一条風牙 編
「お兄ちゃぁあん!!
いつまで寝てるんだよぉおお!! 」
そう言って寝ているオレの体を容赦なく踏みつけている美少女はオレの妹である。
自分の妹を美少女とか言ってしまうのも何だが、カワイイから仕方がない。
「もう!
今日は大事な日でしょ!!
早く起きてよぉおお!!!」
「ちょっ… 、楓香…
そこ、みぞおち… ゲフッ 」
やっている行動は容赦ないのだが、本人は全く悪気が無いのでタチが悪い。
あ、そうそう!
オレの名前は一条風牙。
誰に対してだかわからないが、一応、軽く自己紹介をしておく。
現在、大学四年生の男。
成績は中の上か、上の下ってトコだろう。
家は、そこそこの金持ちだ。
「もう!
早く着替えなきゃダメなんだからねぇええ!! 」
自己紹介の途中だったが、愛しい妹からの命令が入ったのでオレの話は一旦、中断しよう。
「そうだな。
でも、まだ時間あるだろ? 」
「無いよぉおお!
だって、お姉ちゃんの大好物の甘いお菓子買わなきゃならないんだもん!! 」
「そうだったな… 」
オレと楓香は軽く朝食を済ませ、待ち合わせの時間までに甘いお菓子を買うことにした。
楓香はお姉ちゃんが大好きなのだ。
そういえば、妹の紹介がまだだったな。
彼女は、一条楓香。
オレの四歳下の妹であり美少女だ。
容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群と完璧であり、世間からは天才少女と呼ばれている存在だ。
ただ、ちょっとズレたところがあるのが玉に瑕。
ちなみに、先月から両親は海外出張なので楓香と二人きりで暮らしている。
そして、誤解がないように伝えておくと、妹は愛しいが恋愛感情ではない。
お姉ちゃんの大好物である甘いお菓子を買ったオレたちは待ち合わせ場所の神社に着いた。
なぜ神社なのかって?
それはそこに住んでいる人が目的地まで連れて行ってくれるからだ。
「やぁ、風牙に楓香ちゃん。
久しぶりだね、楓香ちゃん、少し見ない間に大きくなったんじゃないか? 」
そうオレたち兄妹に優しく語りかけてきたお兄さんは、すでに車を用意してくれていた。
彼の名前は、九条司。
オレの三歳上で、小さい頃からオレたちの面倒をよく見てくれている近所のお兄さんだ。
神社の息子なのだが、何故か継ぐ気はないらしく、どっかの会社に勤めている。
「にしても… 、あいつはまた遅刻か。」
「まぁまぁ… 司さん… 、いつもの事ですよ… 」
「もう!!
だから海斗はお姉ちゃんに怒られてばっかなんだよぉお!! 」
オレたちが待っているのは幼馴染の、吉井海斗。
オレの親友であり、悪友だ。
小さい頃から余りにも自由奔放な性格のためか、彼の周囲の人間はみんな愛想をつかしている。
大学には進級していない。
てか、高校をきちんと卒業できたのが奇跡かと思う位、自由な奴だ。
縛られるのが嫌いで、今はフリーターとして自由気ままに生きている男である。
「おう!
悪い、悪い! 」
待ち合わせ時間を三十分程、遅れてきた海斗に対し、オレたちは相変わらずだなぁ… と諦めの感じで迎えた。
ま、海斗と付き合いの長いオレたちにとっては想定内だったのだけれど。
司さんの車に乗り一時間程経つと目的地に着いた。
オレたちは敷地内に入り、しばらく歩いた。
楓香は甘いお菓子をその墓前に供えた。
「もう四年ですね… 」
そう言った司さんの言葉を聞いたオレは涙が止まらなくなった。
「お兄ちゃん… 」
そう、お姉ちゃんはすでにこの世にはいない。
四年前に交通事故で死亡したのだ。
突然だった… 、突然すぎた… 。
「オレたち三人、同じ大学に入って卒業できると思ってたんだけどなぁ… 」
海斗がそう呟いた。
もし、お姉ちゃんが生きていたのなら、海斗もきっと大学に進級していたのだろう。
彼は一流大学を蹴って、今はフリーターをしている… 。
オレもそうだ。
お姉ちゃんがいなくなってから、全てに対してやる気がなくなった。
自分で言うのも何だが、オレは本気を出せば何でもできると思っている。
そういう血筋なのかもしれない。
実際に妹の楓香は天才少女なのだから。
小さい頃から、ちょっと本気を出せば何でもできてしまった。
だから、オレは何事も中途半端なまま飽きてしまう。
お姉ちゃんの名前は、神崎優奈。
オレと海斗と同い年の幼馴染だ。
彼女の事をお姉ちゃんと呼んでいるのは楓香がいる時だけだ。
妹をとても可愛がってくれていて、今でも楓香は優奈の事をお姉ちゃんと呼んでいる。
そんな楓香も優奈と同い年になってしまった。
その日の夜、家に着いたオレは、着替えもせずにベッドに転がり、いろいろと考えていた。
にしても、楓香の前で泣いてしまうなんて、みっともないな、オレ… 。
優奈はオレの事が好きだった。
何度も告白されてた。
てか、毎日会うたびに挨拶代わりのように告白されてたような気がする… 。
そして、オレも優奈が大好きだった。
でも、幼馴染という事もあって素直になれなかったのだ。
オレは優奈と行くはずだった大学は蹴って、敢えて二流大学に進んだ。
それも、もうすぐ卒業だ。
就職先は決まっていない。
なんとなくやる気が出ないのだ。
もともとの性格だろう。
今までは優奈が背中を押してくれていたのだが。
後悔ばかりだ… 。
そんな事を思いながら、携帯電話を見つめていた。
四年前から、ずっと変えていない携帯の待ち受け画面に映っている優奈の顔を見ながら寝てしまったようである。
これが、千年後に、とある少女の家で目覚めるまでのオレ、一条風牙の記憶である。