・事件
双子都市鳴海・山彦。
鳴海・山彦、この街は海沿いの鳴海、山沿いの山彦という別々の街であり、向かい合うようにあるために周りからは双子都市と呼ばれていて、山彦の方に弥勒秤が呪という喫茶店を営み生活している。
今の世界では、どの国も第三次世界大戦の影響で地形が変わってしまっていて、州や都道府県という区切りがなく、地名はそこにある都市を指し示す。
日本の場合、国の中心は第三次世界大戦前と同じ東京であり、四大組織の日本での本部もここにある。
そして、東京の本部を中心にして、四大組織の支部が日本の各都市に存在している。
ただ、鳴海・山彦の双子都市は他の都市と少し違っていて、鳴海には四大組織全ての支部が存在するが、山彦には学院と教会の支部は存在しても、工房と騎士団の支部は存在しておらず、代わりに鳴海の支部に通じる門が設置されている。
故に、山彦で技術者が必要であったり犯罪が起こった際には、鳴海の支部の者が門を通ってやって来るのだ。
この、山彦に工房と騎士団の支部が存在していない理由を、両組織の上層部の者だけしか知らないがために、一般の人々の間では様々な噂が飛び交っている。
さて、話は変わるが、学院という教育を司る組織があることから分かるように、復興した今の世界には学校が存在している。
それは小中高大一貫の学園で、人々の移動手段が基本的に徒歩であり、門の使用には特別な資格が必要であることから、各都市にー校ずつ建設されている。
そして、神西暦146年。
今から一年前に、鳴海・山彦から50kmほど離れた都市、静応にある学園の中等部で一つの事件が起きた。
その内容は・・・
「あ、あ・・・、お、俺の意・・・、消え・・・・・・、ガオオオォォォーーーン!」
「皆、直ぐに避難しろ!そして、騎士団に連絡するんだ!」
「「「キャアアアァァァーーー!」」」
「ま、待って・・・、ここ、腰が・・・、ぼく、僕を、置いていかないでぇぇぇーーー!」
・・・中等部の二年生が実戦訓練をしていた際に、一人の少年の神器が壊れて神獣化してしまったのだ。
この事件で犠牲となった者は、腰が抜けて逃げ遅れた男子生徒一名。
学園から連絡を受けた騎士団の団員が直ぐに現場に駆けつけたが、到着した頃には既に神獣化した少年の姿も、犠牲となった少年の死体も残されてはいなかった。
実戦訓練には、監督するための教員もいたため、周囲からは『その教員が神獣の相手をすれば、犠牲者は出なかったのではないか?』という意見が数多く寄せられた。
しかし学園にいたこの教員は、学院の構成員の一人ではあるが戦闘を生業とする部所の者でない。
魔獣相手ならともかく、神のカを全て行使可能な神獣を相手にすることなどできるものではないために、不問とされた。
そして、この事件の大本の原因は神獣化した少年にあった。
少年の宿していた神は位階A級の龍神で、彼は高い能力を持つ神のカの上に胡座をかき、自らの能力を磨いて高めようとはしなかったそうだ。
更に致命的だったのは、自分の所持している神器の整備を怠っており、脆くなっていることに気づいていなかった。
前に説明したが、同じ肉体に二つの意識が宿っていることで、二つの意識のバランスが崩れた際におこる神獣化、神喰化を防ぐため、神の器として開発されたのが神器である。
その器である神器が壊れてしまえば、当然宿っていた神は肉体に戻ってしまう。
神が肉体に戻っても、二つの意識のバランスがとれていれば問題なく、新たな神器を手にするまで待てば良いが、今回の場合は宿っていた神が成長していたのに対し、宿主である少年の方が成長していなかったために引き起こされたことである。
今の世界において、その身に神を宿すことは、生涯でただ一度しかできないことである。
故に、その身に宿した神は共に生き、共に死す運命の相棒なのだ。
それを称して、宿した神のことを相神と呼ぶのだが、神獣化してしまった少年はそのことを正しく理解していなかったのだ。
そして、この事件で誕生して姿を消した神獣は、一年経った今も討伐されてはいない・・・
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山彦にある公園で少年と少女が楽しそうに遊んでいる。
無口で何も喋らない少年と笑顔を絶やさない少女。
この笑顔を絶やさず、淡い茶髪をボブカットにした少女は、名を地蔵優菜といい、彼女には同年代の友人がおらず、普段は一人で遊んでいることが多い。
優菜に同年代の友人がいないのは、彼女の宿す神が位階S級の荒神だからであった。
神の位階というのは、各組織の評議会が何の根拠もなく勝手に定めたものではあるが、神の力の強さを測るという点においては、それなりに正確だったりする。
