・情報
双子都市と呼ばれる街の片割れである山彦。
その山彦内にある、オフィスが立ち並ぶ通りの片隅に喫茶店『呪』はあった。
『呪』という喫茶店は小さな店舗で、朝7時から夕方5時までは珈琲と軽食を提供し、夜7時から深夜0時までは酒と食事を提供するBARへと変わる。
そこへ、秤が優菜の手を引いて入ると・・・
「秤さん、お帰りなさい。それに優菜さん、いらっしゃい」
・・・と、長い黒髪をポニーテールにして、ウェイター服を身にまとった、長身の女性が出迎えてくれた。
鍛え抜かれた刀のような美しさを持つ、この男装の麗人は名を弥勒鉄といい、秤の家族の一人である。
それと、もう一人・・・
「秤~、お帰りなのじゃ~。妾は、夕飯を所望するぞ~」
腰まで伸ばした長い白髪に白い着物を着崩した女性が、眠そうな目をしながら秤に声をかけた。
彼女もまた秤の家族の一人であり、名を弥勒白書という。
さらに店内を見渡せば、初老の男性二人が酒盛りをしており、秤が帰ってきたことに気づくと声をかけてきた。
「おう、秤。帰ってきたのなら、酒の肴を作ってくれい!」
「秤君、お願いできますか?」
声をかけてきた初老の男性のうち一人は、白髪交じりの頭に、筋骨隆々の肉体を灰色のツナギに押し込んだ男で、名を大黒正治といい。
もう一人は、短い銀髪をオールバックにして、仕立てのよい紺色のスーツを身にまとった紳士で、名をジャック=バロックといった。
この二人は『呪』の常連客である。
「夕飯は直ぐに用意するから、白書は優菜ちゃんの相手をしてあげてもらえるかね?」
「分かったのじゃ、早よう頼むでの。優嬢、妾と待つとしようぞ」
「は~い」
「それと、そっちのオッサン二人は、夜の開店前に勝手に酒盛りすのは止めて欲しいんだがねぇ」
「なんでぇい、秤。堅いこと言うなよ、常連客は大事にするもんだろうが」
「そうですよ。僕らと秤君の仲じゃないですか」
「そういうことは、毎回きちんと料金を支払ってから言って下さいな。お二人とも、もうツケがかなりの額になっているんですからね」
「鉄まで、んなこと言うのかよ?」
「僕らは、この店くらいしか安らげる場所がないのだから、多少のことは大目に見てくれませんか?」
「わかったよ・・・。ただし、開店前だからメニューはこっちで勝手にさせてもらうよ?」
「ちょっと、秤さん?」
「流石、秤だ。食わせてもらえるんなら、文句は言わねぇよ」
「ありがとうございます、秤君」
「お二人に甘いですよ、秤さん」
「まあねぇ・・・。オッサンらには、前に世話になってた恩があるからねぇ。それに、ツケの支払いに関しては、目に余るようなら最終兵器を投入すれば済む話だからねぇ」
「最終兵器ですか?」
「そう、『代金が支払われなくて困っている』と、オッサンらの奥様方にチクるんだよ」
「ちょっ!秤君、それはかなり洒落になってないない話ですよ!君も、マリアンさんの怖さは知っているでしょう?」
「そうだぜ、秤!母ちゃん達は、オメエの事を溺愛してっからなぁ。俺らが、秤に迷惑かけてるなんてしられてみろ、本気で命が危ないんだぜ!」
「それが嫌なら、ツケを支払えば良いんじゃないかねぇ?」
「「・・・」」
秤の言葉に沈黙する、正治とジャック。どうやら、この二人はかなりの恐妻家のようである。
そんなことを話ている間も、秤の手は手際よく料理を作り上げていっており、できたものから順に鉄がテーブルに並べていった。
「わあ、ハンバーグだぁ❤」
「開店前だから、賄い飯になるけど良かったかねぇ?」
「うん!ありがとう、秤ちゃん」
「おや?秤よ、一人分多いようじゃが?」
「ああ、それはだねぇ、そろそろ・・・」
白書の疑問に秤が答える前に店の扉が開き、二十代前半の女性が一人、入って来た。
「あっ、お母さんだ」
「優菜、ただいま。いつもごめんね、秤さん」
入って来た女性は、名を地蔵沙耶といい、優菜の母親である。
「構わないよ、俺は優菜ちゃんの友人だからねぇ」
「ねー」
「ねー、じゃないでしょう。まったく、優菜ったら・・・」
「沙耶よ、秤が甘いのは今に始待ったことではない故、甘えられる時は甘えとけば良いのじゃ。それに、主の分も用意されておることだしのぅ」
「そうですよ、沙耶さん」
「白書さんと鉄さんが、そう言うなら・・・。秤さん、遠慮なくいただくわね?」
「どうぞ、召し上がれ」
「では・・・」
「「「「いただきます」」」」
そうして食事が始まり、女性陣が料理を食べ始めるのを確認すると、秤は自分の分の食事を持って正治らの席に着いた。
「おや?秤君は僕らと食べるのですか?」
「オッサン二人は、寂しいだろうと思ってねぇ」
「おいおい、お前が来たって男ばかりじゃむさ苦しいだけじゃねぇか。どうせなら、白書か鉄がこちらに来て酌をしてくれよ?」
