アーサー
このゲーム内にも時間の経過がある。
大体、昼夜の長さがそれぞれ200分弱らしい。つまり、1日の長さはおよそ6時間半位ということ。
昼の時は人間側が、夜の時間は怪物側が若干有利になるらしい。
日の出日の入りの時間をゼロとして、深夜が魔物側、正午が人間側に最も有利な時間帯になるのだそうだ。
ほんの気持ち程度らしいけど、それでも今回はボクを護衛しながら移動するのと、道のりの一部に魔物側の領地を横切る場所が在るので、用心のために深夜の時間帯は魔物の領地に入るのは避けようという事になった。
なので、安全策を取って、なるべく目立たない岩場の影で休憩することになった。
焚き火を囲みながら、今のこの世界の状況をアーサーが説明してくれた。
「この世界は今、秩序側である人間と、混沌側である魔物の2つの世界に分かれて戦争をしている。」
ワールドマップは、メニューから観ることが出来た。
古地図の様なマップの真ん中に曲がった逆三角形の様な形の大陸があり、東と西の海には島が浮かんでいる。
マップの西側は魔物のカオス陣営のレッドチーム。東側が人間の秩序のブルーチーム陣営となっている。初期マップでは大陸のちゃんと真ん中で赤と青に分かれていたんだけど、今は人間側の敗色が濃厚なんだって。
「戦争はお互いの神の取り合いなんだが・・・自軍の神を倒されると負け、負けると領地を取られる。」
アーサーは、マップの時間経過を早めて説明してくれた。
青軍の領地は1つ2つ3つ4つと順に赤に塗り潰されて行き、最後に残ったのは東の海に浮かぶ島だけになってしまった。
「神というのは、まあ・・・例えばチェスのキングみたいなものかな・・・」
(ぶっちゃけ神はフラッグで、単純に陣取り合戦なわけね。)
通常の狩りとかの戦闘とは別に、両陣営合意の元にそれぞれの神を立てて全員参加の戦争が行われるのだそうだ。
合意があるならば月1でもいいし、準備に時間を取りたければ半年に1回という事もあるんだって。
これがこのゲームの最大の売りで、一番興奮するイベントだとのこと。マスPvPとも言える全面戦争が行われるんだ。
皆それに向けて剣技や武術、魔法等を磨いていく。そして、相手の戦闘員を駆逐して相手陣営に攻め込んで神を落とせば、領地を1つ取る事が出きる。
最も、戦争時に神は、通常のプレイヤーキャラクターよりも強いし、何か特殊なスキルを持っている事が有るので、ここから所謂ボス戦みたいになるんだとか。
この様に、大戦争とボス戦の2段階の戦略を必要とされる。
スキルアップや強武器や防具の取得、回復薬等の備蓄、エンチャンターや回復師の育成といった、戦争前の準備がとても重要になってくるし、その運用とかでとっても頭を使うらしい。戦争前の戦略を皆で考えるのも楽しいんだって。
ほぼ、お祭り騒ぎだとアーサーは教えてくれた。
両陣営共に戦闘員が全滅して、神対神での戦闘、所謂GvGとなる事も稀にあるそうだ。
神は戦争の時だけ通常よりも強力なキャラクターになるので、戦争で無双出来そうだけど、調子に乗って前線まで出ると結構あっさり落とされる事が有るし、神固有の能力分析をされて対策されちゃったりするので、ラスボス気取って最後に出てくるのが定番なんだとか。
一回神をやった事のある人は二度とは出来ない(抽選で除外される)ので、結構慎重にやるのだと教えてもらった。
そうやって相手陣営の領地を全部取ったら、そこでゲームオーバー。
戦勝側は、何かのギフトが与えられるそうなんだけど、まだ、サービス開始されて間もないので、ニューゲームになった事はまだ無いそうなんだ。
一体何が貰えるんだろう?
