・物語
鉄は、地蔵親子と共に『呪』を出ると、商店街の方へと向っていた。
その途中で此方を・・・というよりも、優菜を見る何者かの視線を感じ取り、商店街の入口で二人と別れて鉄は視線の主のもとへと急行した。
鉄が急行した先は、山彦内で現在は使用されなくなった廃工場。
そこで待ち受けていたのは、身長三メートル程で全身を緑色の鱗で覆われた、竜の頭を持つ人型の存在、神獣であった。
「はぁ・・・、あなたのような獣が、優菜さんみたいな幼子をストーカーするなんて、感心しませんよ?」
「グルゥゥゥ・・・」
神獣・・・、ここでは竜としておこうか。
人としての知性を失い、本能のみで生きている竜が鉄の言葉に答えるはずもなく、低く唸りながらその手に持った戦斧を構えると、鉄を犯し、喰らうべき獲物だと定めて、一気に襲いかかってきた。
「グルゥゥゥアアアーーー!!」
「はあ・・・問答無用ですか。これだから知性のない獣の相手をするというのは嫌なんですよ・・・」
そう言いながら、鉄は何もない空間から一振りの刀を取り出すと、襲い来る竜を迎え撃った。
竜は手にした戦斧を暴風のように振るう。
そこに技という概念はなく、ただ力任せに戦斧を振っているだけであるが、その一撃は重く強い。
それを一撃でも喰らってしまえば、鉄の華奢な体など一溜まりもないことだろう。
しかし鉄は、その暴風のように荒れ狂う竜の攻撃を、風に舞う花びらのようにかわし続け、隙を見つけては反撃をしてみせたのだった。
だが・・・
「流石に硬いですね・・・。全身を覆う鱗は伊達ではないということですか・・・」
鉄が放った斬撃は、全て竜の全身を覆う硬い鱗によって阻まれてしまっていた。
硬い鱗で攻撃を弾く竜と、全ての攻撃を舞うようにかわす鉄。
決定打のないまま互いに攻撃を交わすなかで、鉄は竜が大上段から振り下ろす戦斧を、かわしながらも一歩踏み込んで斬りつけた。
カウンターで斬りつけられた竜の胸板はザックリと裂けて、その傷から大量の血液を流す。
「グルゥフフフ・・・」
「笑ってるのですか?」
竜の顔は爬虫類じみているために判りにくいが、鉄の言うように確かに笑っていた。
竜の心は歓喜で満たされていた。自分と同等に戦うことができ、自分の本気をぶつけることができる強者に出会えたことを・・・
「グルゥゥゥオオオォォォ!」
竜は大声で吼えると、その身に雷光を纏う。
その雷光で体中の細胞が活性化され、胸板につけられた傷が塞がり始めた。
「ここからが本番ということですか・・・。良いでしょう、来なさい!」
鉄の言葉に竜は口角を上げ、一歩踏み出すが突然その動きを止めた。
そして・・・
「グルゥ・・・」
鉄の方を名残惜しそうに一瞥すると,不満そうな鳴き声を一つあげてその場を去ってしまった。
「逃げた?いえ、撤退命令が出たと言った方が良いのでしょうかね。追撃してもよいのですが、秤さんが近くにいない以上は私も本気を出せませんし、ここはひとまず帰ることにしましょうか」
そう言いながら、鉄は刀を消すと空の瓶を取り出し、竜の流した血液を採集して帰途についたのだった。
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これはある男の物語。
彼は、現日本の御三家と呼ばれるものの一つ、御門家の流れをくむ家で生まれ育った。
御三家とは、御門家、皇家、夜摩家のことであり、この三家はそれぞれ独自の戦力を保有している他、人材育成にもカを入れていて、その人材を四大組織にも派遣しているために、日本国内において多大な影響力を持っている家柄である。
男にとっての不幸は、傍流とはいえ、そんな家に生まれてしまったことにある。
彼は、生まれてからの十数年を、無能と罵られながら生きてきた。
無能と罵られた理由は、男の宿した神である操神にあった。
操神のカとは、生物を意のままに操ることである。しかし、強い知性を持つものは操ることができないため、彼に操れたのは知性のない生物くらいのものであり、操ることに特化した操神のカでは他に応用を利かすようなことはできなかった。
男が生まれたのが、一般家庭であったのなら何も問題はなかったことであろうが、力と能力を求められる家に生まれてきてしまったのが運の尽きである。
まだ、宿した神のカがたいしたことなくても、彼自身に魔法の才でもあれば話は変わったのだろうが、生憎とそんなこともなく凡人レベルであったがために、無能と罵られ続けることになったのだ。
けれど、そんな不遇な男にも転機が訪れた。それは・・・
「グルゥゥゥ」
「ガフッガフッ!」
男の足下で女子供を貪り喰らう竜と悪魔、二匹の神獣との出会いである。
神獣とは、神のカを行使して本能で生きる知性なき獣である。知性がない故に、男の宿していた操神のカで操ることができたのだ。
こうして神獣というカを手にした男は、今まで自分をないがしろにしてきた家と、救いの手を差し伸べてくれなかった世界に対しての復讐を開始する・・・
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「ただいま戻りました」
「おかえり、鉄。で、どうだったかね?」
