子供の喧嘩?
「そんな事言って安心させといて、私が勝っちゃったら全員で襲いかかってくるなんて事は・・・」
「ナイナイ、絶対に無いから」
「そんなみっともない真似しないよ」
「私は別にどっちでも良いわよ?」
「こんなの今のうちに捻り潰しておけば良いんだよ」
カオスあっち側に居た二人、ドライすぎでしょ。
あっちはそういう価値観の社会なんだ。
「お互いにこの体の性能とか、闘い方とかよく分かってないでしょ?
だから、良い機会だから、模擬戦やってみない?
今なら死んでも復活出来るみたいだし。
どっちが勝っても、お互いに恨みっこ無しで。」
「あなたが勝ったら、ドローという事にしてあげるわ。
逃げて戦闘を離脱すれば、追いかけないから。
それでいいでしょう?」
「わ、分かったわよ。約束は絶対守ってよね!」
「魔王に誓って。」
アルギネは右手をチョキにして、鼻の所に当ててそう宣言した。
戦闘開始の合図と共に、ボクとラケルは拳法の型のポーズを取った。
どうやら二人共、格闘家の様だ。
ボクは内心、ラケルが魔法使いじゃなくてホッとした。
お互いに武闘家なら、ドラゴンボールみたいに戦えるから。
「えーい!」ペチッ。
「たー!」コツン。
どうもアニメみたいにはならない。
どう見ても子供同士のじゃれ合いにしか見えない。
その様子をアルギネとアーサーは、近くにある岩に腰をかけて、荷物袋から取り出した携帯食を齧りながら見物している。
まるで、公園でじゃれ合っている姉妹を暖かく見守る若夫婦みたいな雰囲気になっている。
ヘクターはというと、アストラルボディ状態の相手に追っかけ回されている。
「アタタタタタタタ!」
「オラオラオラオラオラ!」
ペチペチペチペチ
コキコキコキコキ
「ちょっとタンマタンマー!
痛い!手ー痛い!骨を直に殴ってるから!」
「わははは!ダイスケ破れたりー!」
肉というクッションの無い骨を、素手で直に殴れば手の方が痛いに決まってる。
この勝負、ボクの方が分が悪いよ。
優勢と見たラケルは、左腕を方から外してヌンチャクの様に振り回し始めた。
「ちょ、それ!ずるいでしょ!」
「自分の体なんだから、反則じゃないわよ。」
ボクは攻撃を止めて、回避に専念するしか無くなってしまった。
「おーい、ダイスケ!武器使えよー!」
「武器なんて持ってないよー!?」
「そこら辺に落ちている棒切れを拾って使っても良いし、石拾って投げても良いのよ。」
「えっ、そうなんだ?」
まじですか!?そこまで自由設計になってるの、このゲーム?
逃げて距離を取るついでに、試しに足元に転がっていた拳大の石を拾って投げつけてみた。
「きゃっ!」
石はラケルの右手首あたりに当たって、左腕ヌンチャクを落とした。
「ちょっとー!物投げたら危ないでしょ!!
それから、そこ!ギャラリーは手助けしない約束よ!」
「手助けなんてしてないし、ちょっとアドバイスしただけでしょ。
それに、テニスやゴルフじゃあるまいし、コーチングが違反なんて約束した覚えは無いわよ。」
「なんか、ずるい感じするから禁止ー!!」
「でも、そっちだけ武器あるのずるくない?」
「ずるくない!ずるくないのー!!自分の体なんだからぁ!!!」
なんだろ?ラケルの中の人は本当に子供な気がしてきた。
アルギネもいちいち煽らなければいいのに。
でもどうしよう・・・逃げ回ってばかりじゃ勝負にならないし、徒手空拳のスキルが育っていない事には攻撃手段が皆無なんだけど・・・
何か使える物は無いかなとアイテムボックスやメニューパネルを開いたり閉じたりしていて、ある事に気が付いた。
「!・・・あっ!!」
急に声を出したので、今まさに殴りかかってこようとしたラケルを一瞬怯ませて、偶然攻撃の手を止める事になった。
「アルカナが使える!」
皆の注目を集めてしまった。
「おう、使えるぞ?
巻き戻しで戻るのは、肉体年齢とステータスのパラメーターだけだ。取得スキルはそのまま使えるぞ。
もっとも、パラが下がっている分、威力も下がってはいるが。
さっきの俺のブレス見たろ?あれも本当はもっと成長してからじゃないと使えない技だ。」
「バカヘクター!人の話聞いてたの!?」
ヘクターが、今さっきの話しを聞いていたにもかかわらず、どんどんアドバイスしてくる。
やっぱり、リアルでカオス選ぶ人はやっぱり素の性格も・・・
・・・なんか、何も言ってないのにアルギネに睨まれたような気がした。
「よーし、ワン・ハンドレッド・バースト!」
「ちょっとー!!」
ラケルは何か言いかけたが間に合わない。
【100 Burst バースト】
五芒星の魔法陣が背景に現れる。
「ひっ!」
思わず身を竦めるラケル。
ペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチ
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「「「・・・・・・」」」
無言になるボクとラケル、そしてギャラリーの皆さん。
威力ねー!
