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ふと前を見ると、前方10mほど離れた砂場の上に、大木が倒れているのが目に入った。その木は昨日の暴風に煽られて、根元から折れてしまったようだ。近くには盛り上がった土と、ささくれ立った極端に背の低い木が、薄らと見て取れる。
お前も力のある者に虐げられて、幸福の意味も知らずに死んでしまったんだね。かわいそうに。
千春は無表情のまま、他人事のようにそう感じ、刹那の後、奈穂は自殺しようとしているのかもしれないと考え、彼女の横顔をじっと見つめた。が、彼女の表情からは父親への殺意も死の前兆も、読み取ることができなかった。
午前二時。千春が真木公園に着いてから約三十分。奈穂は彼を見かけた時こそ口を開いたが、その後は沈黙したまま何故か恥ずかしそうに俯いていた。
一体何があったんだ。
訊ねてもだんまりを続ける奈穂に、千春は苛立ちを覚える。覚えるが、決して彼女から離れようとはしない。彼女の明るさが、自分が生きていくのに必要なものだと、彼は知っているから、決して徒に彼女を傷付けたりはしない。それは彼女に対する好意や愛などではなく、純粋な生に対する思いが成させる行動だった。
初めて会った時から、千春は奈穂に苛立ちを覚え、奈穂は千春に好意を抱くことによって、結果的に二人は生きる力を得ていた。二人がそうして得るものは、仮初の幸福に過ぎなかったが、奈落の底へと突き落とそうとする悪意に立ち向かうには、そんな紛い物でも糧とするしかなかった。
この日も二人は生きる為にデートをしている。真夜中の公園で、夢を見ることもできないまま。