・物語の始まり
西暦19××年12月24日。
コーン・・・コーン・・・コーーン・・・
木々の合間を縫うように、木に何かを打ちつける音が響いている。
ここは日本の某県にある、過疎化により廃村となってしまった村の神社の境内。
通常であれば、廃村、しかも夜中に来る者などいないはずなのだが、何故か神社の御神木の前には二十代半の女がおり、その足下では赤子が生きようと懸命に泣いていた。
女は泣き叫んでいる赤子を一切無視して、御神木に藁人形を添えて一心不乱に五寸釘を打ち続ける・・・
「・・・許さない!絶対に・・・絶対に・・・!私のことを・・・愛してるって言ったクセに!・・・来年の今頃には・・・結婚しようとか言ったクセに!・・・なのに、なのに!」
「オギャァァァ!オギャァァァ!」
女は、ある一人の男に騙された。
その男は妻子ある既婚者の身でありながら独身者と偽って女とつきあっていたのだ。
そして、女が子供を身ごもったこと知ると、自分が既婚者であり、妻が大企業の令嬢で別れることはできないことを告げて逃げるように去って行った。
女は自分が知らず知らずのうちに不倫をしていたことを知ったときには既に時遅く、男の妻が雇った弁護士から不倫の証拠と内容証明が届けられ、慰謝料を請求された。
その慰謝料の額は、天涯孤独の女にはとても払えるようなものでなく、男の妻に既婚者であることは知らなかったのだと言っても、聞き入れてはもらえずに裁判することになってしまったのだ。
当然、裁判に勝つことなどはできるはずもなく、女は多額の借金を背負い、勤めていた会社もクビにされ、不倫をしていたことを知った友人達にも見捨てられた。
女に残されたのはお腹に宿る子供だけであり、全てに絶望してもはや自殺するしかないかと思った時、ある一つの話を耳にした。
その話とは、今でいう都市伝説。
ある廃村の神社に存在する御神木に、供物を捧げて呪いの儀式を行うと、その呪いは必ず成就するというもの。
普段であれば鼻で笑うような話ではあるが、この時の女の思考はまともではなかった。
女は縋るような思いでその都市伝説を調べ上げ、御神木のある廃村を特定し、その場に足を運んだ。
そして、自分一人で産み落とした赤子を、御神木に供物として捧げて呪いの儀式を始めたのだ。
「・・・私を騙したあの男を!・・・話も聞かずに私を絶望に叩き落としたあの女を!・・・何も知らずに幸せを享受して暮らす二人の子供を!・・・呪い殺してよ!」
カーーーン!!
男とその家族に対しての怒りと悲しみ、怨みを込めて打ち付けられた釘は、最期にひときわ大きな音を鳴り響かせ、それと同時に、供物として捧げられた赤子はいつの間にか泣くのを止め、その目から血の涙を流して事切れていた。
女はそれを見届けるとその場を去った。
供物として捧げられた命が尽きたのは、御神木が願いを聞き入れた証だからである。
その数日後から、男の家族をいくつもの不幸が襲いかかった。
男の勤めていた企業は、内部告発により今まで隠蔽してきた多数の悪事を暴かれ、数十億の負債を抱えて倒産。
男の子供は、学校帰りに居眠り運転していた大型トラックに挽き潰されて死亡。
子供の死により、男の妻は発狂して行方をくらまし、数日後に家から遠く離れた川辺で変死体として発見された。
立て続けに起こった不幸により、男は絶望して自室で首を吊った。
全ての顛末を知った後、呪いをかけた女は線路に身を投げ出して自殺した。
人を呪わば穴二つ。
誰一人として幸せにはなれない結果となった話なのだが、はたしてこれは、呪われた側が哀れなのか、それとも呪った側が哀れなのだろうか?
