第七話
第一、第二の要塞を潜り抜け、マークに連れられやってきた第三要塞は、忙しなく兵達が行き交い荒々しい空気が漂っていた。
ルークが第三要塞に来たのは、一度、父に休戦中に連れてきてもらって以来なので今回が二回目だ。
戦時中の第三要塞の荒々しさに、今が戦いの真っ只中なのだとルークは改めて実感する。
今は真夜中。弟のリアが泣き疲れ寝入ってから馬を飛ばしたので、日は既に落ちている。
通常、日が暮れれば一時休戦となるので、今現在争っているわけではないのだろうが、それでも感じられる荒々しい空気は、ルークが初めて感じるものだ。
マークの指示で、顔を隠すようにフードを被っていたので、すれ違う兵達の目線は少し訝しげだが、マークの先導だとわかるとすぐに興味を失い足早に横を通り過ぎて行く。
そうして進んで到着したのは、何度も廊下を曲がりくねった先にある小部屋だった。
明り取りの窓はなく、廊下側の壁に空気を通すためだろう三つの穴が等間隔で天上から少し下がった箇所にある。壁は石造りで、部屋の中には簡素な木製の寝台と寝具のみ。
この小部屋に来るまでに同じ廊下沿いに等間隔で扉があったから、同じような部屋が並んでいるのだろう。兵達の部屋の一室かとも思ったが、夜中のこの時間に、部屋にある音漏れしやすい空気穴もありながら静寂を保っている事を考えると、来客用など別の用途のものなのかも知れない。
「今日はもう遅いのでこちらでお休み頂きますが、後ほど次代様が参ります。その際に、夕食をお持ちします。では、次代様に報告をして参りますので失礼します」
ルークが返事もする間もなくマークは一礼して部屋から出て行った。
マークは、マルス兄さんの指示にしか従わないし、マルス兄さん以外に関心がない。
なので、ルークがマルスの弟であっても必要がなければ一切言葉を交わさないし、返事も待たないのだ。
「相変わらずだなぁ。まぁ、いっか。さてと‥‥」
ルークは、外装を脱いで寝台と同じ程度の広さが残る床に手を付き、腕立て伏せを始めた。
時間が空けば基本的にいつも筋力を鍛えるか、魔力操作の研鑽に努めるのがルークの日常だ。
しばらくそうしていると、廊下から足音が響き、トントンと扉を叩き、すぐに戸が開く。
「ルーク、来てくれたようでよかったよ」
口元を綻ばせ、弟であるルークへ家族としての愛情ある微笑みを寄せるマルスは兄の側面を大いに見せる。
「兄さん、驚いたよ。父上にはまだ早いと言われていたし、戦時中にここに来ることになるなんてさ。で、どうして俺を呼んだの?」
するとマルスは、ふっと鼻を軽く鳴らしながら笑みを深め、にんまりとする。
「北が雷を発する新しい武器を出してきてな、急ぎ作らせた簡易的な避雷針で以って、対応しているが戦況は膠着。攻められはしないものの攻めも出来ない。わかるか?このままではどうなるか?」
「うーん。お互い消耗するだけになって長引くのだろう?あとは、こっちかあっちが何か別の出方をして――」
「そうだが、そうではないのだ、ルーク」
話を遮って、弟にまだまだだな、といったような微笑ましい笑みを浮かべながら、マルスはルークの頭を優しく撫でる。
「マリアと会う時間が減る」
「‥‥‥」
両親もばぁばも砦にいるマルスをよく知る兵達も、誰しもがこの発言に「またか‥‥」とげんなりするだろうこの発言を、少しばかりの間をおいて、ルークは笑顔で応える。
「そうだね!長引けば兄さんも父上も帰って来れなくなるものね。リアも寂しがっているし」
神に愛されし超人ルークは、家族愛が深い。
そして、過度な博愛の精神も持っており、長兄マルスのマリアに対する狂人とも呼べる行き過ぎた愛情すら慈愛を持って見守れる精神性を備えているのだ。
母親が子供に向ける無償の愛のような、穏やかに歳を重ねた仲の良い老夫婦がたまたま見上げた青空を悠々と飛ぶ鳥を晴れやかな幸せな想いで見やるような‥‥。
その博愛の矛先は、家族に最も大きく向くものだが、使用人や領民、自国の兵達など、関わるもの全てに向く。
ただ、今現在はその博愛も過度だとは誰も思ってはいない。
何故なら、過度であると披露する舞台にまだルークが立ち会っていないから。
その舞台が実は間近に迫っていることを、誰もこの時点では知ることはない。
「そうだ。私は、マリアが戻ってくるまでになんとしても今回の戦を終わらせねばならない」
「うん!」
「だからこそ、お前の力が必要だ」
「うん!」
「頼りにしているからな、ルーク」
「うん、わかったよ!」
‥‥と、なんとも軽いやり取りで、父の許可も得ず、マルスの独断でルークが戦場に立つことが決まった。
エドゥ王国もだが、南の連合軍、南側全土で従軍は十五歳になってからだと決められている。
誰よりも強いルークと言えど、まだ成人前の十歳。
もし仮に、戦況が悪く、最大戦力であるルークを頼らなければ南が完敗する状況であっても、常識ある者であれば、決して十歳の子供を戦場に立たせる事など考えないだろう。
だが、マルスは違う。
愛しい婚約者マリアとの時間を一秒たりとも失う可能性を排除したい。
その為に、残りの時間で確実に膠着している状況を変える一手を打たなけならず、その最善手こそルークしかいないと決断を下す。
軍規にある特例の条文をかなり斜め上に解釈した言い訳も準備済みだ。
たった十歳の子供、しかも弟を起用するなど、どこが家族愛だと言われそうだが、マスル的には全く問題ないと考えている。
ルークが、あの程度、人が傷付く雷の攻撃で傷付くはずはないと思っているし、弟を信じて頼ることこそ、マルスのルークへの最上の愛の示し方だとすら思っている。
画して、切り札となったルークは、翌日の出番まで、父の許可を得たのかも問わず、ただ出番を特に動せず待つのだった。
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