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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

トキとサカエ

作者: 杉村 衣水

閲覧ありがとうございます。

何に惹かれるのかと訊かれれば、そんなのは解らなかった。

その日までは廊下で擦れ違う位で、なんとなく同じ学年なのだと認識しているだけだった。

高二になり、合同体育でサカエの居るB組と一緒になった。

俺はバスケの試合中で、サカエは次の試合に出る準備をしている所だった。


チームの誰かが大暴投をして、そこから一番近かった俺がボールを拾いに行った先に彼が居たのだ。

彼がボールを拾い上げ、俺に渡した。


「勝ってる?」


「負けてる」


「そう、頑張って。そっちの勝ったのと俺ら試合するからさ」


「じゃあ、勝つよ」


夏なのにジャージを首元までしっかり閉めたサカエは、器用に唇だけで笑ってみせた。

少し気味が悪い。初めて会話を交わした時の印象はそれだけだった。

青白い指先に、癖のない黒髪。作り物の笑顔は、何故俺にそんなものを向けるのかが解らなかった。


その日から、サカエの事が目に付くようになった。

教室移動の最中、廊下ですれ違う。

購買の列に並んでいる背中。

昇降口で、自分の下駄箱から靴を取り出す横顔。

見つける度に、理由も無く苛立って、身体の中心がざわめいた。

こんなのは初めてで、俺はそれに理由が欲しかった。


「坂江って知ってる?」


「サカエ? どんな奴?」


昼食中に、購買のパンを頬張る友人に問い掛けたが彼は知らないらしい。


「わかんない」


「えー?」


何を言っているのかと不審な目で見られて、俺も自分で自分が何を言っているのか解らなかった。

別に、彼の事が知りたい訳じゃないと思う。

友達になりたい訳でも多分ない。

ただ、苛々するから。なのに目に付いて、その理由も解らないから。

今までこんな事は無かった。

俺は、どうしたら良いんだろう。


「俺、坂江知ってるよ」


「え」


唐突に背後から声を掛けられて肩越しに振り返る。

トイレから帰って来たのか、両手を濡らしたクラスメイトがその手を振りながら「中学一緒だった」と続けた。


「どんな奴?」


「どんな、って? えー、どんなだったかなあ。影が薄くてあんまり記憶にない……」


「そーなの?」


「うん、なんか友達居ない訳じゃないんだけど。なんかなあ、自分から関わりにいかない、みたいな。三年間同じクラスだったけど一回も喋った事無いよ」


じゃああれはなんだったんだろう。

なんで俺に話し掛けようと思ったんだろう。


その日の帰り、昇降口でまた彼を見掛けた。

心臓がざわりと疼く。

上履きを脱いだ所で背中に「またな」と声を掛けると、彼の他には誰も居ないのにサカエからの反応は無かった。

聞こえなかったのだろうか。それとも無視をされたのだろうか。

