勝敗の行方
ヘクターは人型に戻った。
「しかしこのまま回避し続ければ、あるいは・・・」
「でも、回避能力ばかり高くてもなー。」
「攻撃力無いしねー。」
「防御もかなりあやしい。」
傍観者3匹の分析もほぼ同じ様だ。
人型に戻ったヘクターは、徒手空拳で戦いを挑んだ。
決してヤケクソになった訳では無い。
ヘクターには有る考えが有ったのだ。
右腕を失ってはいるが、後頭部の触覚は、鞭の様に不測の方向からの攻撃を可能にする。
しかし、ヘクターの連続攻撃をダイスケは華麗なステップで全て避けた。
(何だコイツ・・・まさか戦闘中にスキルを獲得しているのか?)
踊る様に軽やかにバク転で距離を取るダイスケに対し、ヘクターはちょっとイラッと来たが、すぐに平静を取り戻し、逆にダイスケを挑発するように左手で手招きをした。
「こいよ」
ダイスケは簡単に挑発に乗り、もう一回【1,000 Axel】をぶち当ててやろうと考えた。
回転中に回し蹴りを入れる事を思いついた。
「バカ!挑発に乗るな!」
既にアルギヌの忠告は聞こえていない。
ヘクターが人形に戻ったのは、まさにこの時を待っていたのだ。
回転ノコギリの様なオレンジ色の竜巻を防御姿勢で耐え、チャンスを待った。
そして、意外な程早くそのチャンスはやって来た。
回し蹴りの当たるタイミングをカウントし、次に足が来るであろう所にそっと左手を置いて掴む。
狙ったかのように手のひらにダイスケの足首が収まった。
回転は止まり、ダイスケの右足首を掴む事に成功したのだ。
わざわざ回し蹴りを入れてくれる事までは想像していなかったが、服でも腕でも何処かを掴めるなら良しと目論んでいた。
しかし、それ以上に掴み易い足を差し出して来てくれるとは。
あまりの思う壺に、思わず顔がニヤけてしまった。
空中でさえブレスを避けてみせたダイスケだが、掴まれてしまったら最早回避する事は不可能であろう。
そのまま棒きれでも振り回す様に、中心柱へ叩きつけ、その反動を利用して今度は地面へダイスケの体を叩きつけた。
ライフゲージはその一回のダメージでおよそ三分の一ずつ減っていく。
後一回でゼロになってしまうという所で、ヘクターを取り囲む空中にアンカー付きの鎖が出現し、ヘクターの体を縛り上げた。
鎖の先に付いているアンカーが地面や柱の壁に突き刺さり、ヘクターを身動き出来ないように固定する。
それと同時に、地面に叩きつけられて跳ね上がったダイスケの体を取り囲むように防御魔法と、前面にシールド魔法が展開する。
「3魔法同時詠唱!」
レイスは驚いた。
同じ魔法を使う者として、魔法の同時詠唱はかなりの高等技術だという事を知っているからだ。
まして、それが3つとなると、どれほどの研鑽を積めば可能になるのか・・・
「マナが足りない・・・せめてもう少し魔力が残っていれば・・・」
アルギヌは、悔しそうに言った。
石化前にアーサーに残りのマナを全て渡してしまっていたので、今は解呪後に回復した分の僅かなマナの量しか無いのだ。
ヒールをかけてあげられる程の余裕も無い。
マナの消費が少ない補助系魔法を放つのが精一杯だったのだ。
これがアルギヌに今出来る精一杯の魔法だった。
ヘクターは蜘蛛の巣でも払うかの様に縛鎖を引き千切り、即座に攻撃態勢を取った。
ヘクターにとってはこの程度の拘束魔法は全く効きはしない。
だが、魔法発動の一瞬の間に防御姿勢を取らせる事によって、ダイスケの足から手を離させる事には成功していた。
一体どんな体の構造をしているのか、左手がドリルビットの様に回転している。
指の鉤爪を伸ばし、魔力も乗っているのかも知れない。
エフェクト効果が地味なので、一見なんという攻撃でも無い様に見えるかもしれないが、結構威力が有りそうだ。
アルギヌのシールドや防御魔法は簡単に貫かれ、ダイスケに止めを刺されてしまうのではないか、そんな嫌な予感が一瞬過ぎったのだが、その時驚くべき事が起こった。
アルギヌのシールドの前方に幾重にも多重に、それぞれ違った魔法による物と見られるシールドが展開していったのだ。
ある物は聖なる盾の様であり、ある物は炎の渦の様な、あるものは鉄格子の様な、また有る物は雪の結晶、そして最後には生きたドクロの顔が埋め込まれた様な不気味な造形の物が。
「お前達・・・」
アルギヌが見回すと、そこには人間魔物問わず全ての魔法術師が協力して、全員ダイスケに向けて援護の魔法を唱えている姿が有った。
聖魔法盾は、クレリックが数人がかりで詠唱する集団構築魔法だ。
防御力は城壁の盾以上と言われている。
「でも、最後のキモイの誰の?」
一人の空気を読めないクレリックがそう言った。
一番端で頷いていた女性クレリックが、ふと反対側に目をやると、そこに居たのはリッチ。
魔物のアンデッドの中でも最高位最強の魔法使いと言われている、アンデッドの王リッチが居た。
頭の上に妖精を遊ばせているかの様に人魂を舞わせ、醜悪な笑顔で女性クレリックにピースサインを送って来た。
「・・・・・・ひっ!・・・きゃああああああ!!」
大空洞内に絶叫が響き渡った。
ヘクターの螺旋錐拳は、紙でも貫くかの様に、大した抵抗も無く多重に貼られたシールドを次々と貫通して行く。
