カビのはなし
初投稿でなんとなく。年末に窓を掃除しようとしたら水をかぶったのはいい思い出です。
大学が冬休みに入った。
俺はこれで何にも気兼ねすること無く、心の底からダラダラできると言う解放感いっぱいで大学を出た
………かったのに。
「なあなあ、一緒にバイトしようぜ!どうせ暇だろ?条件良いからさー」
厄介なヤツに絡まれたな、と心の中で舌打ちした。…いや、元々コイツ以外に俺に絡んでくる物好きはいないか。
「どうせ暇、とかお前、失礼過ぎだろ。(確かに予定は無いが)バイトならしないから」
それじゃ、と門に向かおうとする俺の顔にチラシを突きつけて、このいかにもファッション誌で勉強した様な服に身を包んだチャラ男はそのデカい声で尚も喋り続けた。
「良いじゃん良いじゃんー!働こうぜヒキニートー。年末年始の一週間だけだしさ」
ね、お願い!とか、余りに煩いから渋々チラシを受け取る。なるほど条件は良い。初心者歓迎。簡単な清掃です。時給1000円。…1000円か。少し心が動いた。でも少し。
「まぁ確かに良いかもしれんが、やっぱ俺は
えn」
「よし、決まり!あ、オレが応募しておくから、心配すんな!連絡来るから無視すんなよ!じゃあオレ予定あるから〜!」
砂埃とチラシを残して、俺をバイトに巻き込んで、話も聞かずにソイツは何処かに消えた。
……こうして俺の貴重な冬休みが一週間も減った。
初心者でも出来る単純な清掃。確かにそうだ。但し大変、と言う言葉が足りないと思う。
ビルの中で、カビだらけのトイレをタワシでこすりながら、俺は疲労と後悔を込めてため息をついた。
単純は単純だけどしゃがんだり立ったり、水を持って歩いたり荷物をどかしたりと、結構重労働だ。
俺に同調する様に隣のヤツもばああーって変なため息(?)をつく。
「あーーーーー!疲れたー!死ぬ〜!腰痛いよー寒いよー!」
コイツはエクスクラメーションマークを付けなきゃ喋れんのか?
「もうやだわ本当。なーにが楽しくて年末にカビと戯れなきゃいけないの?オレなんかしたっけ?」
応募しただろ。と言うか手を動かせよ。もしかしてあれか?お前の口に蓋をすればその分のエネルギーは手に回ったりするのか?
「つーかなんでカビを取らなきゃいけないの?カビは何も悪く無いのに‼︎」
とうとう変なこと言いだした。
「カビは体に悪いだろ。それに見栄えも悪い。あと気持ち悪い。むしろ良い所なんかねーよハゲ」
さり気なく悪口を混ぜて返事する。が、バカだから気づかなかったらしい。
「何言ってんの⁉︎お前、カビが無かったら大変な事になってたぞ‼︎」
「はあ?」
「まず食いモンが大分減る‼︎味噌だろ、醤油だろ、酒だろ、キノコだろ、あとチーズとか!それだけじゃねー。自然界のカビは枯れた木とか動物の糞とか死骸を分解するのに役だつんだぞ‼︎偉大なんだ!」
立ち上がり、身振り手振りを交えながら熱く語られた。いや掃除しろよ。
「それに、ちゃんと人間の役にも立ってるしな。抗生物質って知ってるだろ?」
「そりゃな。風邪ひいた時貰うけど」
俺の言葉を聞いてコイツはドヤ顔をした。なんか無性に腹立つなコイツのドヤ顔。
「その抗生物質は、カビの中から見たかったんだぜ! 昔、フレミングというイギリスの最近学者が、ブドウ球菌を研究してる時、培養に失敗してカビを生やしてしまった。でも!フレミングはカビの周りにはブドウ球菌が繁殖していない事に気づいた。そこから研究を重ねて抗生物質が発見されたってワケ!」
「ふーん」
いやまぁ、知ってるけど。
「つまりカビは凄いんだよ!偉いんだよ!こんな目にも見えない様なちっさい生き物がさあ、これだけ人間や自然界に影響してるんだぜ!それなのにカビは謙虚にも、こんなビルのトイレとかで細々と暮らしてさ…。寧ろこれこそ、人のあるべき姿なんじゃねえ?尊敬するよ‼︎カビカッケェー!」
最後の方は涙ぐみながら語りつくした。こんなに一生懸命話しをするヤツを見るのは久し振りだ。俺は、
今そのカビを殺す仕事してんのに何言ってるんだコイツは。バカなのかな、と思った。