その答は誰にもわかりはしない・・・
そして、この一人の女の呪いのための供物として捧げられた赤子の魂は、御神木に宿っていた幾百、幾千、幾万の呪い全てをその内に取り込んでこの世を去って行った。
それ以降、この御神木で何度呪いの儀式を行ったとしても、その呪いが成就することは一切なかったそうである。
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西暦20××年12月24日。
この日の朝、一人の男が静かに息を引き取った。
享年八十九歳、死因は自然死である。
男は天涯孤独の身であったが故に、誰にも見とられることはなかったが、その死顔は非常に穏やかなものであった。
生前の男の周りでは、不思議なことが多数おきた。
例えば、男に対して敵意を向けたり、災いをもたらそうとした者には、障害が残るほどの怪我をしたり、身内が死んだりと大小様々ではあるがなにかしらの不幸にみまわれたそうだ。
他にも、心霊スポットに連れて行くと、男が何かをしたわけでもないのに、澱んだ空気に満たされていたその場所が、まるで浄化でもされたかのように清浄な空気に満たされて、それ以降は怪現象が全くおきなくなったという。
そんな話をどこで聞きつけてきたのかは知らないが、男の所に新興宗教の者共がやってきたことがある。
新興宗教の者共は、男を生神様として祀ろうと考えており、断られるとあの手この手と策謀を巡らせて迫ってきた。
しかし、男が新興宗教の者共のことを煩わしいと考えるようになると、パタリと来なくなってしまった。
これは男の預かり知らぬことではあるが、教祖だった者が突然死したために、他の者達が男のことを怖れた結果であるらしい。
そしてある時、一人の霊能者を名乗る者が男のもとへ訪れてこう言った。
「あなたはこれまで生きてきて、様々な怪現象を経験してきたことでしょう。しかし、その怪現象でどのような危機的状況に陥っても無事でいられた。それは、あなたを守護しようとする力が働いているためです。けれど、その守護するカは神聖なものではなく真逆のもので、そのカは呪いの類のものだ。自分自身ではお気づきではないでしょうが、あなたが敵意や不快感を抱いた相手は、けして無事ではいられない。どうかそのことを、ご理解していただけるよう、お願い致します」
そう言い残して、霊能者は男のもとから去って行った。
霊能者が去った後、男は言われたことに対して考え、強い不快感を抱いた。
そんなことがあるはずがないと・・・
しかし、翌日にテレビのニュースを観てその考えを改めざるおえなかった。
何故ならそのニュースで、前日に会った霊能者が変死体で発見されたと報道されていたから・・・
それ以来、男は他者と深く関わるのを止め、その代わりに様々な本や道具を蒐集して大切にし、人と関われない寂しさを紛らわせるようになった。
ただ、本や道具を蒐集するにも金がかかるものだ。
その金を稼ぐために、男は自分の力を利用して霊能者のようなことをした。
何をしたかといえば簡単なことで、怪現象に悩む人のもとに赴いては、その怪現象が二度とおこらないようにしたのだった。
男は怪現象がおこらないようにする際、何かをしている素振りを見せていたが、実際には何もしていなかった。
何故なら、男が現場に赴くだけで怪現象はなくなるからだ。
これは、変死した霊能者の言っていたように男を守護するカが呪いであり、その呪いが怪現象を引き起こしていた怨霊や怨念といったものを全て取り込んでしまうからである。
この呪いは男の魂に生まれつき宿っているものであり、前世から引き継いでしまったものだ。
そうして、自らの魂に宿った呪いを利用して、男は怪現象のおこす事件を解決して依頼料を貰い、金を稼いでいった。
他にも、こうした怪現象を解決することで男は知名度を得て、噂を聞いた者が曰く付きの本や道具を男のところへと持ち込むようになった。
男はそれらを快く受け取った。なぜなら、たとえ曰く付きの本や道具であっても男を害することはできず、逆に災いをもたらす力を奪われてただの古本、古道具と成り下がってしまうからだ。
それでも、力を奪われてしまったとしても、男の手に渡った本や道具は幸せであったことだろう。
寂しさを紛らわせるためだとはいえ、本や道具にとってよりよい環境の中で使用され、保管され愛され続けたのだから・・・
そうした、大切にされた物や長い年月をえた物には意志や魂が宿る。
