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竜と魔王と現代魔法  作者: 風花
第一幕~アシュタリア王国動乱編~
3/4

第二話~青年の闘い~

突然の事で上手く状況が飲み込めない。


恐らくこの子は初対面だ。二年前以前に会ったのなら多少面識があるはずだが、それ以降は一度も会ったことはない。

そもそも、この森のこの一帯に人が現れることすらそうあるものではなく、配達など定期的に現れる人物を除けば両手で数えることが出来るほどだ。





そしてなによりこの言葉。






私達を‥‥‥‥‥国を助けてと言った。


聞き間違えようがない、はっきりとした口調でそういったのを聴いた。

必死に───自分ではなく国のために助けを求めるには余りにもか細く華奢な体。

ここまで必死になるほど国を案じる人物ならば、この少女は相当な─────




ここで、その思考は中断される。



目の前から聞こえる音。それは、ガサガサと草を掻き分けて進んでくる────おそらく二人ほどがこちらへ歩を進めている音に違いなかった。

その証拠に目の前からは二つの人影が姿を表し、抱えている少女を一瞥してこちらへ向かってくる姿が確認できた。


赤のベースに胸元でクロスする白い×印が特徴の服。シエルはその服装は記憶に無かったが、腰元に吊るしてある立派な剣を見て、ルルシェから話に聞いていた「衛士」というものだと認識できた。