「ええ、優菜さんをストーキングする獣が一匹いました。残念ながら逃がしてしまいましたが、秤さんの言う通り、誰かが背後にいるようです」
報告をしながら、鉄は竜の血液の入った瓶を秤へと渡した。
「これは?」
「神獣の血液です。それを正治さんの所で解析して、ジャックさんの所で照合すれば、どこの誰が神獣化したのか分かるはずです」
この世界の人は生まれてすぐに神を宿し、その氏名、住所、宿した神などの情報を役所に登録することが義務づけられている。
神獣も元は人であるが故に、血液などを解析することで、どこの誰が神獣化したのか調べることができるのだ。
そして、そうした情報は四大組織であれば、何時でも優先的に開示してもらうことができる。
「なるほどねぇ。と、いう訳で頼むよ」
「おいおい、秤よぉ。俺らを顎で使おうって言うのかぁ?」
「そうですよ。僕も正治もそれなりの立場というものがあるんですよ」
気軽に頼み事をする秤に対して、難色をしめす正治とジャック。
この二人の言う立場と言うのは、正治は工房の長である工場長、ジャックは騎士団の長である団長であることを指し、彼らは二人とも始まりの魔人の一人であり、秤の養父である弥勒京介の親友である。
京介の亡き後は、秤の親代わりもつとめていたりもした。
ただ、親代わりに関しては、他にまだ二人いたりするわけなのだが・・・
「じゃあ、こうしようじゃないかね」
「何でぇ?」
「今この場で、オッサンらが今までのツケ、総額15万8千・・・」
「秤よ、二人の妾達にしたセクハラの分もツケの料金に加算するのじゃ」
「分かったよ、白書。・・・総額165万8千500円を即金で支払うか、明日の朝までに鉄の持ち帰った血液を解析して、結果を俺に報告するかを選ばせてあげようじゃないかね」
「ブッ!」
「ちょっと待ちたまえ!いくら何でも、セクハラ料金が150万というのは、ぼったくり過ぎじゃないかな!?」
「あ?それは俺の白書と鉄の体に、それだけの価値がないと言っているのかねぇ?」
「そういうわけじゃないんだ。でも、明日の朝までというのは・・・」
「そうだぜぇ、秤。うちの職員達は、皆それぞれ仕事を抱えてんだぁ。いくらお前が息子同然とは言っても、他の仕事を後回しにさせてまでやらせることはできやしねぇよ」
「オッサンらに選択権はないよ。手の空いている職員であれば、俺の目の前に二人いることだしねぇ」
「僕達自身に調べろと?!」
「そうだよ。他の職員の手が空いてないなら、オッサンらが自分達でやれば良いだいの話さね。このニつの選択のどちらも嫌と言うのなら、最終兵器を投入せざるおえないしねぇ」
「秤さん、マリアンさんに何時でも繋げれます」
「こちらも、直ぐに直美に連絡することが可能じゃ」
「さぁ、どうするよ?こちらとしても、こんな脅すようなことはしたくないんだがね。それに、タダでやってくれとは一言も言ってないしねぇ」
「何?」
「報酬があるのかい?」
「そりゃあ、こちらから頼み事をするのだから礼くらいするよ。引き受けてくれれば、白書と鉄にしたセクハラ料金をなしにして、家の店を貸し切りにして食べ放題、飲み放題できるペアチケットを進呈しようじゃないかね。そのチケットを使う時に、奥方以外の女性を連れて来たとしても、俺らは何も見なかったことにするし、当然、後からそれを元に脅すようなこともしないよ」
「飲み放題というのは、お前の保有するビンテージもののワインなんかもか?」
「そうだよ」
「食べ放題の料理は、全て秤君が?」
「そうだよ」
「何でぇ、秤。それを早く言ってくれよ」
「そうですよ。さぁ正治、直ぐに帰って調べあげますよ!」
「おうよ!」
秤から報酬の話を聞いた二人は、目を輝かせながら店を出る。
どうやら、自分達の手で調べ上げるつもりのようだ。まあ、一職員よりも長である二人の方が役所も早く手続きをするのだろうが・・・
「やれやれ、二人とも現金なものだねぇ」
「秤よ、あの二人に調べ物を任せるということは、今回の一件は主が片を付けるつもりかえ?」
「まあねぇ、俺のいる街で何かされるのは嫌だし、それに何より、俺の身内である優菜ちゃんに手を出そうとしたことは許し難いことだからねぇ」
「そうか。まあ、主の好きにするとよかろうて。妾も鉄も主の後について行くだけじゃからな」
「二人には、いつも感謝してるよ」
そうして夜はふけてゆく。
そして翌日。正治とジャックの二人は本当に一晩で調べ上げて来たのだった。
秤が二人から受け取った報告書によれば、竜の正体は一年前に、静応にある学園の中等部の授業中に神獣化した少年で、名は日下部祐一、宿していた神は、位階A級の竜神である。
他にも報告書には、この竜の被害にあったと思われる人々の情報や、半年前に他の街でおきた女子供ばかりの失踪事件のことも記されていた。
秤は一通り報告書に目を通すと、誰も座っていないテーブルに珈琲を置き・・・
「お前の怨み、憎しみは俺が引き受けるよ」
と、一言呟くと、眼鏡を外して・・・
「白書、鉄、行くぞ」
「「はっ!全ては主の御心のままに!」」
白書と鉄の二人を引き連れて店を出て行った。
秤達が店を出発し、誰もいないテーブルの上に置かれた珈琲の湯気の向こうには、多数の女性と子供の影が揺らめいて見えたような気がした・・・