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ファニークラウン

 からん、ころん――。

「またおいで」

 来たときと同じ、かわいいドアベルの音と櫻井さんの声。僕はいつもするように、軽い会釈をして店を出た。

 雨はやんでいたけれど、重苦しい空模様は続いていた。七時過ぎともなれば日はすっかり落ちて、元々暗い路地は足元すらはっきりとは見えなくなる。

 結局、心優しい美玖さんがもう一度シフォンケーキを焼いてくれて、僕は念願のケーキにありつく事が出来た。料金はもちろん、どこかのガキっぽい大甘党に払わせた。これで結果オーライだ。

 『喫茶 ピエロ』のケーキや飲み物の料金は、他店と比べてずっと財布に優しい。それでも、僕一つ、食べられたマーブルケーキ六つ、食べ足りないどこかの精神年齢小学生が素知らぬ顔で食べたシフォンケーキ一つの合計八つは正直辛い。それにしても、シフォンケーキは凄く美味しかったな……。

 

 ふと、こんな日常の一片ひとひらに安堵している自分を見つけて、僕は一人苦笑した。街灯の黄色っぽいぼやけた光が、嘲笑うかのように瞬く。

 『喫茶 ピエロ』を訪れる人間は、皆『道化師ピエロ』だ。表の顔と裏の顔があって、日常の中で危うい道化を演じ続けている。例えば普通の男子高校生として。例えば普通の雑誌編集者として。他にも色々な仮面を被り、周囲を欺くおどけたメイクをして、必死に自らを守り続ける。同時に生きながらにして自らを削り、血を一滴ずつ腐らせながら。

 僕らは弱かった。どうしても外界の軋轢に耐え切れなくて、嘘で作り上げた滑稽な仮面を被って。そうして、誰にも気付かれないようにと道化師のように『普通』を演じながら、日々を生き抜いていく。そして、それが崩れていないこと――嘘で出来た仮面も、薄氷の上の日常も、僅かに残った『本当』も崩れていないことに、僕は安堵するのだ。

 必死で滑稽な道化。あまりに危うくて哀しい、永久とわに続く拷問。


 それを終わらせる方法がたった一つしかないことを、僕らは知っている。



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