なにこれ、手が痛いだけこっちがダメージ負ってるし。
「は・・・ははっ。ちょーっとビックリさせるんじゃないわよ!」
ラケルの骨ヌンチャクが飛んでくる。
ちょっと反応が遅れて、右頬を骨の先端が掠った。
「痛ー。」
「ふ・・・ふふふ、あははははは。」
ラケル調子に乗る。
そりゃあ、放って置いても勝手に怪我していく、自分の攻撃で勝手にライフが削られていく、おまけにこちらの攻撃がちょっとでも当たれば大ダメージで勝利確定となったら調子にも乗りますわ。
「ダイスケ破れたりー!
そもそも、有効なスキルも無いのにアンデッドと素手で殴り合いで勝てると思うほうがどうかしてますわ。」
「アンデッドには打撃攻撃が効果有るんじゃなかったのー?」
「それは、もっと成長して有効打が与えられるようになってからの話ですわー。」
ラケルさんたら、それはもう嬉しそうに骨ヌンチャクをブンブン振り回していらっしゃいます。
一方、ボクの方と言ったら有効な攻撃手段が無いままに逃げ回るばかり。
勝利を確信したラケルは、嬉々としてボクを追いかけ回している。
アーサーとアルギネは、やれやれという風にその光景を眺めるばかり。
「あっ、そうだ!石、石!」
足元に転がっている手頃な石を幾つか拾うと、ラケル目掛けて投げつけた。
しかし、ラケルはひょいひょいと簡単に避けてしまう。
「ふふん、最初は驚いたけど、そんな遅い物よく見ていれば簡単に避けられますわ。」
「えーい!」
ポイポイポイ!
ひょいひょいひょい。
なんだろう、この緊張感の無い攻防。
「えーい!ワン・サウザンド・アクセル!」
【1,000 Axel アクセル】
もう一つのアルカナのゲージが溜まっているのを確認したボクは、迷わずボタンをクリックした。
これは唯一・・・コカトリスのヘクターにダメージを与えた必殺技なのだから。
といっても、ほんのちょっと削っただけだけどね。
突如ダイスケを中心に巻き起こる、オレンジ色の竜巻。
ラケルに突進して来るオレンジ色の回転ノコギリの様な旋風。
所謂、鎌鼬と呼ばれる現象を引き起こす。
鎌鼬は、旋風の中心が真空になり、それによって皮膚が切れると思われていたが、実際は強い強風により巻き上げられた砂や小石、木の葉や枝等の物体が高速で当たって怪我をするというのが真実の様だ。
実際、ダイスケの巻き起こす旋風は、足元の砂や小石を巻き上げ、それが高速で回転するグラインダーの砥石の円盤の様に相手の体を削って行く。
巻き込まれた敵は、全身の到る所が深い擦り傷の様に細かく削られ、血まみれの状態になってしまう、なかなかにエグい攻撃だ。
そして、ダイスケの技の中で比較的汎用性があり、効果も高い攻撃の一つだ。
それに巻き込まれたラケルは、その突風の凄まじさに思わず骨ヌンチャクを手放してしまった。
手放したと言うよりは手からもぎ取られてしまった。
これが勝敗を決した。
ラケルは己の武器を決して手放すべきではなかったのだ。
自分の武器が自分を攻撃する凶器となって襲ってくる。
骨ヌンチャクの打撃で左膝が砕け、飛んでいった骨が再び戻ってきてラケルに襲いかかる悪循環。
ダイスケの回転が止まるまで延々とラケルの体を殴打して行く・・・
数分後、地面には手足をもぎ取られ、肋骨にヒビが入り、虫の息となったラケルが横たわっていた。
「くっ・・・殺せ!」
「そんな事しないってば!」
ボクは散らばってしまった骨を集めて来て、組み立てて、アルギネにヒールの魔法をお願いした。
「トドメを刺したいのね、任せなさい。」
アルギネ、絶対わざと言ってる!
「違う違う!!治してあげたいの!」
ラケル泣いたり笑ったり。
確かに、アンデッド系に回復呪文はダメージになるんだっけ。
じゃあ、アンデッドを治すのはどうしたらいいのかな?
「それなら、リペアの魔法ね。」
物なんかを修復する魔法らしい。
それでラケルを完全ではないけど修理して、最初の約束通り引き分けという事で試合は終了した。




