鯉は恋をした-5-
翌日も、鯉は少年の所へと向かった。
お昼過ぎになると少年は木陰から現れ、湖に向かって声をかける。
そして、返事をするかのように鯉はその場で跳ねる。少年は、それを見るといつも笑顔になっていた。
「今日はね、クッキーを持って来たんだよ」
そう言いながらポケットから透明な袋を取り出す。袋の中には、丸いクッキーが数枚入っていた。
少年はクッキーを両手で割り欠片を湖に落とすと、鯉は、落ちて来たクッキーをパクっと食べる。
(これも美味しいっ!)
鯉はかなり嬉しいのか、何度も何度も跳ねた。それが少年にも伝わり、少年はクスクスと笑った。
「あははっ。嬉しそうだね♪喜んでもらえたみたいでよかった。あ、そういえば、君に名前をつけていないね」
(名前?)
少年は顎に手をやると、首を傾げながらうーん…と考え始める。鯉はどんな名前をくれるのだろうかとワクワクしながら少年の足元を泳ぐ。すると、少年は何か思いついたようにハッとした顔になった。
「そうだ!雫!君の目元に雫みたいな小さな痣があったから、雫!どう?」
(しずく……)
鯉は心の中で自分の名前を反復する。そして、嬉しそうな様子でまた跳ねた。
その跳ねた水が少年の顔に飛び、少年は笑いながら腕で顔を拭う。
「あははっ、冷たい。もしかして、喜んでくれているの?よかった。あ、雫に名前をつけたのに、僕の名前は言ってないね?僕はね、海渡って言うんだよ」
(かい、と…?)
「海を渡るって書くんだ」
少年は鞄から紙とペンを取り出し、自分の名前を書いて鯉に見せる。
「こう書くんだよ。いい名前でしょ?」
ニコッと笑う少年。文字は雫には読めないが少年が笑うと自分も嬉しくなった。
(とても素敵な名前だわ♪)
「僕ね、大きくなったら、この名前みたいにいつか海を渡りたいんだ!そして、色んな世界を見てみたい!」
少年は湖を遠い眼差しで眺める。
(きっと叶うわ。だって、貴方は私に素敵な物を沢山くれたのだから)