鯉は恋をした-10-
その次の日も、海渡は雫を待ち続けた。
しかし、雫は一向に現れなかった。
その代わりにあの歌声がまた湖から聞こえていた。
「この歌……また……」
海渡は、一体誰が歌っているのか気になっていた。
美しい歌声の持ち主に会いたくなったのだ。
(一体、どんな姿をしているんだろう?)
「凄く綺麗な声だな…」
いつしか海渡は、その歌を聞くために湖へと赴くようになっていた。
まるでローレライの歌声に誘われるみたいに。
ある晩、海渡はいつも通り湖へと向かう。すると、茂みに入る途中であの歌声が耳に入ってきていた。
しかもその声は、いつもよりハッキリと聞こえていた。
「まさかっ!!」
恐る恐る茂みの中を進み、木の後ろから静かに湖を覗き込む。すると、いつも座っている場所には見知らぬ女性が座っていた。
「やっぱり居た!あの子が……」
海渡はその女性を一目見て美しいと思った。
その美しさは遠目から見てもわかる。月の光を浴び空を見上げ歌う女性は、まるで天女のよう。
その女性の周りには彼女の歌を聴く為に現れたのか、小魚達がひょっこりと顔を出していた。
それでも女性は何故か楽しそうな顔ではなく、何処か寂しそうな眼差しで歌っていた。
海渡は、そんな女性に息を飲む。
すると、カサッと足元の草が鳴った。
しまった!と、思った時には既に遅かった。
魚達は海渡の気配を感じ、湖の中へ逃げて行ったからだ。しかし、女性だけは何故だか逃げなかった。驚いた様子で海渡をジッと見ていたのだ。
「……海渡?」
「え?」
女性はハッとなり、慌てて自分の口を塞ぐと湖の中へ飛び込んだ。
「あっ!待って――――」
女性の手を掴もうとするが、それは空振りになる。代わりに海渡はあるものを見てしまった。
飛び込む寸前に見た彼女の足――それは、人間の足ではなく魚の尾ひれだった。
「まさか……人魚?」
静寂が訪れる。飛び込んだ勢いで水面が揺れている湖を海渡はポカンと口を開け、ずっと見ていたのだった。