そして、シエルの目の前に立つと目礼をして二人のうちの一人が話し始めた。


「突然申し訳ありません。アシュタリア王国衛兵隊の者です。その少女をこちらへ引き渡して頂きたいのですが」


アシュタリア王国なる国の衛兵らしき人が簡潔に目的を述べた。その少女とはおそらく、立ち上がった後、シエルの背中に身を潜めている先程の少女のことだろう。


「この子が何かしたの?」


「理由は説明できません。上の者の命令ですので」


「引き取ったあとこの子はどうするつもり?」


「上の者の処分によります」


処分という単語が何か引っ掛かる。

上の者の指示というのがどのような内容でどういった解決法なのかはわからないが、いまの会話でこの少女を『処分』するらしいことは理解できた。


「いや‥‥‥来ないで‥‥‥‥!」



か細く聞こえた少女の声。

顔を見ると、青く染まり目は恐怖で視線が定まっていない。シエルの服のを持つ手は震えている。


「そろそろ受け渡していただけませんか?」


「そうだね。別に構わないけど‥‥‥‥‥」


少女の手が強ばり大きく震える。

少女はどうしても付いていきたくないらしい。瞳に写る嫌悪感は異常で、服をつかむ手は絶対に離れないほど強く握られている。


その少女を一瞥して、最後にこう付け加える事にした。






「その殺気を無くしてくれないと、明け渡すことは出来ないかな 」






衛兵とシエルの間に強い風が吹く。

衛兵の瞳に一瞬、驚きの色が垣間見えたが、すぐに敵を見る表情に変わり、顔を強張らせた。



「明け渡していただけないと?」


「そちらが応じてくれないなら」


一瞬の静寂。

衛兵は二人で顔を見合わせ、軽く頷くと腰に据えた剣を引き抜いた。



「では仕方ありません。切り捨ててでも連れて行かせて頂きますので、御容赦を」



こうなることは予想出来ていたが、いざなってみると少しばかり心配になってきた。



相手は二人、武器は立派な長剣。

枷を失った殺気は先程よりも大きくなっていて、場合によっては二人とも切り捨てるということもありえるだろう。


対してこちらは武器も無い。

少女が護身用として持っている短剣があるにはあるが、これだけの殺気を持つ者達を相手にそれだけの武器では心許ない。


何よりも少女の存在が大きかった。


一人で闘うならまだしも、この少女を守りながら闘うとなると、どうしようもないくらい厳しい状況だった。


───このままじゃどちらも殺されてしまう。


そう考えたシエルは、少女に向けて小さく呟いた。



「‥‥‥‥走れるかい?」


ハッとした表情を浮かべた少女は、質問の意図を理解すると、コクコクと頷いた。


「よし、じゃああっちの方へ走って逃げるんだ」


そういってシエルは、ある方向を指差す。

その指示にはある意図があり、それさえできればこの状況を打破する可能性がうまれるのだが、その指示に少女はいやいやと首を振る。


どうやら少女はこの状況において、自分よりもシエルの危険を案じているようだ。


「でも‥‥‥‥でも‥‥!」


「僕なら大丈夫。お願いだから、走って行ってほしい。すぐに追い付くから」


そう言うと少女は納得はしない────だけど、シエルを信じるように頷いた。


そして、手に持っていた短剣をシエルに預けて、服から手を離す。


「絶対‥‥‥‥絶対に死なないで下さい!」


そう叫んで、ちゃんと指示した方向へと走り去っていく少女。


その背中を見送らずに振り替えって、短剣を鞘から引き抜き衛兵たちに宣言する。



「ここから先へ行きたければ、僕を殺してからにしろ!」



その咆哮に一瞬衛兵は怯んだが、姿勢を正すと、殺すべき相手と認識して切っ先をシエルに向ける。




命を懸けて闘わないと死ぬであろう事を感じ取ったシエルは、頭のなかのスイッチを再び切り換えて前を見据えた。






──────────────────────





洗い物を終えてほっと一息ついたルルシェ。



洗った食器等をしまうために室内へと食器を運び丁寧に棚へと戻していく。


すべての食器を棚に戻したルルシェは、少し満足げな表情を見せたあと、日向ぼっこの準備をするために屋上へと足を運んだ。



「シエルさん‥‥‥‥‥遅いです」


屋上の掃除をしながら、ルルシェはふと呟いた。


彼が洗濯物の回収に向かってからかなりの時間が過ぎている。

先程まで真上に輝いていた太陽は大きく傾いて、斜め上の角度から洗濯物を乾かすために日の光を当て続けている。


「もしかしたら‥‥‥シエルさんになにか悪いことが起きたかもしれません‥‥‥‥‥‥」


心配そうに呟くルルシェ。

今朝から感じていた悪い予感も相まって、初めは小さかった懸念も心の中でどんどん大きく膨らんでいく。


何かあってからでは遅いと自分を納得させ、シエルを探しに行こうとルルシェは下へと降りようとした。





その時、



少し遠くの森の中から、大きく息を切らせて必死そうに、少女がこちらへ走ってくる姿が見えた。





──────────────────────








相手は予想していた以上の手練れだった。


伊達に衛兵という名を冠してはいなかった。斬撃の一つ一つは鋭く、隙を見せたら致命的なダメージを受けることは必定。

洗練された剣筋は、幾度となく型を繰返し覚えた努力の証が伺える。


そのうえ相手は防御に関しても甘くはない。

隙を見つけて斬り込んでみても、軽く避わし、受け止め、あまつさえ反撃を繰り出してくる。



そして一人なら、まだなんとかなりそうだったが、相手は二人。


左右から飛んでくる斬撃を時に受け止め、時にかわし、臨機応変に防御するだけでいっぱいいっぱいで反撃するチャンスもなく、このままではジリ貧になることは目に見えていた。



(くそっ、間に合わないのか!?)




