第五話
南北線戦、紛争の続くフジー大街道を塞ぐようにこの三百年の間に建設された南部の三つの要塞。
南部に近い要塞から、第一、第二、第三と名のつくどれも同規模の大要塞だ。
その中の一番北部に近い最前線にあたる第三要塞では、いつ開かれるかわからない戦端に緊張感が漂っていた。
ここ数年は、三ヶ月から四ヶ月の間隔で、北部が戦端を切って来る。
こちらから戦端を開いたことはない。
婚約者のマリアに会えない絶望をどうにか胸の内に引き込め、マギュロ家長男マルスは、十五歳ながら次代当主たらん堂々さで、作戦会議の席に着いていた。
あれだけマリアの前で醜態を晒していたが、いざ務めとなると頭を切り替える潔さは、次代の当主の座を確固たるものにしておかないとマリアとの婚姻が叶わぬ故の策であると本人自ら堂々と言っていたのは、初陣の最中だったなとジョージは思い出す。
父でありマギュロ家当主であるジョージ・マギュロは、どっしりとした体躯と姿勢を崩すことなく、チラリとその様子を横目に見留め、心の中で溜息を一つ吐き、会議での部下の報告に耳を傾ける。
「次の報告は、東の特区か。何か新しい情報はあったか?」
海路により交流のある、フジー大山脈両端の沿岸沿い、南北どちらにもある二箇所ずつ、計四箇所の特区となっている地域がある。
特区は何れも高い塀で囲まれた城塞都市で、細々とした交易を行い、この特区内のみ、許可を得た商人や役人達が南北問わず滞在が許されている。
表向き、交易の為の特区と言う位置付けだが、実際は、互いに間者が行き交い暗躍する情報戦の主戦場だ。
南部のフジー大山脈の東側を治めるコフーン王国の有する城塞都市が、通称『東の特区』と呼ばれている。
「はっ!先程届いた新しい情報が御座います。報告によれば、北部の商人はいつも通りなのですが、滞在している北の役人の一部が、なにやらいつもと違うようだ、と」
「どう違うのだ」
「余裕がある、そう言う態度を取っているとの報告です」
「余裕か‥‥」
「余裕とは‥‥何を企んでいるのやら」
「何か新しい武器や兵器などを開発したとかでしょうか?」
「人員を増やした大規模作戦かもしれません」
「ふむ。それ以上に詳しい情報は?」
「はっ!報告は以上、他は特に変わりなく‥‥」
「そうか、ご苦労。下がってくれ」
「了」
「マルス、どう思った?」
「はっ。余裕のある“態度”との報告。“言動”とは報告されていない事からわかるのは、特区内で言葉には出さない、出せない何かが北にはあり、それは北部にとって喜ばしい事。つまり、我々には喜ばしくない何か。それが、隠しているつもりで、無意識に出てしまった故かと。今回、いえ、次回かはわかりませんが、近い時期に北は何かを仕掛けてくるのは確かかと」
相変わらず我が息子ながら頭が回る。婚約者へのあの執着を抜きにすれば言う事のない男なのだが‥‥と思いつつジョージは満足気に言葉を続ける。
「なるほど。警戒すべきか‥‥。作戦に変更は必要か?」
「はい。何かわからない以上、防衛に重きを置くべきかと」
「‥‥ふむ」
息子の言う事に一理有ると思い、頭の中でジョージは防衛に特化した幾つかの作戦を思い浮かべる。
出来るだけの警戒を高めるのならば、あれを使うしかないだろう。
「あれの準備はすぐ終わるか?」
「はい。今からなら一時間も掛かりません」
「ではマルス、お前に任せる」
「了」
長男マルスが、戦場に立てる十五歳になってまだ数ヶ月。
「あれ」で通じる程、軍部のあらゆる作戦の事柄に通暁した息子に、期待が高まる。だが同時に、親として、息子を戦地に置かざる得ない心配と不安が混じり合う日々がまた始まるのだと思うと、胃が酷く軋むのを感じる。
キュジラ家の領地とは隣接しており、お互いの長男が同年との事で、幼い内に交流を深めようと、キュジラ一家を我が家に招いたのが四年前。まだマルスが十一歳の時だ。
城の前で、妻とマルス、次男のルークと四人で一家を出迎えた。
挨拶する間もなく、キュジラ家長女のマリアが馬車から降りた瞬間だった。
突然、マルスが土下座からの求婚‥‥。
それまで、非の打ち所のない息子だったと言うのに‥‥。
最初のうちは、息子の初恋だと諌めながらも応援する方向ではあったが、息子は度が過ぎた狂人であると気付いた時には手遅れだった‥‥。
過去の息子の様々なやらかしを思い出し、また一つ溜息。
だが、あのやらかしの日々を思えば、北が何を仕掛けようと、息子なら婚約者に一日も遅れず一月後に会う為に、何でもやってのけてしまいそうである。
困った息子だが、あの狂人ぶりを、ある意味前向きに捉えようと、ジョージは気持ちを無理やり切り替えたのだった。
「女神様に見捨てられし黒い証を持つ南の蛮族共よ――女神様に愛されし我らが貴様等に鉄槌を下す!」
北部の要塞から、拡声の魔道具によりこちらまで届いた言葉により戦端が開かれた。
この世界では、戦争にも作法がある。
誰に対し何の目的を持って戦いを挑むのかを声高々に宣言するのだ。
黒い証とは、南部の人々の髪や瞳の色が黒い事を指している。
毎度同じ宣言だが、何度聞いても不愉快で南部の兵士達は一気に殺気立つ。
ちなみに、宣言に対して、言い返したい事があろうが、挑まれた側が返事を返すことは無作法と言われている。なので、余計に怒りが溜まり、殺気も増す。
女神様の言い伝えを無視し軋轢を生み出したのは北だ。
女神様の御髪に色を付けるなど不信心だ。
北が同族を攫ったのに。
同族を奴隷にしておいて何を言う。
三百年の間に、フジー大街道を塞いでしまい、完全に北との繋がりを絶とうと言う案が何度も出た。
仮に戦争に勝利したとしても、北とは理解り合える日は来ない。
勝利したその後はどうする?復讐に北の人間を奴隷として酷使するのか?
