鯉は恋をした-18-
◇ft.海渡
海渡は帰宅すると、ボンヤリとした表情で鯉の雫と人魚になった雫のことを思い出していた。
「まさか、あの子が雫だったなんて…」
"魔女"というワードに、海渡は黒くて怖い老婆が頭に浮かぶ。それは白雪姫に毒林檎を渡した時のように、黒いローブを深く被った老婆のような。
「魔女かぁ」
海渡は母親から貰った人魚姫の絵本を鞄から取り出し、そっと触れる。
「そういえば、母さんが言ってたっけ。人魚の生命は長いって。雫は、僕の為に人魚になった。でも、人間と人魚の生命は違う……僕がいなくなっても雫は一人、なんだよね…?」
独り言を呟くと、はぁ…と溜息を吐いた。それは自然と出た溜息だった。
「僕の為なのは凄く嬉しい…でも、少し悲しいな…いつか雫を置いて行くのが…」
(この気持ちは何だろう…?)
海渡は絵本をパラパラと捲る――かと思えば特に読みもせず、そのままパタリと綴じてしまった。
(もっと、雫と話がしたいな。一緒にいたい)
嬉しい気持ちと悲しい気持ち。そして、雫と一緒に居たいという願い。雫に名前を呼ばれた時、自分の為に魔女に願いをしたと聞かされた時に感じた何とも言えない感情。
海渡はそれが何なのかわからなかった。けれどあの時、自然と雫を抱き締めたいと思った。
勝手に体が動いていた。
海渡は机に頬杖を付きながら窓を見る。窓からは、丸い月が見えていた。
(早く、明日になればいいのにな…)