「お断りなのじゃ。正治は直ぐに、妾達の乳や尻を触ろうとするでのぅ」
「ははは、嫌われましたねぇ、正治」
「そうな風に笑ってるジャックさんも、私達を直ぐに自分の方へ抱き寄せようとなさいますよね?言っておきますが、私と白書に触れて良いのは秤さんだけですよ」
「ちっ、何でぇ、乳や尻くらい触られたってぇ減るもんじゃあるめぇに」
「・・・オッサンら。家の看板娘らに手を出すなら、それ相応の覚悟をしておけよ?なんせ俺は、恩のある相手だって、所構わず喰っちまう男なんだからな・・・」
「冗談ですよ、秤君。僕らが二人に手を出す訳ないじゃないですか」
「そうだぜぇ。だから、んな怖い目で睨むなよ。なっ?」
「秤ちゃん達、仲良いね」
「今の会話を聞いて、そんな感想がでるとは、優嬢は大物じゃのう」
白書と鉄に対する正治の問題発言に、秤が眼鏡をズラして紅い目で睨み、それを見て優菜が感想を漏らす。
そんな風に和気藹々と食事をしていると、つけていたテレビから気になるニュースが聞こえてきた・・・
『臨時ニュースをお送りします。本日、夕方5時頃に鳴海にて神獣が出現しました。この神獣は、騎士団が到着すると直ぐに逃亡してしまい、現場には被害にあった少年の亡骸だけが残されました。尚、最近、鳴海では5歳から10歳の子供達の失踪が相次いでおり、今回の神獣が関わっているのではないかと思われているとのことです。次のニュースですが・・・』
・・・と、以上の内容である。
「隣街でなんて・・・、怖い話ね。優菜、気をつけなきゃダメよ」
「わかったよ、お母さん。でも、どうして神獣さんは人を食べるんだろうね?」
「それはじゃな、自らの力を増大させるためじゃな」
「力の増大?」
「そうじゃ。人は自らに宿した神と命を共有しておるため、その神と互いに高めあうことで成長し、戦いにおいては自分自身の情報を強力なものに書き換えるわけじゃが、それは分かるかの?」
「うん、学校で習ったよ」
「でじゃ。神獣、神喰になってしまった者はの、命ある者を喰うことで、その者の情報を取り込んで強くなるのじゃよ。特に、神を宿している人間なぞ奴らにしてみればご馳走じゃろうて」
「そうなんだ」
「それにしても、おかしな話だねぇ」
「何がですか?」
「神獣と子供達の失踪事件を結び付けてることだよ。神獣というのは、元は人であっても宿した神に喰われて獣と化した者だよ。人としての自我がなくなり、本能の赴くまま神の力を行使するから神獣と呼ばれているのに、計画的に子供だけを襲うのはおかしくないかねぇ」
「言われてみれば確かに。神獣は老若男女問わず、無差別に生物を襲うのに子供だけというのは変ですね」
秤の言う通り、これはおかしな話である。
先程、白書の説明にあったように、神獣と神喰は力の増大のために命あるものを喰らう。
神獣も神喰も、人と宿した神の意志のバランスが崩れることで生まれる世界の脅威である。
が、狂ったとはいえ、人としての自我を残している神喰ならばともかく、本能に殉ずる神獣が計画的行動をとることは有り得ないのだ。
「秤君は、この一件をどう見る?」
「う~ん、この神獣の背後に誰かいるんじゃないかねぇ」
「その誰かとは?」
「さて、神喰、もしくは人間だと思うよ」
「何故そう思うのかな?来訪神の可能性だって・・・」
「ジャックさん自身、思ってもいないことを口にするもんじゃないさね。来訪神は神そのものだから、こんな面倒なやり方はしないよ。それに奴らにとっては、神獣も神喰も同朋を汚した憎き敵でしかないはずだからね。神獣を利用する者がいるとすれば、愚かな人間か神喰くらいのものさね。まあ、なんにしても、後は騎士団の人達に頑張ってもらおうじゃないかね」
ジャックの質問に対して、秤はそう言って締めくくった。
そして、開店時間が迫った頃・・・
「御馳走様、秤さん。それじゃ、私達はそろそろお暇するわ」
「お粗末様でした。そうだ、買い忘れが一つあってねぇ。悪いけど鉄、お使いを頼めるかね?」
「分かりました。それでは沙耶さん、優菜さん、途中までご一緒しましょうか?」
「ええ、よろしく」
「秤ちゃん、またねー」
元気よく手を振りながら出て行く優菜達を見送ると、秤は開店準備を始める。
そんな秤に、正治が話かける・・・
「秤。オメエ、買い忘れなんて嘘だろ?鉄を護衛に付けるなんざぁ、何かあったのか?」
「分かるかい?実は優菜ちゃんと会った時に、何者かの視線を感じたんだよ。さっきのニュースとは時間帯的に別件だとは思うけど、山彦の方にも何かが入り込んでいるのは間違いないねぇ」
「なるけど。鉄さんなら護衛としては破格ですからね」
「本当は、誰かさんが出張るのが一番手っ取り早いんだがなぁ」
秤は、そんな正治のボヤキを聞き流し、店を開けるのだった・・・