クウ 編
幼かった私はボロボロの姿で大声で泣きながらそこに一人で立っていた。
住んでいた村は壊され、火に包まれて廃墟となっていく。
奴らは私の目の前で、村の人々や家族を容赦なく殺していった。
そして、ついに奴らは私の目の前にやって来た。
殺される!
怖い!
憎い!
その時の感情がどういった物であるかを表現するのは難しい。
ただ、あったのは絶望だけだった。
死を覚悟したその時だった。
奴らは次々と倒れていったのだ。
遠くから二本の巨大な槍を持った男が近づいてきた。
人間だ。
奴らのような化物ではないにしても、人間は嫌いだ。
我々エルフはずっと利用され、迫害を受けてきたからである。
「そこのちびっ子、大丈夫か? 」
男は私に手を差し伸べ、笑顔でそう私に話かけてきた。
助けてくれたのか??
人間がエルフを??
その時の私はその男の行動が理解できなかった。
「ん?
おまえエルフか? 」
今頃気づいたのか?
何て鈍感な人間なんだ… 。
やっぱり私は殺される運命なのか… 。
万が一、殺されなくても酷い扱いを受けるのは目に見えている… 。
私は再び絶望した。
「おいおい… 」
私は無意識にその男が差し出した手を払っていた。
「ま、オレが人間だから仕方ないか… 。
悪かったな、ちびっ子。 」
そう言って男は私から去ろうとしていた。
私は驚いていた。
人間がエルフに謝り、何もしようとしないなんて考えられなかったからだ。
私はその男にせめて一言だけでも礼を言おうと思った。
!!!
声が出ない… 。
ショックのせいで言葉が発せなくなっていたのだ。
男はどんどん遠くへ歩いていく… 。
気が付くと私はその男の腕の裾を掴んでいた。
必至で走って追いかけていたのだ。
再び礼を言おうとするも、口は動いているが声が出ない… 。
「なんだ?
おまえ喋れないのか?? 」
私は何度も頷いた。
「何が言いたいんだ、ちびっ子? 」
そう言って男はペンとメモを私に渡してきた。
私は「ありがとう」と一言だけメモに書いて男に渡した。
そのメモを見た男は私を肩に担ぎ上げ、何事も無かったかの様に歩き出した。
やっぱり人間なんか信用するんじゃなかった。
私は攫われたのだ。
必至で手足をジタバタさせて抵抗してみたが、大男にはまるで歯が立たなかった。
「じっとしてろ、ちびっ子。
おまえがエルフだと思って放っておいたけど、
声が出ないんだろ?
てことは、魔法も使えないんじゃねぇのか?
これからどうやって生きていくんだよ…ったく… 」
私はその男の言葉に我に返った。
村は壊滅、一族は全滅、魔法も使えないという状況を理解したのだ。
私は今日、三度目の絶望に襲われ、男に抵抗する事を止めた。
(なんて日なの… )
私の涙は止まらなかった。
「おまえ、オレの事、憎んでいる訳じゃなさそうだし、
しばらく面倒みてやるよ。」
男は笑顔で私にそう言った。
そこから私と男の生活が始まったのだ。
男の言った事は本当だった。
いつも警戒している私に対して優しく接してくれた。
食事や衣類も与えてくれた。
私も徐々に警戒心が解け、男と筆談をする回数が増えていった。
男はいつも旅をしていた。
あの時と同じように、圧倒的な強さで化物を退治する旅だった。
いつしか、男の周りには私と同じように助けられた人々が集まっていた。
その頃には私も男の手伝いをするようになっていたのだ。
「旅をするにしては、大所帯になってきたし、
ここら辺に拠点となる村でも作ってみるか。」
男は自由奔放だった。
思いつきで、簡単に村を作るとか言い出す始末である。
でも私たちは、そんな無茶な提案でもその男の為になるのであれば、と思いつつ全力を注いだ。
そして、男も率先して村づくりに精を出していた。
一年程が経つと、小さいながらも村と呼べるような集落が完成した。
「やっと完成したぁ!! 」
私は本当に嬉しかった。
しかし、周りの様子が何か変だった。
「おい!