日本では、そういった魂の宿った物を付喪神と呼ぶのだが、男の保有していた全ての本や道具にはその付喪神が宿っていた。
付喪神達は男の死をひどく悲しみ、別れることを嫌がった。
その結果、付喪神達がおこした行動は、道具は道具、本は本で寄り集まって一つの魂となり、男の魂について行くことだった。
こうして、御神木から引き継いだ幾万の呪いは幾億の呪いへと膨れ上がり、その呪いを抱えた男の魂と、本と道具、二柱の付喪神の魂はこの世を去って行ったのだった。
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神西暦125年12月24日。
「「オギャー!オギャー!」」
この日の朝、ある家で双子が生まれた。
ここは科学でなく、魔法により発展した平行世界の地球。
この地球では第三次世界大戦がおこり、戦時中に多数の国から放たれた極大核魔法による魔力汚染により、大気中の魔力濃度が異常上昇してしてしまい、地上は人の住める場所でなくなってしまった。
魔力とは無色透明で無味無臭のものであるから、大気中を汚染されたとしても日の光があたらなくなるようなことはないし、また死ぬこともない。
しかし、死ぬことはなくとも、魔力濃度が上昇することは生物の肉体に異常な変異をもたらす。
その異常な変異というのは、即ち魔獣化である。
植物は変異して魔獣化することで肥大し、二酸化炭素を吸収して光合成をして、酸素とともに魔力を放出することで魔力濃度の上昇を助長した。
動物は魔獣化で肉体の肥大化と凶暴化、人間は魔獣化により知性を失い、肉体の肥大化により狂暴な巨人と化した。
こうして地上は魔獣達の楽園となってしまったのだ。
第三次世界大戦以降、助かった人類は世界中で約二十億人。
これは、全人類の人口が六十億を越えていた時から考えれば三分の一以下となってしまったことを示す。
助かった人類は皆、地下に作られたシェルターに逃げられた者のみであった。
そして、地下で暮らすことを余儀なくされた人類は、いずれは地上に戻れることを夢見た。
その人類の夢を叶えたのは、後に始まりの魔人と呼ばれることとなる五人の男達である。
魔獣化した植物により、魔力濃度が下がることがないことを知った彼ら五人が、地上に戻るために編み出した方法というのは、異界に住まう神々を人間の内的宇宙に召喚して、肉体を地上の魔力濃度に耐えられるように作り替えるものである。
この方法は、人類が地上を取り戻した後に別の問題を招くことになるのだが、その件についてはまた後々語ることとしよう。
第三次世界大戦後、人類は二百年ぶりに地上を取り戻し、暦を西暦から神西暦へと変えて新たな生活を始めたのだ。
さて、ここで話を戻すとしよう。
生まれた双子はすぐに結界布という特別な布にくるまれて運ばれ、その内的宇宙に神が召喚された。
「降三世様、無事にお子様が産まれましたよ」
双子を取り上げた男、三島に声をかけられて、降三世と呼ばれた男が振り向く。
「おお、産まれたか。して、子供は男か?それとも女か?」
「双子の男の子ですよ」
「そうか、双子の男か。で、宿した神の位階は?」
降三世の言う神の位階とは、人の内的宇宙に召喚された神の能力の高さを示すもので、F~Sの七段階となっている。
「兄君の方はS級の雷神で、弟君の方はダブルです」
「何?ダブルだと?位階は?」
「その・・・、物神と書神という未確認の神なのですが、二柱ともF級です」
「そうか・・・」
三島から位階が二柱ともF級と聞くと、降三世は興味を失って嘆息した。
極稀にではあるが、内的宇宙に神を召喚した時に、通常は一柱であるところを複数の神が宿る場合がある。
今回は、双子の弟の方に二柱の神が宿ったのだが、両方とも位階がF級だったためにダブルであっても捨て置かれてしまったのだ。
「三島よ・・・、子供は兄の方だけで良い。妻には、双子だったが一人は死産であったと伝えて、弟の方は処分してくれ」
「降三世様、何を言って・・・」
「我が降三世家には、たとえ未確認の神で珍しいダブルであったとしても、F級などという無能はいらんのだ」
「実の子を処分しろとは正気ですか!?」
「儂は正気だよ。まさか教会の一職員ごときが、学院の評議員の一人たる儂に逆らいはせんよなぁ?」
「くっ!」
降三世の言葉に、悔しげに唇を噛み締める三島。
