あえて自ブログから転載してみるテスト
人の気持ちの奥深くに、ざくざく斬り込んでくるような小説が好きだ。
かなり前になるけれども、山田詠美の「色彩の息子」という短編集を読んだ時、それを強烈に感じた一作があった。確か、一番最後に載っていた作品だったと記憶している。
記憶しているあらすじを以下に書きたい。
女主人公と彼女の取り巻きは皆、美貌とセンスの良さを誇る。だが、気立ては良くない。そんな彼女たちは、冴えない愚鈍な女の子「とし子」に目を付ける。
とし子は嫌味や皮肉を言っても通じない。そこが更に主人公たちの優越感をくすぐる。
とし子は、はじめのうち、主人公たちに声を掛けられたことを不思議に思っていたけれども一所懸命「自分も、あの子たちに釣り合うように」と努める。
だが、主人公たちは陰で冴えない子を嘲笑しているのだ。
化粧を一生懸命にしたとしても、モード系の雑誌を見て一生懸命にセンスを磨こうとしても。ほんのちょっとしたドンくさい動作や、元来の顔の造作や外見の悪さはとし子が主人公たち「美人グループ」の、格好の餌食になってしまう充分な材料だった。
そんなとき、主人公たちは新たな「嘲笑のネタ」を思いつく。
主人公たちグループの中には、やはり美形の男がいる。その男に対して主人公は
「あんたに、とし子がどこまで本気になるかゲームをしよう」と言う。
はじめは「やだよ、あんな醜い女と」などと言った彼は結局それに乗る。
ここで主人公は「多分、とし子は男を知らないよ?」「だって誰も好きになるわけないじゃん、あんな子」などと言うと記憶している。
彼もまた、とし子の愚鈍さを嗤いたいのだ。
主人公たちと彼は思っている。「とし子はなにを言っても傷つかない、傷つくはずがない。いいオモチャになるから、とことん傷つけていい」と。
ゲームが始まり、彼はとし子を着々とはめて行く。主人公たちは、それを見て楽しんでいる。
「ほらね、やっぱり」と。
遂にとし子が彼の部屋に行った時、主人公たちは押入れの中で固唾を飲んで見守っていた。
キスして、それから先まで行ったらあたしたちの思い通りの結末になると。
とし子が彼に何もかもさらけ出そうと思った直後、押入れが開く。
「彼があんたに本気でそんなこと、する訳ないじゃない!」
大声で言い放ち、主人公たちは爆笑する。その時、とし子は顔を歪めてなりふり構わず泣き出すのだ。
その泣き顔は醜く、一生懸命にしていた化粧がぐしゃぐしゃになる。涙をぼろぼろこぼしてとし子は叫ぶ。
「あんたたちのことが、好きだったのにい! 好きだったのにい!」
青ざめた彼は、とし子を慰めて主人公たちに言うのだ。
「今からこいつを抱くから、おまえら出て行ってくれないか」
奇妙な敗北感を抱いた主人公たちが傷つけたのは、生身の人間であることをぼんやりと知る。
人間は誰でも、とし子にも成り得るし、主人公たちにも成り得る。
優越感を満たしてくれる愚鈍な存在があったら、大概の人間は落ち着くのだろう。
余計な歳を重ねているから、私はどちらの気持ちもわかる。
退院してからの私が、いつも振り返ることがある。
人の真心はすぐに目には見えない。真心、なんて見返り不要なものである。だから「真心」って言うんだよ、と。
そういうところまで深く考えさせてくれるような人に逢いたい。作品に逢いたい。