第25話
曲調が変わり、スローな曲になった。ダンスもそれに合わせてスローになる。
「気づかれたようだな……」
私を抱きしめるようにしながら、私の耳許に、魔王が掠れ気味の声でささやく。
魔王もクリスさんがこちらをジッと見ていることに気づいたらしい。多分、クリスさんは今夜のパーティの警備も兼ねているのだろう。姿を偽る魔法を使っている人間がいれば警戒するのは当たり前なのかもしれない。
「クリスさんですよね……」
「ああ、余の魔法に気づいておるな。余の正体までは気づいておらんと思うが……」
「騒ぎになる前に消えた方が……」
そこで魔王は、私の体を離し、フッと笑う。魔法で人間に見えるようにしているという話だったけれど、いつも通りの魔王にしか見えなかった。他の人たちにはどう見えているのだろう?
そしてまた私を抱きしめて、甘くささやく。
「余が本気になれば、クリスとやらを誰にも気づかせずに、この場から消すことなど造作も無いぞ……」
ダメだ。やはり、この人は魔王なのだ。今まで被害が無かったのは偶然でしかないのだろう。
「体に力が入っておるぞ。それほど嫌か……」
魔王の声は少し悲しそうで……
少し迷ったけれど、黙って頷く。
「そうか……ならば消えるとするか……」
「ごめんなさい……」
「謝ることはない……」
魔王がそう言うと、夕日に照らされてキラキラ輝いていたシャンデリアが光を失い、大広間が一瞬、暗闇に包まれた。演奏が止まり人々がざわめく。が、すぐに明るくなった。
そのときには魔王はいなくなっていた。
楽団の人たちも、気をとりなおして、演奏を再開したが、ダンスを再開した人は多くない。おかげで、魔王がいなくなって踊る相手がいない私もそれほど目立たずに、踊る場所から離れることができた。
「大丈夫でしたか?」
クリスさんが寄って来る。魔王の話を素直にして騒ぎが大きくなるのもアレかなあと思って、誤魔化すことにした。
「急に暗くなってビックリしましたね!」
「いや、そうではなく……」
「嵐でも来るのでしょうか?」
うん。誤魔化せたと思う。
なんとなくクリスさんは不審そうな顔をしているけれど、きっと大丈夫!
「何か飲み物を持って来ますよ。何が良いですか?」
「ええと、ワイン……ではなく、ブドウジュースでお願いします」
「あれ? どうしたんですか?」
「警備中なのですよ……」
それではと、私はブドウジュースを2つウェイターさんから貰って、1つをクリスさんに手渡した。
「レイチェル、アタシは除け者かよ」
と、スージーがやってきた。
ああ、スージーの分を忘れていた。ごめんごめんと残りのグラスをスージーに手渡して、もう1杯もらい行こうとしたところ、クリスさんに引き止められた。
「良かったら私のをどうぞ。まだ口をつけていませんし……」
「いや、もう1杯いただいて来ますよ」
と、クリスさんを押し退けようとした瞬間、ブドウジュースが私のドレスにかかってしまった。
「ああ、すみません……」
白が基調のドレスなので、ブドウジュースの紫色はちょっと目立つ。替えのドレスも無いしどうしよう……
途方に暮れていると、侍女みたいな女性から、付いてくるように言われた。
はて?
なんだろう?
大人しく付いて行くと、大きな部屋に着いた。大きなクローゼットがたくさんある。
「好きな物を選ぶように、とのことです」
「これ、私が着て良いのですか?」念のため確認する。
「ええ」
侍女は頷いた。
1つずつクローゼットを開けて覗いてみる。どのクローゼットにも、たくさんのドレスが並んでいて、そのどれもが素敵だった。この中から1つを選ぶのは、むしろ拷問に近い。そう思わずにはいられないほどの素晴らしいドレスだった。
そうやって目移りしている私のそばで、さきほどの侍女が呟く。
「まったく、どれを着たって一緒でしょうに……」
あの……聞こえてますけど……
まあ、侍女にも他に仕事があるのだろうから、早めに選んであげるべきかな?
でも、このラインナップを前にして即断即決は難しい。
そう悩んでいるところに、アン様が現れた。
アン様は侍女の顔を覗き込むようにして言う。
「これは私の我が儘。許してはくれないかしら?」
「許すなんて滅相も無い」
侍女は青くなって応える。さきほどの侍女の独り言はアン様にも聞こえていたらしい。
「冗談よ」
アン様は面白そうに笑った。




