第1話 出会い
「ほら。レイチェル、早く準備しなさい」
「は〜い」
朝から不機嫌な声をあげているのは、私の母のカサンドラだ。朝の準備中は特に機嫌が悪くなる。
「父さんが手伝おうか?」
「ああ、もう終わるから大丈夫!」
こちらが父のレイモンド、いつでも手伝ってはくれるが、要領が悪いので手伝ってもらわない方が早い。というか、もうすぐ準備は終わる。
「はい。終わりました。出掛けましょう。」
私は両親に言う。
「じゃあ、出掛けようか?」と父が言った言葉にかぶせるように、
「もう少し待ってて。」と母。
まあ、いつものことだ。母は準備に時間がかかる。母の髪は長く美しい金髪だが、残念ながら癖っ毛で落ち着かせるまで時間がかかる。お手伝いさんのジルが、櫛でとかしたり、蒸しタオルで湿らせたりして、なんとか落ち着かせるのだ。これに時間がかかると分かっているのだから私の準備はゆっくりで良いと思うのだが、怖くて言ったことはない……
なお、私の髪の毛も同じく金髪の癖っ毛なのだが、私は後ろで1つにまとめてアップにしてしまうし、それでも収まらない前髪はヘアピンで押さえつけるようにしている。美しいブロンドが勿体無いと言われるが、わざわざ癖っ毛を落ち着かせる時間の方が勿体無いと思う。
という訳で、暇になった私は台所に向かう。そこには、お手伝いさんのジルが作ってくれたサンドウィッチがあった。美味しそうだ。
材料が少し余っていたので、私も作ってみる。最近、ジルから料理を教えてもらっているのだ。パンを出来るだけ薄く切り、そこに厚めにバターを塗り、トマトやキュウリを入れる。完成だ。ちょっとトマトがはみ出てしまったが、きっとバターの塩とトマトの酸味がよく合うはずだ。
ジルのと比べてみると、やはりパンの薄さは段違いにジルの方が薄いし具材も均等に収まっている。この辺に料理のスキルの差を感じる。
「ふ〜む。」と眺めていると、
「じゃあ、それも包んでしまおうか。」
と、父が私のサンドウィッチも手提げ袋の中に入れてくれた。
まあ、あれは父に食べてもらえばいいかな?
暫くして、母の出発の準備も終わり、乗り合い馬車で王都の広場に向かう。長い冬がやっと終わり今の季節はピクニックに最適だ。ずっと暖炉とにらめっこしていたのだから、陽の光を浴びて食事ができるというだけで心が浮き立ってくる。
父と母も同じ気持ちらしく、笑顔になっている。良かった良かった。まあ、この両親同伴でピクニックというのも正直しんどいと言えばしんどいが……
なんとか、平穏無事に1日が終わりますように……
昔々のその昔、魔王が現れたり、世界中で戦争をしたり、大変だったそうだけど、現在ドラフォレス王国は平和を謳歌している。ただ、我が家に限って言えば、夫婦喧嘩という戦争が毎日のように繰り返されているのだけれど。
そんなことを考えている間に、また夫婦喧嘩が始まった。この夫婦に、誰か、喧嘩以外のコミュニケーション方法を教えてやってくれ……
たまらず、私は父が持っている手提げ袋の中から、膝掛けとサンドウィッチをいくつか抜き出すと、そっと避難した。夫婦喧嘩は娘も喰わないのだ。
広場の端っこまで来ると、座るのに丁度良い芝生があり、大きな樹で木陰になっている。この辺にしようかな。
大きな樹の下でノンビリしていると、少し寒くなってくるが、そんな時こそ、この膝掛けの出番だ。この膝掛けは私のお気に入りで、広げるとかなり大きくなる。これを折りたたんで、膝にかける。
これで良し。
男性が走ってきた。赤毛に近い金髪で、私の父の髪によく似ている。どこに行くんだろうなあと見ていると、なんと私の横に来た。
「ここに座って良いかい」
「はい?」
「ついでにその膝掛け、ちょっと貸してくれるかな?」
有無を言わせず、私は膝掛けを奪い取られた。
なんだ?
女性の膝掛けを奪い取るとは失礼ではないか。
その男性は、私の非難の目にも動じずに、膝掛けを広げて頭からすっぽり被ってしまった。
「きっと、僕を探して人が来るから、うまく誤魔化してね」
と、顔だけ出して言う。
うわ、美形。肌にシミなんか1つもなく抜けるように白い。輪郭も整っており女性だとしても美人の部類に入るだろう。それに短く切り揃えられた髪の毛は赤毛に近い金髪だけど、瞳は海のように深い青だった。
て、そうじゃない。なんで私が誤魔化さなくてはならないのだ?
「娘、ここを誰か通らなかったか?」
今度は騎士のような格好をした男性が来た。
さて、どうしようか……
普通に考えれば、私の膝掛けを被って私の横で寝っ転がっている男を、この騎士様に連れて行ってもらうの1択なんだけどね……
頼まれちゃったし、なんだか誤魔化してあげた方が楽しいことになるような気がした。
「はい。男があっちの方に行きましたよ」
「感謝する」
騎士様は私が適当に指差した方向に走り出した。
騎士様が行ってしまってから、膝掛けをツンツンする。
「もう、大丈夫ですよ」
「いやあ、ありがとうね」
悪びれずニッコリ微笑む、その男性の体は、意外にも筋肉質だった。
「なんで追われていたんですか?」
「君には全てを投げ出して逃げ出したくなるときない?」
「ああ、分かります」
私も両親の喧嘩から逃げ出して来ているからね。
「なんで、人は争うんだろうね〜」
「平和が一番ですよね〜」
「そう、平和が一番だよ〜」
なんだか、急に意気投合した。
「良かったら、食べますか?」とサンドウィッチを見せると、
「ありがとう!」とニッコリ笑って食べ始めた。
あ、それは父に食べさせる予定の、私が作ったサンドウィッチだった……
ところが、その男性は不恰好なサンドウィッチを食べ終わると驚くべきことを言い出した。
「美味しいね。君、うちに来なよ」
「うちって何処ですか? 大体貴方の名前も知らないのに……」
「あれ、分かってなかったのかい。僕は、第2王子のアルベルト=ドラフォレスだ。君をドラフォレス家の料理人として雇いたい。駄目だろうか?」