第38話
また、訳が分からなくなった。
今、私たちがカイン様だと思っている、この人は魔王なのだろうか?
実はアン様はカイン様が魔王であることを見抜いて刺客を差し向けたのだとしたら?
だとしたら、私はアン様を助けるべきなのかもしれない。まあ、助けると言っても何が出来るわけでも無いが……
確かに刺客たちは、カイン様を襲っているだけで私を襲ってはいないのだ。
ただ、そうすると、父の研究は間違いだったということになってしまうなあ……
うーん。そうかもしれない。父はオッチョコチョイだからなあ。
そんなことに悩んでいる間にも、戦況は悪くなっていた。
魔法を封じる魔香をはじめ、武器は細身の剣だけにして奪われても問題無いようにするなど、カイン様対策がしっかり練られているためだろう。カイン様は奮闘するも、それでも徐々に劣勢になっていった。
もはや、カイン様は奪い取った細身の剣を使うことは諦めて、素手で戦っていた。主に掌底で兵たちを吹き飛ばしているが、すぐにカバーの兵がそこを埋めてくる。そして、細身の剣を呼吸を合わせて突いてくるのだ。堪らずカイン様は後退する。
部屋の片隅に追い詰められ、まさに絶体絶命というとき、白い影が現れた。クリスさんだった。
「カイン様、レイチェル、大丈夫ですか!?」
クリスさんは私たちを背に魔法を唱え出すが、やはり発動しない。
「なるほど、これですか」
クリスさんは床に置いてあった魔香を拾い上げると、なにやら魔法を唱え始めた。普段のクリスさんが魔法を使うときは異なり、すぐに苦悶の表情になるが、それでも唱え続ける。
「クリス! 止めなさい!」
アン様がクリスさんに命じるが、だがクリスさんに止める気配は無い。
魔香に魔力を送り込んでいるのだろう。魔力がクリスさんの周りで高まっていくのが良く分かる。それと同時にクリスさんの周りを黒い霧が漂い始めた。あのときと同じだ……
このままでは、クリスさんは正気をまた失ってしまう……
前回のように助けられるだろうか……
「クリスさん、止めてください」
「大丈夫……私も研究をしている身……前回のようにはなりません」
私のお願いにも、クリスさんは無理矢理に笑みを浮かべてみせた。
「だが、それ以上続ければ、汝の体が保たんぞ」
「この私の得意分野である魔道具の勝負で負けたとあっては、宮廷魔術師の肩書きが泣きます」
カイン様も制止するが、クリスさんは聞かない。
そのとき、カイン様に隙ができたのだろう。そもそもカイン様は私を気遣って戦っていたのだ。そこにクリスさんまで来て守りきるのは無理があったのかもしれない。兵が突き出した細身の剣がクリスさんを貫いた。
と同時に、クリスさんは更に魔力を込めたのだろう。とうとう魔香が粉々に砕け散った。少し遅れてカイン様が当て身で兵を壁まで吹き飛ばすが、クリスさんを貫いた細身の剣を伝い、クリスさんの真っ赤な血が床に止めどなく流れ落ちる。
「クリスとやら、汝の努力は無駄にはせんぞ」
今度はカイン様が魔法を唱え始める。あたり一帯を制圧するような魔力の高まりに、完全武装の兵たちも後ずさる。
その隙に、私はクリスさんの傍に駆け寄った。崩れ落ちるクリスさんを床に激突する前になんとか抱き止める。
「大丈夫ですか!?」
「正気を保てているか、という意味なら大丈夫ですよ……前回のように正気を失ってはおりません」
そういうとクリスさんは、私を安心させるかのように、弱々しい笑みを浮かべた。だが、クリスさんの出血は想像以上の勢いで、呆然とするしかない。
「そんな顔をしないでください。もともと前回失うはずだった命。いつ捨てても後悔はありません。それに貴女のために命をかけられるのなら神に感謝したいほどですよ……」
「私のために……?」
「貴女が現れてからの私の生活は色がついたようでした……この白い髪のように淡々と流れていく日常が当たり前だと思っていたのに……それに貴女はこの髪を銀髪だ、綺麗だと言ってくれた……」
そんな感謝など絶対に要らない。私はクリスさんを助けたい。
聖女の力でなんとかならないか……そう考えて前回の詠唱を真似てみる。あのときの胸が締め付けられるような悲しさ、それらを跳ね除けんとする強い意志、そしてそれら1つ1つが愛おしいという気持ちを思い出しながら……
だが、何も起こらなかった。いや、起こりようがなかったのだろう。何故ならクリスさんの体は呼吸をすることを止めていたのだから。
呆然とするしかない私の耳に、大きな獣の咆哮のような音が聞こえた。