先程蒔いた、唯一生き残れるであろう望みの種をずっと待ち続けているシエル。


二人を同時に相手取っているシエルの技量は感服に値するが、いつしか受け止めきれない斬撃が頬や身体を掠めて通る。


「‥‥‥‥はぁぁっ!!」


シエルが一瞬だけ雑念を抱いた瞬間、衛兵の内の一人が大きく溜めた一撃を繰り出した。

横凪ぎに振るわれた斬撃は轟音と共にシエルを吹き飛ばし、木の幹へとその身体を叩きつけた。


「‥‥‥‥‥っ!」


なんとか斬撃は防いだものの、叩きつけられたダメージはあまりにも大きく、シエルはその場に膝をついてしまう。


なんとか間合いを詰めてくる相手を迎え撃とうとするが、叩きつけられた際に脳が揺さぶられたらしく、思うように身体を動かせない。



「申し訳ありませんが、これも国のため!」


目の前で振り上げられた剣はまるで、死神の鎌のようで、降り下ろした瞬間にシエルの命は刈り取られるだろう。


その瞬間まで抗ってやろうと、その剣が降り下ろされる瞬間まで目を離すまいとその顔を上げる。









───しかし、その鎌は降り下ろされることはなかった。


「シエルさんっ!!」


代わりに聞こえたきたのは、聞き慣れた声。


その声の主を確認したシエルは張り詰めていた気をほどいて、その場に仰向けに倒れこんだ。


「助かったよ‥‥‥‥ルルシェ」


そう、先程少女に指示した方向は、元々シエルがやって来た方向。


つまり、シエルの家であり、ルルシェがそこで待っていた場所であった。


つまりシエルは、少女を、ルルシェを信じて救援を要請したのだ。



こんな穏やかそうなルルシェも、実は相当な実力者であり、シエルに焼き付け刃の護身術を教えてくれた人である。

いつの間にか一人を昏倒させ、振りかざそうとしていた衛兵を当て身で眠らせたらしい。



一か八かの案だったが、上手く成功したみたいでよかった。とは思うものの、もし少女が間に合わなかったら、ルルシェに助けを求めなかったらと思うと‥‥‥‥‥


あったかもしれない想像に冷や汗をかいていたシエルに気付かず、ルルシェはシエルに駆け寄り、からだのチェックを始めた。


「大丈夫ですかシエルさん!身体中に傷がありますけど、大きな傷とかありませんか!?」


「だ、大丈夫だよ、ルルシェ」


「いーえ!シエルさんの大丈夫は信用出来ません!大して大きな傷は無いみたいですが、少しの間そこで横になっていてください!」






今回ばかりは‥‥‥‥‥というかいつもの事だけど、ルルシェの言い分が正しかった。


それに、疲れていたことは事実であり、頭が揺さぶられたダメージはまだ残っているらしく、これ以上動くと腕と足がバラバラに動きそうなほど錯乱している。


「そうだね‥‥‥‥‥もう少し、休ませてもらうよ」


「はい。そうしてください 」


ここでやっと笑顔をみせてくれたルルシェ。


自分で要請しておいてなんだけど、こんなにも大変な思いをさせてまで呼び出してしまった事に申し訳なさを感じてしまったシエルは、ルルシェに平謝りをしようとして、ふとあることを思い出した。



「そういえば、あの子は?」


あの子とはもちろん、走ってもらった少女である。


「あ‥‥‥‥必死で走って来たので、置いてけぼりにしてしまいました」


「‥‥‥‥そっか」


もしかしたら、そのままどこかへ逃げていったのかもしれない。そう考えたシエルは、身体を起こしてルルシェに語りかけた。


「もう大丈夫だよ。さ、そろそろ帰ろっか」


「はい。‥‥‥‥‥‥‥あれ?」



頷いて踵を返したルルシェは、すっとんきょうな声をあげて自分の前を指差す。


何事かとシエルもその方向を見ると、そこには息切れをした─────先程会った少女がこちらに走ってくるのが見えた。


少女は、こちらを見つめているシエルに気がつくと、涙を溢れさせて、先程以上の走りでシエルのもとへと駆け寄り──────今度は真正面からシエルへと飛び付いてきた。


「うぁっ!?」


またもや尻餅をついてしまうシエル。しかし少女はそんなこと気にもせず、さっきと同じように頭を胸に押し付けて、しゃっくりをあげて泣き出した。


「よかった‥‥‥‥ほんとうによかった‥‥‥‥‥です‥‥‥‥‥‥!」


突然の出来事にどうすればいいか分からなかったシエルは、とりあえず優しく、優しく頭を撫でてあげながら、ルルシェに目線で問いかける。


「えっと‥‥‥よくわかりませんが‥‥‥‥‥」


先程まで苦笑いしていたルルシェは、少し考えると、とびきりの笑顔でこう告げた。



「とりあえず、女の子を泣かせた罰として、落ち着くまでそのままいてください」



泣かせたのは僕ではない‥‥‥‥と思わなくもなかったが、責任の言ったんは自分にあるのは十分にわかっていたので、今度はシエルが苦笑しつつ、そのまま優しく頭を撫で続けた。


「ありがとう。約束を守ってくれて」


「うぅっ‥‥そんな‥‥こと‥‥‥!」







そしてシエルは、彼女が泣き止むまでゆっくりと頭を撫で続けた。


泣き疲れた少女が、胸のなかでそのまま眠りにつく頃には、もう辺りは夕焼けに染まっていた。



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