優菜に宿った荒神という神は、攻撃に特化した神の一柱である。
しかも、位階がS級であることを考えれば、その強さというものは推して知るべしだろう。
幼い内は宿した神の情報をさして引き出せないために、行使できる力もたかがしれている。けれど、感情が爆発することでも、神のカというものは行使されてしまうことがある。
そのため、周囲の母親達が自分の子供の身を案じ、優菜に近づくことを禁じてしまったのも仕方ないことなのかもしれない。
それ故に、何も喋らない少年が遊び相手であっても、同年代の子と過ごせることは優菜にとって、何者にも代え難い貴重な時間なのだ。
しかし、楽しい時間とは過ぎるのが早いものである。
気がつけば、いつの間にか空は赤く染まり、日が暮れようとしていた。
そんな時・・・
「お嬢ちゃん、こんな時間に一人で遊んでいたら危ないよ」
・・・と、優菜に二十代半の男が声をかけてきた。
この男は、どこにでもいそうな小柄で平凡な顔つきをしていたが、昏い目をしているのが印象的であった。
「え?わたしは一人じゃないよ。この子と二人で遊んでいたんだんもん」
「はい?僕には、お嬢ちゃんが一人で遊んでいたようにしか見えないんだけど・・・。まあ、いいや。僕がお母さんの所まで送って行ってあげよう」
「でも・・・」
「お~い、優菜ちゃん」
「あっ、秤ちゃんだ!」
優菜が男の言葉に戸惑っていると、公園の入口から秤が声をかけながら近づいて来た。
「おや、あなたは?」
「僕はこんな時間に、このお嬢ちゃんが一人で遊んでいたようなので、心配で声をかけさせてもらったんですよ」
「む、一人じゃないもん・・・」
男の言葉に、不満そうに頬を膨らませる優菜。そんな彼女の頭を、秤は優しく撫でてやった。
「そうなのかい?でも、俺が来たから心配いらないよ」
「どうやらそのようで・・・。お嬢ちゃん、お迎えが来てくれて良かったね」
「・・・」
声をかけられた優菜は秤の後ろに隠れてしまい、それを見た男は苦笑いを浮かべながら公園を出て行った。
「秤ちゃん。あのねあのね、さっきのおじさん変なんだよ。わたしは、ずっとこの子と一緒にって・・・あれ?」
優菜が不満を漏らしながら、秤に少年を紹介しようとすると、側にいたはずの少年はいつの間にか姿を消してしまっていた。
「さっきまで男の子がここにいたのに・・・」
「その男の子なら、俺が迎えに来たから帰ってしまったよ」
「そうなんだ。ちゃんとお別れしたかったのに・・・」
(俺に、この子の危機を教えてくれてありがとう)
秤は、ポンポンと優菜の頭を撫でながら心の中で礼を言い、公園の中央にある大木に目を向ける。
そこには、先ほどまで優菜と遊んでいた少年と、秤を公園まで連れて来た少女が肩を並べて立っていた。
そう、秤がこの公園に訪れたのは偶然でも、優菜を迎えに来た訳でもない。彼は来訪神を滅した後、買い物をし直して帰ろうとしていたのだが、無口な少女に服の裾を掴まれて公園まで連れて来られたのだ。
そして、秤は自分達を・・・いや、優菜を遠くから見ている何者かの気配に気づいており、その何者かは彼が意識を向けると静かにその場を離れて行った。
「さてと、優菜ちゃん。家で何か食べていくかね?」
「いいの?」
「構わないよ」
「やったー!あっ、でも・・・」
「沙耶さんには、店の方から連絡しておくよ」
「うん。秤ちゃん、ありがとう」
「どういたしましてだねぇ」
秤と優菜は手をつないで公園を出る。その帰り道・・・
「ふん、ふん~♪」
「ご機嫌だねぇ」
「うん!だって今日は凄く楽しかったんだもん!」
「良かったねぇ」
秤は優菜に同年代の友人がいないことも、その理由も知っている。
そして、優菜もそんな自分のことを、母親や秤が気にかけてくれていることに気づいているから、普段は寂しいという気持ちを表に出さないようにしていた。
「あ~あ~。みんなも、秤ちゃんみたいに頑丈なら良いのに・・・」
「それは、無茶振りにもほどがあるねぇ」
優菜は、人の気持ちに気づける聡い子である。しかし、やはりまだ子供故に、時にはこうして我が儘を言いたくなってしまうのだ。
そして、優菜が言ったことでお気づきかもしれないが、秤は二年前、彼女に再会した時に荒神の暴発という洗礼を受けていた。
秤は、眼鏡をかけている間は穏やかな性格をしているのだが、その目つきは鋭い。
当時、その目に怯えた優菜は、感情が高ぶって荒神を暴発させてしまったのだ。
まあ、秤は来訪神を軽く滅するくらいの実力者だから、位階S級とはいえど、幼子の暴発させた力など意にも介さないわけだが・・・
「ただいま」
「お邪魔します」
そんな話をしているうちに、秤の経営する喫茶店『呪』に到着し、二人は店の中へと入っていったのだった・・・