対して、なんかすまない様な気がして、ボクは反射的に謝ってしまった。
「「謝るなって、日本人だねぇ・・・」」
たった今言い争っていた二人は急にボクの方を見て、ハモっていた。
本当は仲が良いんだろうなー。
「いや、俺が悪かったよ。アルギヌの言う通りだ。」
アーサーは素直に謝ってきた。
アーサーは良い人決定。
「神は敵にとってはラスボスでもあるの。
それなりに強いわね。」
アルギネは神は強くてかっこいいと単純にはしゃいだボクの事も受けれてくれた。
アルギネも厳しくて優しいおねえさん。
「ある程度制約はあるけれど・・・」
「あ!そうか、戦ってみれば分かるんじゃないか?」
アーサーがグッドアイデアを思いついたように言った。
「なあ、ちょっと俺と戦ってみないか?」
アーサーはボクの頭を撫でながら言った。
・
・
・
「さあ、本気でかかってきていいぞ」
アーサーは武器と盾を置いて、素手でボクの相手をしてくれるみたい。
でも、フルプレートを着ている時点で対等じゃなくない?・・・
アーサーはサンドバッグにされても防御力には自信があるんだろうね。
「よーし!」
ボクは拳法の型の様に構え、今の自分の全力がどの位の攻撃力があるのかを確かめるいいチャンスだと思って突撃した。
「えーい!百烈拳!!ダイスケガトリング!!」
パンチを繰り出した。
といっても、今はパンチしかやり様が無いんだけどね。
キックはどうすれば良いんだろう?やっぱり全身をカメラに収めなければダメなのかなー・・・?
詳しい操作方法も後で聞いてみようっと。
ボクは物凄い速さで(当社比)パンチを繰り出したが、アーサーは本当に、まるで、親戚の小さな子供を相手にでもしている大人の様に屈んで手のひらでボクの必殺パンチを平然と受けている。
「よーし!いいぞー、それそれ!」
口元もなんだかニヤニヤしていて、本当にもう!ってなった。
(キャラがニヤニヤしているってことは、画面の向こうでアーサーの中身の人もニヤニヤしているって事だよね!)
アーサーは、おもむろに右手を上げると、中指と親指で輪っかを作り、それをボクのおでこに向かってデコピンをした。
パチンという音がしたと思ったら、びっくりしたことにボクの体は、焚き火の前に座っていたアルギネ目の前を右から左へ吹っ飛んで行き、その横数メートル先の岩の壁に激突した。
いくらボクの体が小さいと言っても、何この衝撃?!
するとその時、地面に倒れ伏したボクの体に夜空の一角からスポットライトの様な光が降り注ぎ、気がつくとボクは地面に倒れている自分の体を上から見下ろしていた。
ボクは真っ白い足元まで丈のあるワンピースの様な衣装を着て、背中には小さな翼がパタパタしている。
えっ?なにこれ?
これはつまり、体から魂が抜けちゃったという事?
そして、頭の上には輪っか・・・って、死んでるじゃん?!
自分では全く身動きができない。
全然動けない。
胸の前で手の指を組み、目を閉じて光に包まれながら、糸の切れた風船のようにゆらゆらとゆっくり上昇して行く。
その時アルギネは動じる様子も無く、そのままの姿勢で指をパチンと鳴らした。
すると、空の上に魔法陣が現れ、まばゆい光の中から3対6枚の金色の翼を持った天使が現れた。
彼女は長い金色の髪の毛を棚引かせ、ピンク色の長いドレスを着ている。
輪郭がぼやっとして光っている。
天使はボクの魂をまるで野球のボールを捕球するかのように右手で捕獲すると、顔の前に持ってきてマジマジと見つめた。
ボクがいかに子供とはいえ、その体を片手で掴める程の巨体だ。
素早い動きで翼を畳むと、物凄い速さで地上に降りて行った。
降りるというよりも、落下して行った。
天使は、アルギヌとアーサーの目の前に着地すると、地面が地震のように揺れた。
そして、そのまま手に持ったボクの魂を振りかぶると、ボクの抜け殻の方の体に叩きつけた。
視点は魂の方なので、まるで、ジェットコースターの様だった。
ちょっと吐きそう・・・。
3D酔いが凄い。
ボクの魂はボクの体の中に戻り、天使は羽の舞い散るエフェクトと共にスーっと消えていった。
(なにこれ、いじめか何かかな?)
泣きそう。
「頭が良いな、殺して国が消えれば神かどうか確認できるな、アーサー。」
「そ・・・そんなつもりは・・・、ちょ、マジか?!やっぱ違うのか?」
アルギネは目を閉じたまま抑揚の無い口調で、アーサーに向かって言った。
アーサーは、失敗して叱られた子供のようになっていた。
「・・・・・・ひどくない?」
ボクは、なんだかこの扱いに納得いかない気がしないでもない、複雑な気分を味わっていた。
「女の子にはもう少し手加減してあげなさい」
(おまえもなー!)と心の中で叫んだが、ちょっとまって、アルギネはボクの事を女の子だと思っていたのか?
「ボク男だよ」
「そうなのか?!人間はよく分からないな・・・」
そう抗議すると、びっくりした様にボクを見つめた。
アーサーは自分の失敗を責められるのを回避出来るチャンスとばかりに、ちょこっと横道にそれた話題に強引に乗ってきた。
「俺の子供の頃に似ているぞ」
「「えっ?」」
それを聞いて、ボクとアルギネは同時にハモってしまった。
すぐさま、ボクはアーサーに失礼な事を言ってしまったと、慌てて話題の方向を逸らす様に
「アルギネは?」
「わたしっ?!」
急に自分にターゲットが移った事に動揺して、声を裏返えらせて聞き返した。
(このお姉さん、なんかちょっと可愛い)
そして、何かを思い出すようにしていたが、教えてはくれなかった。
アルギヌはふと、自分アバターの子供の頃の姿を思い出していた。
(・・・トカゲだったなー・・・)