第40話 聖女
赤く燃え立った溶岩をずっと眺めていたせいだろうか、目が眩み頭痛がする。あのいつもの何処かへ逃げ出したいという心情が私の胸を占拠し始めた。ただ、今回は激烈なものではなく、ただどうしようもないという、どんよりとした心持ちだった。
クリスさんを救えなかった……
ドラファレスの街も多分救えない……
遠くでは、溶岩がドラファレスの街のそばまで押し寄せていた……
あの街には人々の生活があり幸せがある。もう手遅れかもしれないけれど、それでもなんとかしてあげたい。ドラファレスの街を救いたい
私は必死に考える。
溶岩を止めようとしていた時、カイン様は魔の法だけでは不足だと言った。
つまり私が聖女の記憶を取り戻し、力を使えるようになればドラファレスは救えるのか?
父は聖女が誕生するような国難は数が絞られると言っていた。
逆に言えば、カイン様だけでは対処しきれない国難であっても聖女がいればなんとかなるということか?
どうしたらいい?
私に何ができる?
聖女の記憶はどうしたら手に入る?
もしかしてと思って、逃げ出したくなるこの感情を抑え込み、目を閉じる。そして、クリスさんを救った時に感じた全てを愛おしいと思う気持ちを思い出す。すると、私の感情の中に明らかな異物が入り込んできた。また逃げ出したくなるが、それでもなんとか耐えて、その異物を愛おしいという感情で包み込む。
「やっとですか……」
声がした方を向き目を開くと、そこには少女が立っていた。金髪を後ろでまとめて前髪はヘアピンでしっかり止められている。鏡で見慣れている私の姿だ。
ただ、見えるけれども存在感は全く無いし、なにより瞳が闇に覆われていて見えない。見た目から言ったら、お世辞にも聖女とは思えないが、この少女が聖女であると私は確信していた。いつも逃げ出したくなる感情はこれだったのだ。私は深層心理で聖女と向き合うことを避けていたのだろう。
「お願いです。力を貸してください」
私の願いに、聖女はフッと笑った。
「散々逃げ回っておいて……まあ、いいでしょう……跪きなさい」
そういうと聖女はゆっくりと私の方に歩いてきた。私は言われるがままに跪く。
「ならん。レイチェル!」
カイン様が聖女の前に立ち塞がる。
「なぜ邪魔をするのです? 私の力が必要でしょうに……」
不思議そうに尋ねる聖女に向かってカイン様は言い放つ。
「まだ、諦めた訳ではないわ。汝はそこで見ておれ」
そういうと、カイン様の周りを魔力が急激に凝縮したような風が旋回し始めた。鋭い雷光がカイン様を照らしたかと思うと、辺り一帯が豪雨になる。流れて行く溶岩の上にも雨が降り、水蒸気が発生し始めた。
「私の力が不要になる訳が無いのに……」
その様子を見ていた聖女が微かに呟くのが聞こえた。