わざとらしくずいっと彼の視界に割り込み、「またな」ともう一度言うと、彼は目を丸くして「俺に言ってたのか」と呟いた。


「また明日」


「あ、ああ、うん。また明日」


戸惑いながらも律儀にサカエは返事をして、俺に背中を向ける。

少し長い襟足。風が吹いて色の白い首筋がちらりと見えた。

どうしてなのか、虚しくなった。

心がまるで自分の物では無いように、虚しくなった。

その日から俺は、彼の姿が見えれば挨拶をするようになった。

サカエはいつも驚いたような顔か、戸惑ったような顔しかしない。

俺の友達は、俺の突然の行動に首をひねって「どうしたんだよ」と言ってくる。

そんな事はどうだって良い事ばかりだった。

声を掛けなければ印象にも残らない。友人に俺の感情を理解して貰おうとも思わなかった。

そもそも、俺だって俺が解らないのに。


ある朝、教室移動ですれ違ったから「おはよう」と声を掛けると、その時初めてサカエが俺の目を見て「おはよう」と返してくれた。

その日はそれから、あまり記憶が無いほどに浮かれてふらふらとしていた。


次の日、また挨拶をする。彼が返してくれる。

けれどそれだけだった。そこからどうすれば良いのか解らない。

どうしたいのかも解らない。


「さ、坂江!」


思わず名前を呼んで引き留めていた。

自分の教室に戻る所だった彼が驚いて振り返る。

続く言葉が見つからないから慌てて脳内を動かす。


「あ、あのさ、夏祭り。……夏祭り行かない?」


「夏祭り?」


サカエは不思議そうに首を傾げて俺を見返してくる。

そりゃそうだろう。


「う、うん。夏祭り。やるだろ高原神社でさ」


「そうなの?」


「今度の土曜に」


「俺と?」


頷いた。誘っておきながら、行く訳無いだろうと思う。


「多分、大丈夫」


「えっ」


「え?」


「い、行くの?」


失言だった。一瞬サカエの眉が寄って、傷付いた顔をした。


「あ、行こう! ええと」


待ち合わせの時間や場所を決めようと考えたら授業を知らせる鐘が鳴った。


「授業始まるから、また」


サカエはさっさと踵を返し、教室に戻って行く。

俺も慌てて自分の教室へと廊下を早足で駆けた。

サカエが、サカエと。

俺は何を焦っているんだろう。


放課後、予定を決めようとサカエを捜したがその姿は見えなかった。

それから数日。

約束をした日から、避けられているのかも知れないと思う程、彼の背中は見つからない。

教室に行ってもいつも彼は席を外していて、絶対に顔を合わすであろう次の合同体育は祭りの後だ。

何かと廊下で擦れ違う事も多かったのに、あれから一度も会えない。


避けられているのかも、ではない。

これは、避けられているのだ。多分。


祭りはもう明日に迫っている。

俺はいつもより一時間早く家を出て、教室にサカエが居ない事を確認してから昇降口の死角に腰をおろした。

校舎は静かなのかと思ったが、部活に勤しむ生徒達でそれなりに活気がある。

そもそもサカエは部活に入っていただろうか?