最強の聖魔法盾でさえ、まるで紙切れ同然だった。
しかし、それだけの数のシールドを抜いた事で、流石に威力は減衰したのだろう。
最後のアルギヌの防御魔法を砕いた所で、防御姿勢を取ったダイスケを吹き飛ばすのが精々だった。
空中高く吹き飛ばされたダイスケ。
このままでは反対側の岩壁に激突してしまう。
「ど、どうしよう・・・」
ダイスケは焦ってアルカナのパネルを開いた。
【1】と【100】と【1,000】のゲージが溜まっている。
【1】を押すつもりだったが、腕が震えてカーソルが滑り、3つともクリックしてしまった。
「うわわ!!」
目の前に壁が迫って来る!・・・と目を閉じた時。
不規則に回っていただけのダイスケの体は、オレンジ色の竜巻に包まれ、体の軸を中心に回転を始める。
足から岩壁に着地すると、今まで飛んで来た倍以上の速度で元来た方向へ跳ね返る。
落雷の様な轟音と共に、背後の岩壁に亀裂が走った。
突き出した右手の先には九芒星の魔法陣が出現し、通常分散して発射されるはずの【100 Burse】百烈拳は、進行方向伸ばした腕の前方一点に統合された。
ヘクターも即座に先程の螺旋錐拳を構え直し、渾身の力を込めた両者の必殺パンチが激突する事になる。
両者が衝突した瞬間、物凄い閃光が発生し、二人はそれぞれ反対方向へ弾き飛ばされた。
ダイスケは、地面で3回バウンドし、反対側の岩壁にめり込んだ。
ガラガラと岩の破片が落下し、ダイスケはズルズルと地面に崩れ落ちた。
倒れたままピクリとも動かない。
ダイスケのライフゲージを見ると、青色のゲージは無くなり、黒い背景が見えるだけ。
残りライフはゼロになっていた・・・
いや、よーく見ると、1ドットだけ青いバーが見えた!
その時、左手がピクッと動いた。
まさに満身創痍という姿だが、なんとか両手を突いて上半身を起こす事が出来た。
「はあ、はあ、はあ・・・・・・」
息も絶え絶えだ。
ダイスケが顔を上げて見たその先には、中央柱に刻まれた渦模様と巨大な拳のめり込んだ様なへこみ跡。
ヘクターはその中心にめり込んでいた。
「うおー!やったー!!」
アーサーやアルギヌはもとより、敵味方問わずその場に居た連中の全てが歓声を上げた。
「ふう・・・、もうダメ・・・・・・」
ひと仕事を終えた後の様に、ダイスケはその場にへたり込んでしまった。
暫く地面の冷たさを感じていたい。そう思ったのだが、すぐさま異変を察知して顔を上げる。
壁にめり込んでいたヘクターが、体を起こし、地面に降り立ったのだ。
頭の触覚、左足も既に吹き飛んでいたが、確かにまだ生きている。
右腕、左足、触覚を失った無残な姿だが、ライフはまだ残っていたのだ。
ダイスケにはライフはもう1ドット程しか残っていない。
立ち上がって転んだだけで絶命してしまいそうな程の重症なのだ。
「くそ!なんて硬い奴だ!」
アーサーは忌々しげに呟いた。
「キ・・・サマ・・・ら・・・」
ヘクターは残った左腕と右足だけで、体を引きずる様にダイスケに向かって歩き始めた。
絶体絶命だ、誰しもがそう思った時にそれは起こった。
中央柱の頂上に安置されていた6メートルものサイズの太陽石が、度重なる衝撃によりそれを支えていた岩石が崩れ、落下して来たのだ。
ヘクターに向かって。
一瞬の出来事だった。
ヘクターは避ける間も無く、その巨大な太陽石に押し潰されてしまった。
「おお・・・」
皆に動揺が広がる。
本当にヘクターのライフがゼロになり、完全に消滅するのを確認するまでは絶対に安心出来ないという疑念が湧いていたのだ。
案の定、ヘクターはまだ生きていた。
超重量の太陽石の下敷きになってなお、腕を伸ばして太陽石を退かそうと藻掻いている。
その時アーサーはとっさに閃いた。
「起爆しろ!!」
その声に弾かれる様にダイスケの体は宙に舞った。
空中で体を捻り、太陽石の上に着地すると
「爆発しろ!太陽石!!」
拳で太陽石を殴った。
ダイスケの言葉に答える様に、太陽石は発光する。
およそ200年分溜め込んだ大量のマナを爆発力に変えて、太陽石はその破壊力を開放する。
見た事も無い様な爆発のエネルギーは、その破壊力の全てをヘクターの体に叩き込む。
ヘクターの体は粉々の粒子にまで分解され、空間に消えていった。
「いやったーい!!」
今度こそ、皆は今度こそ完全勝利を確認し合った。
光の消えた太陽石の上のダイスケは
「これでやっとキャラ作り直せるよー・・・へへ・・・・・・うわっ!」
不安定な角度で立っていた太陽石が中央柱の方へ倒れ掛かって止まった。
「いったー・・・」
ダイスケはしこたま鼻をぶつけてしまった。
起き上がって鼻を押さえながら周囲を見回すと、無数の光の粒子が舞っていた。
何だろうとよく見ると、ギャラリーに居た者達に加え、最初の戦闘で死んだ大勢の兵士達の魂、アストラルボディーがダイスケを取り囲んで大賞賛をしてる所だった。
大歓声が空洞内に何時迄も鳴り響いていた。
ダイスケはそれに腕を上げて答えていた。
その姿を遠巻きに見ているアーサーとアルギヌ。
「さて、これからなんて説得しよう?・・・アルギヌ・・・頼むよ」
「嫌よ」
にべも無し。
「アーサー、人間の仕事は人間がやりなさい。」
アーサー、取り付く島も無し。