現在、世界各国に政府があり政をして国を治めはているが、実際に世界を回し牛耳っているのは、始まりの魔人と呼ばれる五人の内の四人が設立した四大組織、工房、教会、学院、騎士団である。
工房は、第三次世界大戦以前の技術を再現し、人々の生活を向上させるための道具などの物を開発、制作する組織。
教会は、医療及び人命救助、生活補助を司る組織。
学院は、第三次世界大戦以前の魔法を再現し、人々の生きるための知識を授ける組織。
騎士団は、魔獣討伐や犯罪を取り締まる世界の治安維持を司る組織。
この各組織は、始まりの魔人がそれぞれ工場長、司教、学院長、団長というトップとして君臨し、その下に戦闘を生業とする十二人のナンバーズ、組織の運営を司る十二人の評議員が控えている。
そして今の世界に生きる人々は、政治家も含めて必ずこの四つの組織のどれかに在籍しているため、組織の評議員ともなれば、その発言力は国を治める政治家をも上回っているのである。
故に、所属している組織は違えど、教会の一職員にしかすぎない三島では、学院の十二人しかいない評議員の一人である降三世には逆らえないのだ。
三島は降三世に逆らえないことを呪いながら、弟の方の赤子をその腕に抱いて屋敷を出た。
そして、朝日の照らす街中を歩いていると・・・
「おや?もしかして、三島君じゃないかい?」
「あ、あなたは弥勒様」
ボサボサの黒髪に黒縁眼鏡をかけ、白衣を身にまとったヒョロリと背の高い男と出会った。
三島の出会ったこの男は名を弥勒京介と言い、外見は三十代前半に見えるが実年齢は百六十一歳で始まりの魔人の一人である。
彼が百六十一歳にもかかわらず三十代前半に見えるのは、内的宇宙に神を宿した影響だ。
弥勒を始めとして人類は内的宇宙に神を宿したことで、地上の魔力濃度に適応できる肉体を獲得するのと同時に半神半人となり、個人個人で最も適正とされる肉体を維持して半永久ともいえる寿命を得るに至ったのだ。
しかし、半神半人となった影響で子を成しにくくなってしまい、地上を取り戻して百二十五年が経過しても全世界の人口は一億と数百万しか増えてはいない。
「こんな朝早くからどうしたんだい?それに、その腕に抱いた子は君の子かい?」
「違いますよ・・・、この子は降三世様の子です」
「降三世君の?ふむ、大方その子に宿った神の位階が低いから処分を頼まれたといったところかねぇ」
「よくわかりましたね」
「当たりか・・・。降三世君、あの子は相変わらずの位階信奉者のようだねぇ。実際は位階なんて強さに何ら関係がないというのに・・・」
「まったくですよ・・・。この子に宿った神は位階は低くとも未確認で、しかもダブルだというのに・・・」
「ダブル?」
三島は抱いている赤子はダブルと言ったが、弥勒の目にはトリプルに見えていた。
始まりの魔人とも呼ばれる弥勒ほどの実力者ともなれば、一目見ただけで相手に宿った神の力量や数を正確に把握できるのだ。
(ハテ?三島君はダブルと言ったが、僕の目にはトリプルに見えている。三島君は真面目な子だから嘘を吐くことはないと思うんだけど、これはどういうことだ?)
「あの、どうかしましたか?」
「別に何でもないよ」
「はあ?」
「ところで三島君。ものは相談なんだが、その子を僕に預けてみないかい?」
「弥勒様にですか?」
「そう。君は処分を頼まれたからといって殺すことはできず、教会の保有する孤児院にでも入れるつもりだろう?」
「そうですが。でも、何で弥勒様が?」
「ん~。簡単に言えば、その子に興味を抱いたからだね。位階は低くとも二柱の神を宿したその子がどのように成長するのかね」
「そうですか・・・。なら、一つだけ約束していただけますか?」
「何かね?」
「弥勒様が仰る通り、私はこの子を孤児院に預けるつもりでした。ですが、弥勒様が育てるというのなら、その子が大人になるまで責任をもって下さい」
「大人になるまで責任をか・・・。わかった、僕が責任をもってしっかりと育てることを約束しよう」
「ありがとうございます」
こうして不要とされた赤子は、始まりの魔人の一人である弥勒京介に託された。
弥勒京介、始まりの魔人の一人でありながら組織を立ち上げることも、組織に所属することもしなかった唯一の男である。
第一の生は生贄として終わり、第二の生は天寿を全うするも天涯孤独で終わった幾憶の呪いを宿した魂の第三の生は、この弥勒京介に預けられたことで幕が開いた。
はたして、この魂は第三の生でどのような物語を紡ぐのだろうか?