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鯉は恋をした-6-

 雫は海渡と過ごす些細な時間が楽しかった。別れた後も、その次の日が待ち遠しくて、いつもワクワクしていた。

 いつしか自分に名前をくれた海渡に対して、心が春の日差しのように暖かい気持ちになっていた。

 食べ物はいつも美味しく読み聞かせてくれる本はどれも素敵な物語ばかりで、それらは雫に夢を見せていた。

 そして、雫はある日の晩に主様に会うべく湖の深く底まで潜って行った。


「主様。主様」


 湖の底で眠っている湖のぬしがゆっくりと目を覚ます。


「なんじゃ…儂に何か用か…?」

「はい。主様は、人魚姫のお話をご存知なのですか?」


 主はジッと雫の瞳を見つめる。まるで、何かを探るような、心の中を読み解くような目で。


「あぁ、知っているとも」


 大きな身体を揺らし、付着している砂を払う主。そして、思い出に浸るように雫に人魚の話しを聞かせた。


「儂は、遠い国の異国から連れて来られたのじゃ…。その国には、どこまでも広い海があった。海は無限に広がっておった」

「海…」

「その海に住んでいた頃、それは、今でも鮮明に覚えておる…」

「………」

の国の海底には、大きな宮殿があったのじゃ。それは、人でもことが出来なければ探すことさえ出来ぬ所に建っておった。その宮殿には美しい姫が五人居た。その内の末娘は、人間に興味があったのじゃ。……ある日のことじゃ。姫は、地上近くの海で仲間の魚達と遊んでおった。その途端、人間が海の中から現れたのじゃ。その者はな溺れていたのじゃ。人間の意識は無かった。姫は自分の危険もかえりみず、人間の青年を助けた。そして姫様はの、その青年に一目惚れしてしまったのじゃよ」

「一目惚れ?」

「一目見て、恋に落ちることじゃ。そして、青年もまた記憶はアヤフヤだったらしいが起きる寸前に見た、美しい姫様に恋をしたのじゃ。しかし、人間と人魚じゃ住む世界が違う」


 雫は何故だか気持ちが沈み、目線が下へ下へと下がる。それでも、主は話しを続けた。


「恋をしてしまった姫は、自分の恋が止められず魔女に願った。人間にしてくれ、と」

「……魔女」

「……あぁ。魔女は何処にでも現れる。心から願えばの。しかし、魔女に何かを願えば変わりの代償もいる」

「代償ですか…?」

「うむ。姫様の代償は『恋が叶わなければ、心臓が破れ泡となり死ぬ』という代償。そして、もう一つは姫の美しい声をもらうという代償じゃった。して、そんな話しを聞きに来るお主は、もしや人間になりたいのか?」


 雫は口を閉ざしたまま主の質問には答えなかった。答えられなかったのだ。


「……ともあれ、魔女への代償は魔女の気分次第じゃ。しかし、気分屋だったとしても仮に人間になれば、お主は辛い思いをするぞ」

「そのお姫様も辛い思いをしたのでしょうか?私が聞いたお姫様は、最後は王子様と幸せになりました。それでも辛かったのでしょうか?」


 主は悲しげな目で雫を見ると溜め息を吐き、本当の真実ことを雫に話した。


「その話しはな、半分は偽りじゃ……」

「……え?」

「子供に読み聞かせる物語は、悲しい結末だと辛い気持ちになる。故に、人間に伝わる物語は常に幸せで終わるのじゃ」

「それじゃぁ、お姫様は――」

「――姫様は、最後は泡となり消えてしまった」

「そん、な」


 雫は主の言葉に愕然となる。心はまるで、海底のように暗く深いものへと変わり、目の前も暗くなっていった。


「姫様を心配した姉姫様が『魔女から貰ったナイフで青年の心臓を突き刺し、その血を足に塗れば人魚に戻れる』と、姫に言ったそうじゃ。姫は叶わぬ恋と知ると姉姫様から貰ったナイフで青年を突き刺そうとした。そして……」

「そして?」

「結局、姫様は愛した青年を殺すことなど出来ず、海に身を投げ最期は泡となったのじゃ」


 そう言うと、主は瞳を閉じた。微かに目元には涙が溢れているように見える。


「それは遠い昔のことじゃ。それでも魔女に願う者はいるのだろうな。お主も、そうなのであろう?儂に聞くということは」

「……はい。でも、私は人になろうとか考えたことはありません。恋というものも私にはよくわかりません…でも、それも憧れはあります」

「そうか…お主も今はそうじゃが、魔女に願う時は覚悟の上で願いを言うといい」


 雫は小さく頷くと主に礼を言い、自分の住処に戻って行った。その背中は少しだけ落ち込んでいるようにも見える。


「きっと、お主も姫様と同じことを願うかもしれぬな…。お主の目は、あの時の姫様に似ている。本当に似ているよ…」


 湖の底で一匹になった主はポツリと呟き空を見上げた。


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