accordion
最近、何だかおかしい。
───同じクラスの同じ部活のヤツとつるんで、目に入る範囲にいなければ俺は捜しに行く。
何でそこまで執着してるんだ?
いてもいなくても変わらないはずなのに。
捜していた人物は、意外な場所にいた。
「ここに、いたのか」
「あ、何? どうしたの?」
音楽室の扉の前。ピアノの前で笑うアイツ。
意外だな。ピアノが弾けたらしい。旋律が聴こえて覗いてみれば。
性別のどっちつかずな感じの割りに、上品な雰囲気がコイツには在った。今の姿はまるで少年ピアニストだな。
「弾けるのか? 何、弾いていた?」
「残念。弾けないんだよ。今のはここに残ってた楽譜見てね。弾けるかなぁって、鍵盤叩いてただけ」
叩いてただけで、あれだけ弾けるのか。
こいつが何でも出来るヤツなのは前から知ってる。まさかピアノまでとは思ったが、本当に何をやっても卒が無い。
それなのに、性格からか周りから妬まれる様子も無い。
「で、どうしたの?」
「お前を捜していたんだ」
「そうなの? わざわざごめん。今帰るよ」
「いや、いい。───それより」
「うん?」
「ピアノ、続けてくれないか?」
何でそんなコト言ったのか。アイツはきょとんとしてそれから微笑んだ。
……どきっとした。
「好いよ。他の曲なんて弾けないからリクエストは無しね。続きになるけど、それでも良い?」
「ああ、構わない。弾いてくれ」
俺の了承と共に、アイツが微笑って弾き出した。
何で俺はピアノを聴きたくなったんだろう?
初めての割りには巧いが、特別聴きたくなるくらい綺麗な訳じゃない。それなのに。
何で俺はピアノを聴きたかったんだろう?
弾かれて跳ぶ音たちが、連なって折り重なって俺の鼓動と絡んでいくような錯覚をしてしまったのは何でなんだ?
「……。終わったよ」
声を掛けられ、俺ははっとなる。しまった、考え事に捕われていたらしい。
───“捕われていた”?
『考え事』に?
本当に?
捕われていたのは─────。
「僕、鞄取ってくるよ。ここで……」
そう言って入り口にいた俺の横を、部屋を出るため通り過ぎようとしたアイツ。俺は擦れ違いざまに肩を掴んだ。
すぐあと。
俺は無意識に、そう無意識に。
アイツの唇に口付けた。
一拍間を空けて重ねたそれを放す。
合わさった後の唇は湿っていて、外気に触れて冷たさを感じた。その瞬間、俺は急に正気に戻った。
戻ったと同時にその場から走り出す。
逃げ出したんだ。居たたまれなくて。
アイツも呆然としていたようで俺が駆け出したのに呼び止めもしなかった。
あるいはわざとかもしれない。
音楽室から離れた渡り廊下で、全力疾走した俺はへたり込んだ。別にあれくらいの距離で息切れはしていない。ただ、心臓の音は煩いくらい鳴っていた。
口に手の甲を宛てる。
キス、したんだ。
そう思ったら、頬が熱くなった。何てざまだろう。
明日からどんな顔しろって…。
アイツは気の良い仲間じゃなかったか?
ちょっと風変わりなアイツは、ちょっととも言えない悪く言えば古臭い年寄じみた俺の、ただの気安い友達じゃなかったか?
何で こ ん な。
「心臓が騒がしいんだ?」
鳴り止まない警鐘のように。
鳴り響く警笛のように。
血液が沸騰しそうなその理由。
簡単じゃないか。
────“捕われていた”?
『考え事』に?
本当に?
「……っ」
違うだろう?
捕われていたのは─────。
俺は、アイツが好きなんだ。
捕われたのは『考え事』になんかじゃない。
静かな防音の世界で畳み掛ける、あのピアノに、音に、何より、[アイツ]に。
囚われたんだ。
【Fin.】