そんな同じ穴の狢にはなりたくはない。
それに、北に連れ去られ、今尚奴隷として酷使されている同胞を想えば、救う為に決して諦めてはならないのだ。
もう既に三百年。
彼等はきっと、南の故郷の事も知らずに忘れ去り、辛い人生を代々受け入れ得ざる得ない環境に身を置いているのだ。
救わなければならない。
同胞を。
宣言が終われば、通常は、遠距離の攻撃魔法による魔法戦だ。
だが今回は、北が焦臭く、何かを仕掛けてくる可能性が高い。
だから、すぐにでも怒りのままに攻撃魔法を放ちたいのを兵士達は耐え、北の出方を見る為に、全員で目を光らせる。
「あ!誰か出てきました!中央です!」
「北の兵の隊列から一人出てきます!」
「右手に大剣!そのまま進んでいます!」
「隊列を抜けました!そのまま前進‥‥止まりました!」
望遠の魔道具を使った兵達が口々に大声で叫ぶ。
「大剣を構えた?!この距離で?!」
その声を聞いた瞬間に、ルークが大声で叫ぶ。
「攻撃が来る!結界を張れ!」
現在、ルークや望遠の魔道具で敵地を見張る兵達がいる場所は、第三要塞の中央防御壁の上。
ルークの目の前には、防御壁に固定された棒が口元まで伸び、天辺には掌ほどの丸い金属製の輪が取り付けられている。
これは、音声を送信する為の魔道具で、音声を受信する魔道具が、要塞各所、要塞前に布陣し隊列を組んでいる兵士達の近くにも等間隔で並べられている。
これにより、今回の指揮官であるルークの声が即座に全軍に伝わる仕組みとなっている。
命令を受け、全員が、自身の前面に、魔法で結界で作られた盾を瞬時に張る。
訓練により、条件反射で一瞬の間も置かずに結界を張ることは、兵としての基本中の基本。
自身をまず護れずして仲間を護ることは出来ぬ、と言う先人達から受け継ぐ南部連合軍の教えだ。
北の要塞前に布陣する北の兵士の隊列からこちらまでの距離は、大凡八百メートル。
長距離の攻撃魔法を相手に浴びせるにしても、こちらが動かない場合、通常ならもっと前進して最低でもあと五百メートルは距離を詰めなければ掠りもせずに魔法は飛散する。
「大剣から光!来ます!」
そう聞こえた瞬間、黄金色の強い光の線が一気にこちらへ伸びる。
と、同時に、南部の兵達の隊列の百メートル程先で、淡い光を放つ半透明な膜が出現し、光が当たった箇所から波打つように撓んだ。
そして、光が消えた後を追うように、ドオオオンと言う、地鳴りのような低く重たい音が響く。
正か、この距離で攻撃魔法が届くとは思っていなかった兵達は、驚きでその場で固まっていた。
ルークは、多少驚きつつも思考を巡らせる。
先程、自陣の波打つように撓んだものは、長年開発して今回初導入した結界の魔道具だ。
この大街道の横幅は、五〇〇メートル程。その半分を覆うほどの巨大な結界の膜を、攻撃が直撃した箇所に瞬時に魔力を集中して強固な盾となる、南の技術の粋を集めた最新の魔道具だ。
まだ北にお披露目するには早いと思っていたが、作戦を変え、すぐに設置に取り掛かったのは、良策だった。
(撓んだか‥‥。だがその程度)
ルークは、僅かに口元を上げる。
光が伸び、遅れて音が響いた。近いものを知っている気がした。
(‥‥雷?そうだ、あれは雷を模した物‥‥)
ここまで長距離の攻撃が届くその威力。もっと近距離だと更に威力の大きいものになるだろう。
あの雷を模した攻撃は、大剣によるものか?
それとも、大剣を振るったあの兵士によるものか?
もう数度、先程の攻撃を受けて分析してみるべきだろう。
だがその前に、味方の士気を上げねばな。
「皆聞け!あれは魔力を雷に模した攻撃だと思われる。この長距離で攻撃を届かす威力は脅威と感じただろう。だが聞け!同じ距離、いや、もっと長距離で結界を壊す超人がこちらにはいることを!それに比べたらあの程度、人の範疇の攻撃でしかない!そうだろう?」
全員が思い浮かべたのは、若干十歳の、男でも惚けてしまうキラキラとした笑顔で、人知を超える攻撃魔法を嬉々と訓練場で披露する少年‥‥。
「弟を相手にしている訳じゃない。奴らは所詮、人間だ。怯むな!先程の攻撃を見極めるために、あと数度はこのまま攻撃を受け続けるぞ!全員、判った事があれば上官を通じて報告!以上!」
「「応」」
北の攻撃には驚いたが、いつも、人成らざる超人の訓練相手をさせられているではないか。
それに比べれば‥‥。
士気を取り戻した兵達は、即座に頭を切り替え、次の攻撃に備えるのであった。
コーフン王国(古墳時代)