「人間の陣地は?今たったのこれだけなの?ヤバくない?」
ボクはアーサーを見た。
「すっげーヤバイさ、大体、連中卑怯だろ。子供狩りなんて・・・」
アーサーはコメカミを押さえるゼスチャーをした。
アーサーの説明によると、戦争以外の平時に何らかの相手陣営を弱体化する工作が行われるのは有ることなんだって。
例えば、さっきみたいな遭遇戦で相手を倒して経験値を奪って、こつこつと自分の強化と相手側の戦力を弱体化をしたり、農地とか工房といった生産拠点を破壊したり、地形破壊をして(やっぱりできるんだ!)補給路を断ったり・・・とかね。
サービス開始当初はそんな感じで取ったり取られたりで勢力は均衡していたそうなんだけど、相手が今の神になってからはちょっと様相が変わってきたらしい。
神は村ではなく、フィールドで生まれる事が多いんだけど、今までは生まれたての神には手を出さないというのが暗黙の了承だったそうなんだ。
例え偶々、生まれたての敵側の神を見つける事があっても、相手の領地の境界まで送り届けてあげたり、平和にやっていたらしい。
だって、相手側に神が居なければ、最大のイベントである戦争が出来ないんだから。
だから、相手の神がこちらに神が生まれる瞬間を狙って、いきなり子供狩りを始めた時は、皆に衝撃が走ったらしい。
集団戦を楽しみにゲームしているのに、ただ領地だけを奪うだけって何がしたいの?って、皆疑問に思っていたのだから。
このままゲームオーバーでリセットさせるのが目的?
でもなんで?
もしかして、相手はギフトの内容を知ってるのかな?
よほど良い物を貰えるとか?
それとも、皆が楽しんでいる物をぶち壊してやろうという破滅主義者?
とか色々憶測を呼んでいるらしい。
「それにいつもやられていたのは人間の落ち度。」
アルギネが冷たく言い放った。
卑怯だなんだと規約に無いローカルルールを勝手に作って、それを破られたからと言って、それは感情論でしかなく、ゲーム内において規約違反行為ではないのだ。
アルギネの持論では、ローカルルールはルールではないという主張らしい。
例えば、MMORPGによく見られる傾向として、狩場やレアモンスターの独占権利とか順番待ちとか、人が落としたアイテムは拾っちゃいけないとか、PKした奴はネットで叩いてやろうとか、結構プレイヤー側が勝手に決めたルールが蔓延していて、初心者が面食らう場面が良くある。
フィールドにおいて、PKというプレイヤー同士の殺害行為が出来るゲームがあったとする、というかあるんだけど、規約で禁止されていない以上、やってもかまわないのだ。
ただし、それをやるとシステム上のペナルティ、つまり、ガーディアンとかのNPCに狙われて殺されてしまうとか、村に入れないとかのペナルティを食らうけど、それを自分で知って行う分には自己責任において全く自由なのだ。
寧ろ、そういったプレイヤー自体が作り出す災害やモンスター以外の脅威は、ゲーム内にある種の緊張感を齎す。
腹を立てたプレイヤー同士が仲間を集めて討伐隊を組織するも良し、自警団を組織するも良し。
寧ろ彼らは、個人または集団で悪者をあえて演じて、娯楽を提供しているとも言える。
ある意味そのゲームを人一倍愛しているとも言えなくもない。(まあ、そこは本人にしか分からないけどね・・・)
運営は、そういったプレイヤー自ら作り出すハプニングやイベントを期待して、規約にある程度わざと穴を開けているとも言える。
プレイヤーが勝手に、殺し合うのは止めましょう、平和に暮らしましょうとローカルルールを決めて、ほのぼのとしたゲーム内世界を作ってしまうのは、運営の意図した所ではない。
それがぬるいと考える人が居てもおかしくは無いのだが、集団の同調圧力で認められない場合は多い。
このゲームは、敵もプレイヤーキャラクターだという点で、運営のそういったプレイヤーが作り出すハプニングやイベントに特化した、寧ろそこを全面に押し出したタイプのゲームだと言える。
電車やバスの順番待ちで、誰が決めたとか無しにきちんと整列して待つ風景は、日本人の特徴としてよく知られているが、皆が仲良く等しく利益を分配して、争わず平和を享受しようという考えは美徳でもあるけれど、PvPメインの戦争をテーマにしたゲーム内でそれをする必要はあるのか?
あえて娯楽として殺伐としたゲーム世界に飛び込んでいるのに、何故そこに文明社会のルールや常識を持ち込むのさ?
という考え方らしい。
どこかの無双するゲームみたいに相手がNPCなら平気で殺しまくるのに?
相手が心の宿っていないNPCならこちらの心が痛まないから?
あえてそういう殺伐としたゲームを遊んでいるのに?
というのがアルギネの主張だった。