ちびっ子が喋ったぞぉ!! 」
そう、私は声を出す事ができたのである。
長年一緒にいた仲間はみんな驚き、喜んでくれた。
その日の夜、盛大な宴が行われた。
村の完成と、私が声を出す事ができたお祝い、という事だった。
私はとても嬉しかった。
幸せを感じた。
生きていて良かったと初めて思えた。
あの男と出会えて本当に良かったと心の底から感じた。
私は宴の席から飛び出してしまった。
嬉しさの余りに泣き出しそうになったからだ。
仲間に見られるのが恥ずかしくて村の端のベンチで一人で泣いていた。
「おう! ちびっ子!
何泣いてんだ??
急に飛び出して行ったから心配したぞ。 」
そう言って男は私の横に座って頭を撫でてくれた。
「だって… 嬉しくて… 」
「そっか… 。
そういえば、もう五十年程経ったんだな… 。
おまえがあの村で一人で泣いていた時から… 」
「うん… 」
「おまえも声を出すことができるようになったんだ。
これで魔法も使えるだろう… 。
もう無理してオレと一緒にいる必要はないんだぞ。」
私はその男の言葉に号泣してしまった。
「どうしてそういう事を言うの!! 」
気づくと私は男の胸の中で泣きじゃくっていたのだ。
「おまえはエルフだからな… 。
そして、オレたちの仲間は人間だ。
これだけ人数が増えてくりゃ、おまえが魔法を使えるとわかった今、
その力を利用する為に襲ってくる奴や、
おまえを殺そうとするバカが出てくるかもしれない。
悲しいかな、それが人間だ… 」
「あなたもそうなの? 」
「オレはそんな事はしない。
地位とか名誉とか金とか、そんなものに興味はない。
それに、オレには強力な力があるしな。 」
「じゃあ、私を守ってよ!!! 」
「……… 、
やっとその言葉が聞けて安心したわ。
オレは五十年前からおまえを娘のように思い、守ってきたつもりだ。
これから、おまえがどうしたいのか確認したかったんだわ。 」
「バカ!
いじわる!
………
ねぇ… 」
「なんだ? 」
「私、これからもずっとあなたと一緒にいたい… 」
「じゃ、オレの娘になるか? 」
本当に空気の読めない男である。
いくら私がエルフで肉体の成長速度が遅いとはいえ出会ってから五十年も経っているのだ。
それなりに成長しているのである。
それなのに私の告白に対して、未だに娘扱いするとは… 。
そもそも、もうちびっ子ではないのである。
私はまず、この男に私の事を大人の女と思わせるところから始めようと考えたのである。
「ずっと一緒にいられるのなら娘でもいい… 。
でも、ちびっ子って名前はやめて欲しい。」
「そういや、おまえの名前って何だ? 」
「あなたに決めてほしい。
昔の名前はいらない。
新しい生き方を始めたいの。
それに、娘の名前は親が決めるものでしょ? 」
「そうだな… 、う~ん… 」
男はしばらく考え込んだ後、こう言った。
「おまえの名前は今から『クウ』だ。」
「クウ?? 」
「不満か?? 」
「いいえ、あなたが付けてくれた名前なら喜んで! 」
「じゃあ、早速だがクウ。
おまえに頼みがある。」
「はい、なんですか? 」
「この村の名前を付けてくれ。」
「えっ!
それはあなたが… 」
「クウはオレの娘だ。
だから、この村の名前をつける権利もおまえにはある。
それに、オレはたった今、おまえの名前をつけたところだし頭が回らん。」
「そうですね… 、では、『ジオランス』というのはどうでしょうか? 」
「ジオランスか。
クウが付けてくれた名前ならそうしよう。
ちなみに、何か意味はあるのか? 」
「ジオとは地球という意味を表す言葉だそうです。
そして、ランスは槍。
あなたの圧倒的な力、その武器である槍でこの世界を変えて欲しいという願いを込めています。
実はかなり前から何かの名前に使いたいと思っていた言葉です。」
「ありがとな、クウ。」
「あの… 、『クウ』という言葉には何か意味があるのですか、アレス? 」
「いや、特にはない。」
クウという言葉に意味が無かった事は少し残念でしたが、私はこの与えらえた名前を誇りに思っているのであります。
それから数百年後、優奈という女性がこっそり『クウ』という名前に意味がある事を教えてくれました。
アレスと名乗っている男の本当の名前は海斗。
カイトのカイは海という意味らしいのです。
そんな海よりも大きく、この世界を包んでくれるような存在である空。
そういった意味を込めてクウと名付けてくれたらしいのです。
男と結ばれるまでの数百年間、ずっと彼に恋をし続けてきましたけれど、私は今まで以上にアレス様の事を大好きになっているのであります。