鯉は恋をした-12-
◇ft.海渡
海渡は家に戻ると部屋に飾ってある母親の形見『人魚の鱗』を見つめていた。
鱗は角度によってはピンク色や水色といろんな色に変わり、まるで宝石のように輝いていた。
海渡は、そっと掛けてある鱗に触れる。標本用ケースはひんやりと冷たかった。
「人魚が本当にいたなんて…それに、どうしてあの子は僕の名前を?」
海渡は、ふと考える。あんな美しい歌声を持つ女性には今まで会った事も無かった。
だけど、海渡は彼女のことをどこか懐かしく思っていた。
海渡は月の光を浴びる彼女の姿を思い出す。髪は長く、月の光と水の反射でキラキラと輝いていた。
「……綺麗だったなぁ」
海渡は、棚に並べられている中から一冊の本を手に取って開く。それは昔、母が買ってきて読み聞かせてくれた物だった。
そして自分もまた、この物語を小さな友人に読み聞かせた事もある。
「人魚姫、かぁ」
クスリと笑い本の表紙に触れる。窓から見える月は満月で、とても綺麗だった。
海渡は月に願うようにポツリと呟く。
「また、会えるかな……?」
(ううん。会いに行こう)
翌日。空が暗くなると、海渡はあの人魚に会いに湖へと向かった。
しかし、湖の周辺を見回しても彼女の姿は何処にもなく湖はシンと静かだった。
耳を澄ませても、歌声は聞こえてこない。
(やっぱりいない、よね)
ガッカリするが、海渡はいつもの場所に座り風で揺れる水面を見つめる。
風が吹くと木の葉がカサカサと音が鳴り、湖は静かに波打つ。その静寂が少し心地良かった。
しかし、海渡はもう一度あの歌声を聞きたい、会いたいと思っていた。
気づいたら、無意識のうちに彼女が歌っていた歌を口ずさんでいた。
(全然聞いたことがない歌なのに……)
自然とメロディーや歌詞が頭の中に流れて口ずさむ。そんな不思議が可笑しく思い、海渡はニコリと笑いながら楽しそうに歌っていた。




