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姉の懇願



 助けてやってほしいという姉の頼みを聞いて、ロザリオの口元が不服そうに歪んだ。なんで僕が………と言いたげな顔つきである。


「こいつは人間に害をなす獣ですよ。童話でもこいつは平気で嘘をついたり人を殺したりしたかどで()らしめられているでしょう」


 反対されるのはある程度予想していたのだろう。クロシェットは頼みを聞いてくれなかった弟を責める様子もなく、ただ悲しげに長い睫毛を伏せた。


「でもこんな血だらけなのよ。見捨てられない……」


 膝をつく姉から温かくも悲しい眼差しを受ける狼にロザリオは舌打ちを飛ばす。それから可能な限りの低い声音でつめ寄った。


「ほだしたか。この人の傷心につけ入って」

「ロザリオ?」


 問いかけは彼女に対してではない。独り言でもなさそうだということは、この狼に向けたのか。ロザリオの言い方は、彼がこの狼に見覚えがあることを匂わせているようで、クロシェットは身を乗り出した。


 そういえば昼食を終えたあと、弟は夕方まで狩猟で出かけていた。もしかしたらその間に会ったのかもしれない。狼をえぐった無数の傷痕(きずあと)は人為的なものだ。


 となると………だんだん話が見えてきた。


 ロザリオは狼を殺そうとしていたのだ――――害獣から屋敷の者たちを護るために。

 完全に仕留める直前に取り逃したのかして、クロシェットが今連れてきている。あまつさえ傷を癒してあげようというのだから、弟が良い顔をしないのはもとっもだ。


「とにかく、自然の法則に従って土に還すべきです。犬ならまだマシだったかもしれないけど、犬じゃないし、普通の狼ともちが……」

「ロザリオ」


 そうであっても、手を貸してほしかった。

 クロシェットは弟の両手を握って懇願する。

 傷つくのも、傷つけられるのもこりごりだ。

 その瞳の奥深くにある感情を悟り、ロザリオは言葉を呑んだ。


 頭をもたげる、不幸の始まり。

 贅の限りを尽くした豪勢な祝いの場。寄り添い合う、夜会の主役の男女。生気を失った姉の笑み。震える唇で未来の新郎新婦にお祝いの言葉を贈った。


 あの日の晩、帰りの馬車で姉は気丈に振る舞っていた。潤んだ瞳から涙を一滴も流さぬよう、まばたきをこらえて。

 疑いようがない。

 姉は、自身と狼を重ねている。まったく別物なのに。

 今の彼女は、あの夜と同じ目をしていた。


「…………」


 ロザリオは視線を()らした。痛々しくて直視できなかった。自分がそんな風にしたのだと自覚するほど、罪悪感が募る。しかも相手が最愛の姉なのでなおさら反発しづらい。


 全部全部、狼のせいだ。


 もう1度、舌を打ちたくなった。


「ああもう………ほんと、なんで仕留めなかったんだろう」


 椅子の背もたれにしな垂れかかりながらぼやくも、姉の瞳があんまり真剣に訴えるので、諦めたように息を吐き出した。


「………分かりました。じゃあ適当に薬塗っときますから、姉上はもうお休み、」

「いいの?」

「………男に二言はないんです」


 素っ気なく言い放って、ぷいと顔を背けるロザリオ。

 姉は苦しげに吊り上げられていた眉を嬉しそうに緩め、彼の首に腕を絡めた。


「ありがとうっ」


 なおも不機嫌そうなロザリオだったが、解放された両手はちゃっかり彼女の肩の後ろに回している。なんだかんだ言うものの、結局は姉の笑顔に弱いのだ。

 狼を挟んで抱きつかれるのは息苦しいし正直やめてほしいけれど、姉が喜んでいるのなら、まあ、いいか。



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