我ながら気持ち悪く思いながら彼の下駄箱を覗くと、上履きがきちんと並べられていて彼の不在を教えてくれた。


ちらほらと、ラッシュよりは早く登校してくる生徒達がしゃがむ俺に気付いては一瞬びくっとして通り過ぎる。俺はいったい何をしているのだろう。

それから10分も経った頃、俺が居るとも考えていないであろう坂江は特に警戒する事もなく、昇降口から教室へと続く廊下に姿を現した。

捉まえるシミュレーションなら脳内で何度もしたのに、実際久し振りに彼を見たら焦ってしまって、しゃがんで縮こまっていた脚にも気付かずに変な体勢で彼の手首を捕らえる。


目をまんまるに見開いたサカエが振り返って、その歩みが止まる。

もつれた脚は言う事を聞かずに、そのまま俺はサカエの方に倒れ込んでしまった。


「ご、ごめん。……つうか、お前意外と安定感あんのな」


「は?」


サカエは右足を大きく一歩後ろに下げ、のしかかった俺の体重を全身で支えた。

押し倒したらどうしようとか、彼が頭をぶつけたらどうしようとか、そんな不安が一瞬で頭を過ったのだけれどそんなのは必要無かったようだ。

驚いた表情はすぐに消え失せ、彼は俺の体を押し戻し、掴んでいた手も軽く払われた。

そのまま何事も無かったようにふいっと背を向け、歩いて行こうとするから今度は二の腕を掴んで引き留めた。

途端、彼の肩がびくりと跳ね、「っ痛」と声を漏らす。

そんなに強く掴んだつもりは無かったのだが、気が急いてしまったのだろうかと慌てて手をぱっと放した。


「ごめん!」


「いや……いいよ。何か用?」


「あー、明日、なんだけど、祭り」


語尾が小さくなる。

サカエは「ああ」と呟いて、視線を俺から逸らして「そうだっけ」と続けた。

彼から、もう話を切り上げたい雰囲気が滲んでいて居たたまれなくなる。


「駅前に夕方5時で良い?」


はやく約束を取り付けなければと思った。

そうしないと、何かどうにもならない事を言われてしまう気がした。


「うん、良いよ」


彼の目は俺を見ない。

本当にサカエは明日来てくれるのだろうか。


「約束、約束だからな」


「わかったって」


ふっと軽く笑ったサカエの前髪が揺れる。

その少しの笑顔だけで、自分の中の気まずさが薄れた感覚がした。


祭り当日、自宅の洗面所の鏡の前に立ち、まじまじと自分の姿を見る。

おかしくはないだろうか。サカエの私服はどんななんだろう。

少し癖のある襟足をつまみながら考えた。

なんでそんな事を気にするんだ?


時計を見ると待ち合わせ時間まであと30分しかなかった。

深く息をついてスニーカーを履く。

自分は緊張している。


約束の10分前に駅前に着いて辺りを見回す。

提灯の灯りで照らされたバスターミナルにサカエの姿は無かったが、これから祭りに向かうであろう人たちでごった返していた。

待ち合わせの相手が現れた人が丁度良くベンチから立ち上がったから、空いたそこに腰を下ろす。

まわりはざわざわと騒がしい。

人の熱気で蒸した空気に、夕方の風が心地よく流れてくる。


「おっ? 土岐じゃん、待ち合わせ?」


ぼーっとしていたら声を掛けられた。

その方を向くと、クラスメイトが5人くらい集まっていてこちらに近付いて来る。


「そー」


「俺が誘った時もう先約いるって言ってたもんな。なに、彼女」


「違うわ」


笑いながら肩を小突いた。

「じゃー誰よ」と追及されそうになった所で残りのメンバーが「遅れたー、ごめん」と走って来て、俺はその会話から逃げる。

手を振り、去って行く背中を眺めて溜め息を吐いた。

あのクラスメイトの名前、なんだったかな。


携帯で時間を確認すると、17:12だった。

待ち合わせ時間は過ぎている。

周りを見回すが彼の姿は見えない。

この人混みの中、何故だかサカエを見つける自信はあった。

俺は彼の連絡先を知らない。

だからここに彼が来なくても、今どこにいるのか確認をする術が無かった。

ベンチに座る人間が一人、また一人と入れ替わって行く。


17:45。

もういい加減帰ろうかとも思ったが腰を上げられなかった。

空はうっすらと色味を増す。

人混みを見ているのも疲れてきて目蓋を閉じた。

また隣の人間が入れ替わる気配がして、『ああ、本当に帰ろう』と思ったけれどなんとなく目を開けてふとその隣に視線をやると、サカエがじっとこちらを見ていた。


声も出ない。白いパーカーのジッパーを上まで閉めてフードをかぶったサカエ。


「遅れた。ごめん」


台詞と顔が合っていない。

至極真面目な、と言うよりは無表情でそう彼は言った。


「もう、来ないと思った。なんだ……良かった。嬉しい」


ホッとした。


「18時だぞ。怒ってないのか」


「え? 別に。17時って勝手に決めたの俺だし。それより来てくれたのが嬉しい」


本心だったのに、サカエは眉を寄せて「そうか」と小さく答えた。


「でも腹減ったなー。焼きそば食いたいなー。奢って」


「うん、良いよ」


「あと連絡先も教えて欲しいなー」


「良いよ」


久し振りに彼の笑顔を見た。

違う。こんなちゃんとした笑顔は初めて見た。


「俺はあんたの名前を教えて欲しい」


「えっ」


「名前。俺、知らないんだけど」


首を傾げて俺を見上げてくるサカエを見つめ返しながら、そういえば名乗っていない事を思い出した。

俺も名乗られていないけれど。自分は彼のジャージに縫い付けられた名前をばっちり憶えていたのだった。


「トキ。土岐 (はじめ)です」


「トキ」


彼が俺の名前を繰り返す。

サカエが、俺の名前を。

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