男たちの因縁
「この状態で、貴様は俺だけを殺せるのか? 昼間の貴様の実力を拝見した限り、魔力の制御も心許なく、いささか雑すぎるとお見受けしたが」
「!! 姉上の前でなんてこと……! でもそんな雑すぎる魔術に打ちのめされたのは誰ですか」
ロザリオの不器用さは折り紙つきである。そのおかげで加工に失敗し、ゴミと化した宝石の原石は数知れず。そしてそれは、魔術の技術面にも影響を及ぼしているらしい。
そういえば、森のほんの一部分が荒れていたような。
ロザリオは舌打ちをしたかったが、姉がいる手前、そのような品のない行いはできない。代わりに青年を憎々しげに睨みつけ、奥歯をギリリと噛み締める。
あれは失敗だった。狼の魔力封じには成功したものの、追い打ちをかけようと強風を呼び起こしたのがいけなかった。鋭い刃となった風は狼を痛めつけるのには充分すぎたものの、同じく周りの木々やロザリオの後についてきた従者をも巻き込んだ。太い幹を切り倒し、狩猟用の弓矢や衣服を台無しにした。
死傷者が出なかったのは、不幸中の幸いと言うべきか。
「能力は高いと褒めてやろう。お前ほどの力を持つ人間は久々だ。だが――――才能を上手く使いこなせないのでは、宝の持ち腐れだぞ」
嘲りまじりの挑発。甘い耳心地の美声をすぐ耳元で聞き、クロシェットは冷や冷やする。
「へえ………言ったね………」
ロザリオの顔色が変わった。
空気が凍てつく。彼は両手を広げ、背後に古代文字の描かれた陣を浮かばせる。黄金に燃えるそれは、炎が形を取っているよう。
魔力の素質がからきしなクロシェットですら危惧した。
彼はあらん限りの魔力を尽くして、狼を排除しようとしている。
そんなことしたらクロシェットの身はおろか、屋敷まで半壊しかねない。
「離れて下さい姉上………」
「ま、待って、ロザリオ」
「大丈夫です、今度は外しません。姉上が怖がらないように頑張って一瞬で焼き切るので安心して下さい」
「性悪だなお前」
「姉上の性格にかこつけたお前に言われたくない」
売り言葉に買い言葉。
終わりの来ない暴言の応酬は、むしろ彼らの仲の良さを物語っているのではなかろうか。
「ロ、ロザリオ………」
彼らに挟まれクロシェットはおろおろする。しかし男の腕に拘束されているため、身動きがとりづらい。
青ざめる彼女の頬を包み、殺気立つ少年など眼中にないとばかりに青年が微笑みかける。緊迫した状況を忘れさせるほど、惹きつける魅力があった。
「名は」
「あ………、えっと、クロシェットです」
「姉上ぇぇぇえぇ!!」
人――――とは正確に分類しがたいが――――に尋ねられたので素直に答えると、弟の絶叫が響き渡った。あまりに感情がこもりすぎたのかそこに魔力が宿り、衝撃波となってクロシェットら2人の後ろにあるバルコニーの窓を粉砕する。甲高い爆発音が鼓膜を激しく揺さぶった。
クロシェットがもろとも吹き飛ばされずに済んだのは、危機を察した青年が咄嗟に身を伏せさせたからだ。2度目がないことを確認すると、青年はさっと立ち上がる。
ロザリオは、その場に膝をついて泣きじゃくっていた。
「う……ひっく……姉上………。勝手に、勝手に名前を教えるなんて……許しません、異族め!」
「なぜそれすらも俺の責任になるのだ」
腕を組み、ロザリオを見下ろして呆れ返る青年。腰を抜かしたクロシェットの手を取り、たくましい身体に寄りかからせる。
「『礼を言う』と言って、忘れていたな」
「あ、いえ、そんな……」
腰に手を回して、青年が倒れそうな彼女を支える。はしたなくも男性に身を預ける体勢になり、クロシェットの肌が茹だる。
初々しい反応を愛おしみながら青年が囁いた。
「ありがとう、クロシェット。あのまま俺を見捨てていたら、この屋敷もろともお前を焼いていたかもしれない」
…………なんだか恐ろしい事実を告げられた気がする。
またもやクロシェットの全身から血の気が引いた。紅くなったり青くなったり、面白い娘だと楽しむ青年。
「異族と何親睦を深めているんですか! こんなの、百害あって一利なしですよ!」
ほぼ涙声でロザリオは叫ぶ。
その背後で慌ただしい物音がし、少し治まったかと思うと部屋の扉が乱暴に開かれた。
「お嬢様、どうなさいました!? ロザリオ様の悲鳴が――――」
血相を変えて飛び込んできた使用人たちが、部屋の悲惨な有様に唖然とする。
彼らが見たのは、粉々になって床に飛び散った窓の破片と、バルコニーからの風に煽られながらへたり込む、屋敷の主の姉弟。
そして娘を護るように立ちはだかった狼の姿だった。