第35話 結婚前の儀式
カイン様に結婚を申し込まれた。カイン様は片膝を大地に着いて、私に微笑みかけている。
「どうした? 嫌か?」
「そんなことはございませんが……」
いきなりどうしてこうなった?
ふと、周りを見回すと、満面の笑みのアン様と、呆然としているアルベルト様が目に入った。
「ええと……父と母に相談してからでも構いませんか?」
「もちろん、構わんよ」
と、カイン様は金色の瞳を細め、余裕に満ちた笑みを浮かべた。
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このことを相談してみたら、父も母も喜ぶ喜ぶ。私の意見を聞く前に結婚は決まってしまった。
王族との結婚となれば家具やら衣装やら準備が必要で、通常の家なら破産ものだが、母は父と結婚して平民になったとは言え、母の実家は男爵家でも裕福な方だ。今回は母方の男爵家が全面的にバックアップしてくれることになった。
カイン様から様々な贈り物が届き、我が家はどんどん狭くなる。そこに新婚生活のための家具も入れなくてはならないのだから大変だ。
その間にも、見たこともないような親戚たちが現れては、挨拶をして行った。
王家との繋がりが出来ればいいなと思ってのことだろう。もちろん、母方の男爵家の方には家族で御礼を言いに行った。父は相当渋っていたが……
なんでも男爵家の方では、父は母を拐かしたペテン師扱いされたことがあるらしく、父は男爵家が大嫌いなんだそうだ。
確かに男爵家に行った記憶は無い。私が幼い頃、私は母に連れられて男爵家に行ったことがあるという話なのだけど、記憶には全く無かった。私の祖父にあたるノースウッド男爵は実に柔和で、父と喧嘩しそうにはなかったけれど……
祖母にあたるノースウッド夫人には、折角だからと、お茶会に誘われ、父と母の話をたくさん聞かされた。ノースウッド夫人も高齢なので同じ話の繰り返しが多いのだけれど、私はお年寄りの話を聞くのが好きなのだ。
ふんふん、と相槌をうちながら、話を聞いているとすっかり遅くなっていた。
それにしても、結婚式前の儀式が多い。なんだか良く分からないが、カイン様からの使者を我が家で歓待したり、私が書いた手紙を使者の方に渡したり……
これらがいちいち、しきたりとして決まっているというのだから、ご苦労様だなあと、他人事のように思ってしまう。
さらに婚前の儀式のクライマックスとして、山の中腹にある無人のチャペルで、新郎新婦が夜を過ごすというのがある。
そこで、結婚に異議がある者はチャペルに乗り込むという設定になってはいるのだが、そんなことをする人はいないし、警備兵が山のふもとから侵入者を見張るので、興味本位で覗きに来るような輩はそこで排除される。
所謂、古からのしきたりというやつだ。
それに、無人のチャペルと言っても、昼間に使用人が来て、掃除や料理をしていってくれるので、何も不自由は無いという話なのだが……
夜、チャペルに入ると既にカイン様は中で待っていた。実に嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべている。なんでこの人を魔王だと思っていたのかなあ、と不思議に思った。
「レイチェル、こちらに来るが良い」
カイン様に促されるままにチャペルの2階に上がると、大きな窓から外が見えた。
「綺麗……」
チャペルからの夜景は本当に綺麗だった。ドラフォレスの街がキラキラして、なんだか、大きな玩具箱のよう……
カイン様の方をそっと見ると、厳しい表情で山道の方を見ていた。




